14 新しい土地へ
夜も更けてくる時間帯。
学園から姿を消したレオンは、カイラスと共に急ぎの行商の荷馬車に乗っていた。
本来夜の時間に町の外を馬車が移動するのは危険であるが、どこの地域にも緊急の用事や必要なものがある。
そのため、夜間でも動く馬車があったのだ。
「いやあ、ありがたいですよ。レオン君、ここまで一緒についてきてくれるとは」
「お代はいただいていますし、あまり接点がなかったといっても一応学園の教師ですからね」
ふつうの馬車より早いスピードで移動していくため、内部はかなり揺れている。
そんな馬車内で、体をあちこちぶつけながらも、レオンとカイラスは、和やかに談笑しながら、行商達の手伝いをこなしている。
「あのままアリルさんに目をつけられていたまままでしたら、私も国の暗部に消されてしまうところでした」
カイラスは基本的には自分の興味のある事しか、目を向けないが、人の生死が関わっていたり、業務上必要であえる事は別にしていた。
とりたてて目立つところも光るところもない自分に執着してくるアリルの動向に気を付けていた彼は、不穏な気配を察してレオンの手助けを狩り、学園から共に姿を消していたのだ。
「そうですね。アリルはそういう女ですから。それにしてもいい所に目をつけましたね。ホムラン領なら、いざという時に隣国にかけこめますし、伝手で就職先もありますしね」
「そうなんですよ。父が言うには雇用主のシャナ様もちょっと変人みたいですが、良い人らしいですし」
この先の展望について話を交わすカイラスは、レオンの事にも言及する。
「でも、レオン君はこれからどうするつもりなんですか? 私はともかく、君は身寄りがないんじゃないですか?」
レオンは苦笑しながら、自分の正体を告げる。
ここまで来たなら、秘密にする理由がないからだ。
「大丈夫ですよ。お隣の国ではそこそこの地位にいる人間なので。くいっぱぐれる事も、寝泊まりする場所を探すのに難儀するわけでもないですから」
「そうですか、それは良かった。あ、でもそれって。身分詐称じゃないですか?」
「ええ、ですから情報料頂きます」
「困ったなあ」
冗談を交わしあいながらも彼らはそのまま行商の者達と共に行動していく。
それぞれが、それぞれのタイミングで、たまにアリエルの事を思い出しながら。
アリエルは、屋敷の裏手へと向かう。
そこには、少し前まではたまに野良猫親子がやってきていた場所だった。
しかし、アリルが殺してしまったため、今はいない。
子猫も寄り付かなくなっていた。
アリエルはあの後も、子猫がどうなったのか心配していたため、最後に様子を見てければと思ったのだ。
辺りを注意深く見回してみるが、猫の姿は見当たらない。
他の野良猫が面倒を見てくれれば、と思いながらアリエルが目を凝らす。
すると、近くの茂みがガサガサと音を立てて、アリエルの知った子猫が姿を現した。
「元気だったのね」
ほっとした様子で声をかけるアリエルは、離れたところで様子を見守る大人の猫に気づく。
子猫が他の猫に育てられていたのだと理解して、さらに胸を撫でおろした。
その場に現れた子猫は、アリエルの足元にすり寄る。
アリエルはしゃがみ込み、目を細めながら優しい手つきで子猫を撫でた。
「最後に挨拶に来たの。会えて良かったわ。私はもうすぐここからいなくなるから」
子猫はアリエルの言葉を理解できなかったが、何か嫌な予感を覚えて、か細い声で鳴いた。
「でも、他の猫が面倒を見てくれるなら良かった。元気でね。アリルに目をつけられないように、もうここには来ちゃ駄目よ」
子猫はにゃあにゃあと鳴き続けるが、アリエルは背中を向ける。
シャナの元へ嫁ぐ際、子猫も連れて行こうかと思ったが、彼女は思い直した。
後ろ髪をひかれる思いだが、同じ猫たちと生きたほうが子猫のためになるだろうと判断したからだ。
去っていくアリエルの背中を、寂しそうな子猫の瞳が見つめていた。
アリエルはティアホープ邸の敷地から出ていく。
そんな彼女を見送るものは誰もいない。
途中、使用人達とすれ違ったが、彼らは冷たい視線を投げつけ、嫌味や悪口を言うだけだった。
アリエルがこの家を出ていくとは思っていない素振りだったが、理解していたとしても、制止する者はいなかった。
敷地から一歩出たアリエルは、最後に屋敷を振り返る。
しかし、何の感慨も湧かなかった。
アリエルの脳裏に家族の笑い声が再生される。
それは家族の仲がおかしくなる前、父と母とアリルとアリエルが屋敷の中で走り回っていた時のものだ。
アリエルを追いかけていたアリルが転び、アリエルが立ち止まる。
アリルを心配したアリエルが、何かを言っていた。
それを聞いたアリルが笑い、遠くで見守っていた両親も微笑む。
普通であれば、見る者を温かくさせる光景だった。
しかし、そんな事を思い出していたアリエルは、何も思わずに、その場を去っていく。
同時刻、マーカスは王都の大通りを歩いていた。
今日は、アリエルが卒業する日で、時刻は間もなくパーティーが始まる正午の頃合いだ。
数日前にマーカスは、アリエルに対して卒業式当日も馬車を貸す事を提案したのだが、断られていた。
最後だから、一人で静かに登下校したいとアリエルに言われたのだ。
アリエルがどのように学園で過ごしているか知らないマーカスは、友人と過ごす彼女の姿を思い浮かべていた。
クラスメイト達と積もる話もあるだろうと思い、今頃アリエルははパーティー会場へ到着している頃だろうかと推測する。
だからマーカスは、目の前をその当人が歩いているとは夢にも思わなかったのだ。
見慣れた顔を見つけたマーカスは、思わず声を発した。
「アリエル様!?」
「マーカス?」
驚くマーカスを見たアリエルは、不思議そうに首を傾げる。
「こんなところで会うなんて奇遇ね。今日はお買い物か何か?」
「え、ええまあ。料理が趣味なので、調味料を調達しようかと思いまして……。いえ、それよりも、もうすぐパーティーが始まる時間では?」
「そうだけど、私は参加しないから」
当然のように言葉を発したアリエルの考えが分からず、マーカスは狼狽する。
シャナの事を日頃から奇人、変人だと考えているマーカスは、アリエルの顔を見て、似た者同士という言葉を頭の中に浮かべる。
「よ、よろしいのですか? 予定では明日この王都を経つはずでは? ご学友と話される最後の機会なのではないでしょうか」
「それはそうなんだけど……」
アリエルは言い難そうな表情で、視線をずらす。
「その、色々あって。話す必要はないの。あ、そうだ。今日は王都のホテルに泊まる事にしたから、明日は屋敷まで来なくても大丈夫よ。急に決めてしまって迷惑だったかしら」
「いえ、それは良いのですが」
何かトラブルでもあったのだろうかと考えたマーカスは、主人であるシャナに連絡をとる事に決めた。
「それならホテルまで私がお送りいたしましょうか、どちらに宿泊されるのでしょうか?」
その後マーカスは、アリエルが口にしたホテルまで彼女を送り届けた後、人目のつかない場所まで移動し、魔道具でシャナに連絡をとった。
海中時計の形をしたそれは、シャナがマーカスに渡した品で、遠方と連絡をとれる便利な品物だ。
同じ海中時計を持った物と対になる。
マーカスがアリエルの事を伝えると、シャナがすぐにこちらに転移してきた。
シャナは奇人であるが、世間一般の人間が学び舎での出来事を大切にしているのは理解していた。
そのため、アリエルのために一肌脱ごうと考えたのだ。
「今すぐ、ドレスショップへ向かうぞマーカス」
きっとこの行動をアリエルは喜んでくれるに違いないと思いながら、シャナは行動する。
シャナの欠点の一つは、人がどう思うかという視点が欠けている所だった。
自分の価値観だけで行動しがちな時があるのだ。
ホテルについたアリエルが、これからの事について思いを馳せていると、客室の扉が叩かれた。
マーカスが明日の予定を聞きに来たのだろうかと思ったが、それは違った。
扉を開けて立っていたのはシャナだったからだ。
シャナは「久しぶりだな」と挨拶をする。
これから気持ちを整えながらシャナの元に向かおうとしていただけに、アリエルはなんとも言えない表情になる。
普通はありえない行動なだけに、アリエルはどうしたものかと悩んだ。
とりあえずアリエルは挨拶をしようと口を開くが、その前にシャナが指を鳴らした。
すると、アリエルの体が光に包まれ、次の瞬間には服装がドレス姿に変わっていたのだ。
自分の姿を見たアリエルは驚き、魔法を使われたのだと推測する。
説明もなしに高度な魔法を見せられた驚きもあるが、アリエルはなぜ自分がドレスを着せられたのか理解できなかった。
「あの? シャナ様?」
アリエルは理由を尋ねるが、シャナは聞いていなかった。
アリエルの手をとって、再び魔法を使う。
すると、次に瞬間には別の場所に移動していた。
アリエルは、パーティー会場に立っていたのだ。
ドレスを着た元学園の女子生徒や、タキシードを着た元男子生徒達が立っている会場に。
周囲の者達は当然、その場に突然現れたアリエルに驚いた。
それをどう勘違いしたのか、シャナは得意げになった再び魔法を使う。
アリエルが止める暇などなかった。
シャナが天井に指を向けると、そこからキラキラとした光の粉が降り注いだ。
会場に集まった者達は幻想的な光景に魅入られ、うっとりとする。
アリエル自身もしばらく見惚れていたが、そんな事をしている場合ではないと気づく。
「シャナ様、今すぐ元の場所へ戻らせてください」
「え?」
「いいから、早く、お願いします」
アリエルは有無を言わさぬ口調で、強めに主張する。
目を丸くしたシャナは、この状況について正確に理解していなかったが、アリエルの真剣な表情を見て決断。
一瞬後。
アリエル達は元のホテルの一室に戻ったのだった。
離れたところで、アリエルとシャナの姿を目撃していたアリルは唇を噛みしめる。
アリエルは、イケメン三人称に囲まれながら談笑している所だったが、話は中断していた。
美しいドレス姿を来たアリエルは、見違えそうなほど綺麗だった。
アリエルを嫌っているアリルですら、そういう言葉が浮かんでくるほど、衝撃的な姿だった。
その事に、アリルは気分が悪くなる。
他の保護者と談笑していたアリルの両親は、アリエルが会場にいたと気づかず、消えていく光の粉に感嘆の息を漏らしていた。
アリルは、アリエルが立っていた場所を見つめて、眉間に皺を寄せた。
そして、すぐに首を傾げる。
不可解でたまらなかったからだ。
突然の事で驚いたが、一瞬で去っていった彼女達は一体何がしたかったのだろうと。
一瞬でも着飾ったアリエルに目を奪われた生徒達がいた事は腹立たしいが、その事実を脇に置いて考える。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。
そんなアリルの様子を、近くにいたイケメン三人衆の内、ダイアだけがじっと眺めていた。
元のホテルの一室に戻ったアリエルは、身内の恥と思って今まで言わなかった事を説明していた。
アリルと対立している事と、両親に邪険にされている事。
そして、学園での自分の立場を。
だから、注目を集めたくなかったと言うと、シャナはしょんぼりとして、うなだれる。
「すまない。こちらの早とちりだったようだ」
これから長い付き合いになるかもしれないと言う事で、マーカスにも一応話したため、彼も主人と同じようにしょんぼりとしている。
マーカスは、主人であるシャナを呼んだことに責任を感じているのだった。
迷惑ではあったが、悪気があったわけではなかったのだからとアリエルは彼らを許した。
しかし、それではシャナの気が済まなかった。
「埋め合わせをしたい、何かしたほしいことはあるか?」
アリエルは「色々あって今日は疲れているので、思いつかないです」と言った。
疲れる原因の一つを作ったシャナはしょんぼりしたまま、転移魔法で元の領地へと戻っていった。
彼を見送り、マーカスとも別れた後、アリエルは確かに疲れているなと自覚する。
「服、返すのを忘れていたわ」
自分の姿を見て、症状は重傷だと意識した。
幸い替えの服があるため、それに着替えれば良い話だが、その手間を考えるとため息が出たのだった。
卒業式を終えたばかりの女子生徒、スレイアは、ため息をついていた。
体の弱い事で、保健室通いをしていたが、最近は知り合いの薬草のおかげで、少しずつ体調が回復していたのだ。
となると、スレイアの両親は掌返しがはげしいもので、実の娘が使い物になると分かった彼らは、思いで作りという体面でスレイアを卒業パーティーに出席させた。
ドレスで着飾ったスレイアだが、同級生であるはずだったものたちを見ても、なじめるわけがない。
必然的に壁の花にならざるを得なかった。
国境で巡回の仕事をしている兵士の兄、ドライアがその場にいてくれたならば、スレイアは少しは気が楽だっただろう。
スレイアの兄ドライアは両親とは違い、妹の事を心の底から気にかけていたからだ。
だが、役目を放っておくわけにもいかず、仕方のない事だった。
両親としてはここで、他の者達と縁を作ってほしいと言う目論見があるのだろうが、何の想いでも共有していない旧同級との会話がどれだけ気まずいものか理解できないのだった。
ため息を押し殺していると、スレイアに話しかけるものがいた。
その相手に驚いてしまう。
なぜなら、それは学園の校長だったからだ。
もはや自我のない操り人形とかしている校長だが、こういった場面には出席させざるを得ない。
スレイアとは別の理由で壁の花になっているのが通例であったが、今年は例外だった。
「近づかないーー、ーーに気をつけなさい」
「え?」
スレイアに向けて、ほんの少しだけ心配そうなまなざしになった校長の言葉は意味が分からないののだった。
しかし、その校長が次に見た人物を見て納得した。
「アリルさん?」
何度も保健室にやってくる同級生、アリエルと少しだけ話をしたことがある。
アリルという人物について、彼女の卑怯な行動について。
校長の言葉の内容には納得したが、それでもスレイアは困惑するしかなかった。
どうして今になって校長が、自我を出したのか、そしてなぜもう卒業したはずのアリルに警戒しなければならないのか。
翌日、アリエルは、王都を出発してマーカスが用意した馬車で、シャナの元へと向かう。
その旅路は、二か月以上かかった。
途中で利用していた山道ががけ崩れを起こし、回り道を強いられたため、一週間余分に期間が延びた。
その途中で、レオンと再会し、近くの町で食事を共にしたのは、アリエルにとってそこそこ良い思い出だった。
アリエルはレオンとの仲を、利益不利益だけの関係だと思っていたが、意外とそれだけではないと気づいたのだった。
懐かしい顔に会えた事を嬉しく思っていたからだ。
そんな思い出を築きつつも、旅は進む。
馬車は、二か月と一週間かけて、目的地に到着した。
辿り着いたホムラン領は、うっそうとした、そして痩せた土地だった。
アリエルは住む場所は別邸だと説明を受ける。
屋敷の前で出迎えた使用人は、それだけを言ってどこかへ去っていった。
アリエルは建物を眺める。
その建物はどこからどう見ても人の住む場所には見えなかった。
建物には植物の蔓がつたい、外壁は汚れている。
しかも玄関の扉は、外れ掛かっていた。
追い打ちをかけるように、内部からはまったく人の気配がしなかった。
使用人が少ないらしく、人影がない。
これからどうしょうかとアリエルが悩んでいると、一人の使用人服の少女がやってくる。
アリエルを出迎えた使用人は、顔色が悪く、咳をしていた。
どう考えても働いていて良い人間ではなかった。
アリエルは心配になって声をかける。
「あなた、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
そう言ったのは、獣人の女の子の使用人だ。
獣人は人間より下だとみられ、差別されている。
年は十二歳ほど。
体は痩せていて、肌がくすんでいる。
お風呂に入っていない事が分かった。
動物のチーターの獣人らしく、耳が丸い。
尻尾は短めで、切られた過去があった。
金髪であり、丸くて大きな赤い瞳をしている。
薄暗い所でみると、ルビーの様に輝いていた。
彼女の名前は「チータ」。
「他の使用人はいないの?」
アリエルは一応確認するが、チータは咳込みながら答えた。
「ごほっ、アリエル様の事は無視するようにって皆に言われています」
アリエルは少しばかり邸宅の天井を仰いだ。
チータが口にしたそれは、暗雲しかない言葉だったからだ。




