二十年目の償い 〜罪が目を覚ます時〜
「被告人を、懲役20年に処する」
その瞬間、傍聴席からすすり泣く声が聞こえてきた。
それが、俺に下った判決だった。そしてこの秋、満期出所を迎えた。このあと、刑務所の「協力雇用主制度」によって紹介された配送会社に、見習いで働くことになった。
危険運転致死傷罪で逮捕、収監された俺は、運転免許は取消処分を受けている。雇用先はそれも承知で、俺を雇ってくれた。
トラックへの重たい荷物の積卸しは身体に堪えたが、その分仕事が終わった後のビールが美味かった。
同僚の紹介で通うようになった、個人経営の居酒屋。初老の大将と50代半ばのパートの女性である節子さんが切り盛りしている。一見寡黙だが、飲むと笑い上戸な大将だった。
俺はバイクの腕に自信があった。車の間を縦横無尽に走り抜け、目的地までのタイムを少しでも縮める。あの夜もそうだった…
バイク通勤だった俺はその日、職場の懇親会で、一本だけ缶ビールを口にした。あの事故は、その後に起きた…
「大将、ビールね!刺身の盛り合わせも」
仕事終わりにこの店に通うようになった俺は、すっかり大将にも顔を覚えられた。節子さんがいない時は、おしぼりや冷蔵庫からビールを出すのは、俺の役目だった。
「悪りぃな、鉄ちゃん」
鉄ちゃんとは、鉄男。俺の名前だ。
「この人殺し!」
法廷で俺に向けられた言葉だった。
「違う…たまたまだ」
ビール一杯で運転が狂う様な俺じゃない。たまたまだ、運が味方をしなかったんだ。
一瞬、ブレーキをかけるのが遅れたことで、コントロール不能に陥った。タイヤが滑り、その後のことは覚えていない。気づけば、5人の死傷者を出す重大事故となっていた。
その後病院に収容された俺は数日後に、一人死亡、一人重体、三人が重軽傷と、警察官から告げられた。
重体の被害者は、今も意識が戻っていないらしい。
判決までの審理で、俺は何度もしらを切った。疑わしきは被告人の利益だ。弁護士もそう話していた。しかし、検察官の詰問に時々、俺は噛みついた。後で弁護士に窘められたが、その様な態度が判事の心象を悪くしたのだろう。判決文の「情状酌量の余地なし」という言葉。それは反省の色を見せなかった俺の、法廷における完全な敗北だった
俺は定期的に保護司の横山さんとも面会し、現状を伝えた。横山さんは勤務先の社長とも連絡を取っている。聞けば、俺の仕事ぶりは一定の評価がされているようだった。
勤務先には、アルコールチェッカーなる機械がある。勤務前と勤務後に機械に息を吹きかける。俺が刑務所にいた20年で、飲酒運転防止への取り組みは格段に強化されたようだ。
また、「働き方改革」とやらで、勤務時間の制限も厳しくなった。稼ぎたいと思う運転手はだいぶ辞めたらしい。見習いのこの俺も、思ったほど稼げていない。
「大将、世の中厳しいね〜。」
俺は瓶ビールをグラスに注いだ。
一気に喉に流し込み、もう一杯注いだ。俺はアルコールチェッカーの事や、働き方改革についてを話した。
ふと壁を見ると、「ハンドルキーパー」なるシールが貼ってある。その隣には「飲酒運転根絶」と。
大将は不思議そうに俺を見た。
俺は、まるで浦島太郎状態であることに気づかされた。20年刑務所に居たことを大将には話していない。
ある朝、俺は社長室に呼ばれた。部屋に置かれた革のソファに社長と、もう一人男性が並んで座っていた。保護司の横山さんだった。
俺は腰を下ろすと、ソファに沈みそうになった。
社長は厳格な方で、言葉こそ丁寧だが、静かなる威圧感がある。俺をはじめ、出所者の社会復帰をこれまで何十人も支えてきた。
「働きぶりを見て、正社員へ登用したいと社長さんが仰っています」
いつも優しい語り口の横山さんだが、今日は何か含みを感じた。
「但し、その条件とまでは言いませんが…」
横山さんが話すと、その後を社長が継いだ。
俺の起こした事故で、今も意識の戻らない被害者が居る。要は、その被害者に面会に行けということだった。
「そこに向き合う覚悟があるか」
20年で罪は償ったはずだ。無論、だから全てが許されるとは思わない。被害者には気の毒とは思うが…
社長はこうも続けた。
アルコールに対する社会の目は厳しいこと。今はビール工場の見学でも、運転者は匂いすら嗅がせてもらえないくらいだそうだ。飲酒運転による事故を起こした俺が今も酒を飲んでいる事に、一抹の懸念を抱いているようだ。
反省が足りないと思われているのか?
だが、俺にとって、正社員の誘いはまたとないチャンスだ。来週、俺は特別に休暇をもらい、被害者に面会することにした。
「よう、鉄ちゃん」
きしんだ扉を開ける。この扉を開けるのはコツがいる。常連の俺は心得たものだった。
大将は仕込みの最中だった。少し早いが、一杯やることにした。
「勝手にやらせてもらうよ」
冷蔵庫からビールとグラスを出した。
大将とは、身の上話もする仲になっていた。栓抜きを探している時、大将は突然咳き込んで、店の奥へと消えた。
そういえば最近、店は不定休になりがちだった。戻ってきた大将に俺は聞いてみた。不定休の理由も合わせて、どこか悪いのではないか、と。
「なに、腱鞘炎がひどくてな。職業病だ」
そう言うと、大将はコップの水を一気に飲んだ。
開店の時間が近づいてきた。節子さんは買い物に行って不在だ。俺は思い切って、この20年のことを大将に話した。そして、まもなく正社員として見込まれたことも。
俺が過去を告げた瞬間、背を向けていた大将の手がピタリと止まった。まな板を叩く音が消え、代わりに耳鳴りがするほどの沈黙が店を支配した。
その空気に耐えられなくなった俺は、これまで黙っていたことを詫びた。
「いや、あんまり言うことでもないしさ」
「そうだな…」
大将は俺を一瞥すると、また店の奥へ入ってしまった。同時に帰ってきた節子さんには、近いうちに、中日本のとある県に所在する病院へ行くことを告げた。
「知り合いの面会なんです」
特急電車と在来線を乗り継ぎ、被害者の入院する病院の最寄り駅へと来た。最寄り駅といっても、ここからさらにバスを乗り継ぐ。俺は駅前からタクシーで向かうことにした。
白樺並木が美しい道路をひたすら走った。ラジオからは、熊出没のニュースが流れている。
街道を走り、ハンバーグレストランの脇道に入る。
鬱蒼とした森の中にタクシーは進んでいく。俺は少し不安になった。
しばらくすると、三階建ての西洋風の建物が見えてきた。
「〇〇療養病院」
この場所では、タクシーはすぐには呼んでも来ないらしい。俺が降りる間際、運転手は、待とうかと提案してきた。
空腹を感じていた俺は、途中のレストランを思い出した。1時間後にそこに迎えにきてくれと頼み、携帯電話の番号を書いた紙を渡し、一旦タクシーは返した。
ペンキの剥がれた木製の扉を開ける。
油の切れた軋む音がした。中に入ると、静寂よりも殺伐さが俺を襲った。出迎えて来たナースに事情を話す。
今は個人情報保護の観点から、第三者の面会は、親族同行以外は不可能だった。仕方なく、俺は病院の外へ出た。
滞在時間は5分程度だった。被害者の病室の前にすら行けなかった。遠路来たのに、病院の対応は俺には冷たく感じた。これも時代の流れというものか。
「アルコールチェックに働き方改革に、個人情報か…」
しかし、行くという任務だけは果たせた。被害者に会えなかったのは、俺のせいじゃないし。
「タクシー、返すんじゃなかったな…」
仕方なく、俺は林道を歩き、ハンバーグレストランへ向かうことにした。
「何を食おっかな〜」
同じ日の夕方、大将が居酒屋で倒れた。尋ねてきた常連が気づき、救急車を手配した。その日の未明、大将は病院で息を引き取った。末期の癌を患っていた。
約束の時間になってもハンバーグレストランに現れない鉄男。運転手は何度も携帯電話を鳴らすが、一向に出ない。療養病院に連絡すると、すぐに帰ったという。
「ったく…どうなってんだよ」
大将に離婚歴があることは、常連客が何となく知っていた。奥さんへ訃報を知らせる為、古くからの常連の夫婦と、パートの節子が大将の部屋をさらった。男の独り暮らしにしては、部屋は片付いていた。
書類がぎゅっと詰められた、古い木の本棚。そこにあったファイルを節子は無理矢理引き抜いた。すると、他の書類も一緒に落ちてしまった。その中から、交通事故を報じる古い新聞の切り抜きが挟まったファイルを常連が見つけた。一緒に、親子三人で撮られた写真が挟まっていた。大将と、奥さん、娘さんだろうか。
「娘さんがいたのね…」
写真の裏には、静江(〇〇才)、京子(〇〇才)と。節子と常連は、新聞記事を見直し、はっとした…そこには、同じ名前が記されていた。
「静江さんは死亡、京子さんは意識不明の重体…」
鉄男が消息を絶って3日後、鉄男を探すべく、県警が捜索を開始した。勤務先の社長が通報したのだった。
森の中まで捜索範囲を広げる。予め社長から聞いていた鉄男の携帯電話番号に、隊員が連絡する。
どこかで呼出音が聞こえた。
隊員が手を振っている
そこには、主を失い、呼出音が鳴り続けている携帯電話と、靴が片方落ちていた…
終
お読みいただき、ありがとうございました。以前作成したものを一部改訂し、作成しました。




