13 アリルの内心
アリエルを屋敷まで送り届けた後、シャナは人目のつかないところまで馬車で移動する。
到着したのは王都の外れの裏路地だった。
シャナはそこで魔法を使い、自分の領地まで転移する予定だった。
人目を忍ぶその理由は、魔法が目立つからである。
シャナは、一般的にはあまり見られない珍しい魔法を使う事が多い。
独自に作り出した魔法を人の目のあるところで使うと騒ぎになるため、こうして移動していたのだ。
シャナはマーカスに話しかける。
「俺の婚約者を頼んだぞ」
「承知しております」
「アリエルも大概だが、妹君の方が相当お転婆なようだからな」
シャナはアリルの姿を脳裏に思い描いた。
過去、アリエルの両親に挨拶をするためティアホープ家に赴いた際、アリルと話したことがあった。
人当たりが良い笑みを浮かべ、明るく振る舞うアリルを見たシャナは、彼女の虜にはならなかった。
なぜなら、アリルは魅了の魔法を使っていると気づいたからだ。
人の心を操って自分の見方を増やすのは最低な事だと思っているため、シャナはアリルの事を嫌悪していた。
それだけであれば、人として距離を置くだけにとどまったが、アリルを調査したところ色々ときな臭い話が浮上してきた。
男性達を篭絡し、魅了の魔法にかけ、良いように操っているという話で、相手が問題なのだ。
その対象が一般人だけにとどまらず、国の要人にまで及んでいたのだから、シャナが脅威に思わないわけがなかった。
シャナは変わり者、変人貴族として貴族社会では有名である。
あまり知り合いなどはおらず、社会とも必要最低限しか関わっていない。
しかし、人並み以下とは言え、国への愛着もあり、領地を持っている立場としての義務で領民の安全は守らなければならないと考えていた。
だから、シャナはこれからもアリルの動向を警戒していくつもりだった。
もしかすると、すでに手遅れかもしれないが……と考えたところでシャナは思考を止める。
きな臭い話は多いが決定的な証拠がつかめていないため、憶測だけで行動するのは危険だと判断したからだ。
シャナが転移した後、王都にいるマーカスや他の者達はその場から移動する。
マーカス達には、アリエルが卒業するまで送り迎えをするという仕事があった。
そのため、ホテルを数室借りて、そこで寝泊まりしていたのだ。
シャナは変人であるが、悪人ではない。
目の前で人が困っていれば手を差し出すような人間だった。
しかし、人より少し思考がずれていたり、細かい方面や繊細な場面に気が効かない事が多いため、誤解を受ける事が多い。
マーカスは自分がいない間、シャナに何かあったらと思い、心配だった。
彼がそういった感情を抱くのは、シャナの幼少期を思えば、仕方のない事だった。
シャナは昔、特異体質だった。
身の回りにある空気には魔力が溶け込んでいるのだが、それらに触れると肌がかぶれてしまうのだ。
現在は女神の呪いを受けていたと判明しているが、当時は未知の特異体質と考えられ、対処法や治療法がまるで分からなかった。
そのため幼い頃のシャナは、他の子供達のように満足に走り回る事が出来なかったのだ。
シャナの両親は、そんな我が子の特異体質を治療するために、最善を尽くした。
様々な魔法使いや、魔道具職人などに声をかけ、自分達でも治療の方法を調査していたのだ。
その努力は実り、シャナの特異体質は女神の呪いだと明らかになり、治療法を見つけ出す事ができた。
シャナを困らせていた呪いは跡形もなく治ったのだが、シャナの両親は無理がたたって亡くなってしまった。
先に母親が亡くなり、後を追うように父が亡くなっている。
シャナはその当時、両親と共に野原でかけっこをするという、ひそかな夢を持っていたが、その夢は当然叶わなかった。
以来シャナは、自分と同じように呪いで悩んでいる者達をなくすために、あまり屋敷から出ずに、研究を続けている。
その結果、交友関係が狭くなり、人付き合いの機械がへり、変人と呼ばれるようになってしまったのだ。
マーカスは先代が生きていた頃から、ホムラン家に仕えていたため、シャナの幼少期について、よく知っている。
できれば幸せになってほしいと考えているが、それは難しそうだとも思っていた。
交友関係の少なさや、社会経験の短さが、どうしてもシャナの生き先に壁を作ってしまう。
アリエルが嫁いで来れば、その点をうまく補ってほしいと思っているが、シャナの不器用なアプローチでは彼女の心を射止めるには及ばなかった。
この分だとマーカスは、夫婦というよりは友人や知人という関係で落ち着きそうだなと考えている。
それで、シャナの足りないところが補われたり、少なくなるのならばよいのだが、その点についはマーカスにとっては未知数だ。
マーカスは、シャナが幸せになるには、まだ道のりが長いだろうなと考えていた。
同時刻。
別の場所にて。
馬車で家に帰ったアリルは、使用人達から出された紅茶を飲んでいた。
ともに出されたのは林檎をつかったクッキーやケーキだ。
フォークにさして口に入れれば、それらは甘く、口どけもよい。
アリルのために作られた贅沢な甘味を前にして、食べている少女は満面の笑みになる。
アリルは近くで、空のティーカップにお茶をそそいでいた女性の使用人へ声をかける。
「とても美味しいわ。すごく気に入ったから、今から作ってくれた料理長にそう伝えてくれる?」
使用人は「分かりました」と言って、部屋を出ていった。
その人物は、アリルの言葉を疑いもせずに行動する。
使用人がいなくなった部屋の中で、アリルはにやりと笑った。
その笑顔は、人を蔑むような笑顔だった。
「ちょっと優しくしたくらいで簡単に騙されるんだから、人間ってちょろいわね」
ちょうど良い温度の紅茶を口に含んだ後、アリルは姉の顔を思い浮かべる。
「今頃何をしているのかしら」
最近は、あまり顔を合せなかったため、アリルは姉の様子が分からなかった。
だが、とりたてて目立っているわけでも、何かに成功しているわけでもないのは確かだった。
これからもアリエルはそうでなければならないと、アリルは考えている。
アリルと比べられて惨めな生活をしなければならないのだ、と。
「早く変わり者の家に嫁いで、不幸になってくれれば良いのに」
他の人間は気づいていなが、アリエルは優秀な人間であった。
しかし、なぜかアリエルは目立とうとせず、何かしらの功績も立てない。
アリルは、そんなアリエルの事が気に食わなかった。
元々気に食わなかったが、目立とうとしないアリエルを見るとさらに腹が立ったのだ。
「家族なんて虫唾が走る存在だわ。両親は役に立つからそれほどでもないけど、姉なんてほんと要らない存在ね」
アリルの心にはずっと家族という存在に対する拒否感があった。
その理由は分からなかった。
家族を嫌う事に罪悪感を抱かなかったため、アリルはアリエルを不幸にする行動に躊躇いがない。
アリルは、用意されたフォークで乱暴にクッキーをつきさす。
クッキーは、フォークに強く突き刺された衝撃で、こなごなに砕けたのだった。
数時間後の夜。
ティアホープ家の建物の裏手。
夜の闇が更けていく中、とある動物が眠っていた。
深い闇の中にとけるような黒色の毛並みの猫が起き上がり、親猫を探して鳴いて歩く。
その子猫は、昔の事を思い出して、寂し気なか細い声を出していた。
子猫には親猫がいたが、半年前にアリルに殺されていた。
アリエルに懐き、アリルに懐かなかった事が理由だ。
ある日、アリルが餌をのせた右手を、親猫に差し出したのだが、その手に返されたのは敵意だ。
餌付けを拒否した親猫が、ひっかいたのだ。
それを見たアリルが、親猫を踏みつけたり、蹴りつけたのだ。
親猫はすぐに血まみれになった。
近くでその場を見ていた子猫は震えて動くことができなかった。
そのままであれば、子猫も後を追っていただろう。
そうならなかったのは、アリエルがかばって逃がしたからだ。
子猫はそれ以来、ティアホープの屋敷には近づかずにいた。
幸い、近くに子供を亡くしたばかりの猫がいたため、子猫はその猫に育ててもらう事で、命を繋ぐ事ができた。
しばらくは、屋敷から離れて心の傷を癒していたが、久しぶりにアリエルには会いたくなったのだ。
子猫はアリエルの部屋の下で、にゃあと鳴く。
アリエルは、いつもならその声に気が付くのだが、今日は疲れていたためすでに眠っていた。
アリエルに会えなかった子猫は、意気消沈した様子でとぼとぼと屋敷から離れていった。




