第1話 葵、純平vs 涼太、タモツ(前半戦)
小さい頃……早生まれで、運動や勉強についていけない……なんてことありませんでしたか?
こんなスポーツがあったら楽しいかもしれませんよ。
タモツはゴリっと首を回し、いかついゴーグルを装着した。短髪で筋肉質。背が高いタモツにそのVRゴーグルはよく似合っていた。
「おい、涼太。シンクロ周波数を合わせろ」
タモツの肘で突かれた、一回り小さい派手な髪の少年。ユニフォームの黒のつなぎは、袖を数回折り曲げている。
隣に並ぶとまるで親子だが、涼太のほうが一つ年上だった。
ピンク色の髪の涼太。常套句は-
「合点承知」
ようやく蜃気楼から現れた人影に、2人は目を見張った。
「こ、これは! お、落ち着け!」
「タモツ、てめぇが落ちつきや」
「お、おぅ! イカレピンク、負けるわけにはいかない」
涼太は勢いよく壁を蹴った。
「あたりまえだのクラッカーや!」
◇ ◇ ◇
チャイムが鳴り、教室を目立たないようそっと出る。
後ろから誰も来ていないのを確かめると、僕は階段を一気に駆け降りた。
「ふぅ、一件落着」
うずうずしながら、お弁当と薄い本を鞄から取り出す。
「なにが一件落着?」
会議室の入り口に、すらっとした茶髪男子が立っている。
「うわっ!」
い、いつの間に?
「ここPTAの人たちの部屋だよね?」
聞き取りやすい穏やかな声。
「すみません。昨日お古のジャージをここに取りに来て。空いてると思ったから。引っ越してきたばかりなんです」
少し猫背の僕。目にかかる伸びた前髪を掻きながら答えた。片目は髪で隠れていて怪しい雰囲気だろう。床屋に行かないといけない。
茶髪の男子が首をかしげると、サラサラっと前髪が綺麗に流れた。
ふうんと興味なさげに目の前に立って……。
「あっ!!」
さっと薄い本を取られてしまった。初対面でまさか人の大事な漫画を勝手に触るとは!あり得ない!
「追放された魔法少女が、コミ症眼鏡男子のお嫁さんになって……タイトル長っ」
声に出すなー!
僕は真っ赤になって奪い返す。
「君、一年生だね。文化部に入いるの?」
「いや、別に……」
「ゲームは好きかな?」
「……まあ」
ゲーム嫌いな男子高校生っている?
「ちょっと変わった運動部なんて、どう?」
同級生ではないみたい。勧誘なのか?
「やりません。運動は嫌いです」
早くどっかに行ってくれ。読書の時間がなくなる!
「なんで嫌いなの?」
なんで?
なんでって、理由など……。
でも、強いて言うなら–
「3月生まれで体も小さくて。幼稚園の頃からかけっこも遅くて。4月、5月生まれの子との差は歴然。3歳と4歳じゃまるで違う」
茶髪は真面目な顔で聞いている。
「勉強に差が出るって言われるけど、スポーツこそ、早生まれは損をします。小学校の低学年までは強く感じました」
「僕は4月生まれでね」
なんだこいつ?
人の気持ちがわからないのか?
「そうですか」
僕は憮然とした。
「4月1日生まれ。わかる? 僕も早生まれなの。次の日に生まれていれば、下の学年になれたのに。4月1日までは3月生まれと一緒」
そうなの?
僕は急に親近感を覚えた。
「……それは、知らなかったです」
「小学3年のとき、クラスリレーをしてね。相手チームは1周ちかく遅れていたんだ。でも僕の番でぐんぐん追いつかれて、最後には抜かされちゃった。そいつも4月生まれでさ。そのクラスは大盛り上がり。僕のクラスは……思い出したくないな。先生まで僕のこと睨んでた」
あれは本当にトラウマ……と呟く。茶髪で可愛らしい顔をした男子。そっと手を差し出してきた。
「僕、小林葵。ある運動部の部長をやっててね。2年だよ」
「あ……1年の林純平と言います」
高校生にもなって、幼稚園の恨みつらみを言う陰気な僕に、手を差し出してくれた。
「純平君……君が必要なんだ」
埃っぽくて薄暗い会議室に、一筋の光が差し込んで…………は、いないけれど。
やる前からあきらめていた運動部。
葵との出会いは、フラットラインが再び動き出す前触れだったんだ。
◇ ◇ ◇
青と白の視界に、ゆらゆらと波のような揺らぎ。キーンと聴音検査のようなノイズが耳に響く。
ターゲットが現れる合図。
「タイプは? また制服かな?」
葵が隣にいる僕に話しかける。僕は首を振る。女子高生はやめて欲しい。この前、散々な目に合ったから。
相手チームのタモツにゴーグルのピントを合わせてみた。貧乏ゆすりをして、涼太になにか言っている。
「出てきた! また女子高生? 白い制服?」と葵。
葵の心拍もかなり上がっているみたい。まさか女子高生……ではなくて……。
「ナース?!」
心臓が跳ねた。やった!
「……純平はナース好きか。フィールドは病院かな」
葵が囁く。僕は周波数を全体に広げた。大きな白い建物は病院みたい。
「純平、絶対にとるよ」
「はい!」
〈あたしの名前はユーワ。さあ! 殿方たち、あたしを捕まえて〉
この台詞がスタートの合図。
捕まえて--
あれ?!
これ病院じゃない……まさか彼女って……。
白い建物には中央に尖った屋根があり、中には鐘が吊るされていた。
教会?
は、花嫁、キターーーー!!!!
4人が同時に叫ぶと、空気を伝ってフィールド全体がぐらぐらと振動する。
青と白の蜃気楼の中から現れた一人の少女、ユーワ。波のような揺らぎ止まり、姿がしっかり確認できた。
ナースではなかった。
純白のドレスを着た花嫁。髪には輝くベールを付け、Aラインのドレスには勿忘草のような小さが花が咲き乱れている。
ユーワは凛とした少し冷たい視線をこちらに向ける。
「いい! かっか、か、かわいい!」
僕の心の声はダダ漏れてしまった。
30メートル向こうで、ピンク髪の涼太はくるっとバク転をし地面に手を着き、壁を思い切り蹴りとばし走り出した。
「あたりまえだのクラッカーや!」
き、き、キター! 僕は腰が引けてしまう。
負ける気しかしない!
「落ち着いて、純平。あいつらは大丈夫」
葵と僕のペアは、二手に分かれ回り込む。ユーワは僕たちの間をゆっくりと走り出す。栗色の長い髪が揺れる。
「純平、計画通りに進もう!」
「待って、行かないでユーワ! 捕まえてやる!」
僕は叫んだ。葵の台詞をもはや聞いていなかった。
「ユーワ、俺を見ろ。俺が一番速いんや」
いつの間にか真上からピンクの髪、涼太が叫びながら真っ逆さまに落ちてくる。ゴーグルの中の目がバチっと大きく開く。
涼太が掴もうとすると、ユーワはふわっと抜けてしまう。でんぐり返しをするように地面に転がる涼太。
「クソッ、じゃじゃ馬やな」
〈さあ、早く捕まえてみなさい。フフフ。花婿のくせに、意気地なし〉
「ううぉー!」
「煽ってくるのサイコーや!」
「余裕ぶってるのは今だけだよ」
タモツ、涼太、葵はユーワの台詞でさらに興奮している。
〈あなたたち、こっちに来て〉
フィールドは白い大きな教会。ユーワの声は、4人の脳内に直接入り込んでくる。
ユーワが重厚な扉を開けると、教会の中に入り込んだ--
そう。これは生成AIの少女を射止める「ハートキャッチ」という人気のVRゲームと、サバイバルゲームの要素を取り入れ、進化したスポーツ。
『ハートキャッチ・ジョブ』
味方も敵も生身の人間。フィールドを本当に駆け回る。主人公は自分自身の身体。
スポーツは筋力、スピード、テクニックなど、あらゆる技能が必要だ。
それがなければ勝負には勝つことができない。そのため運動が苦手な人はスポーツから遠ざかってしまう。
『ハートキャッチ・ジョブ』は登場するAIが瞬時に参加したメンバーの体格や動きを解析する。そして強い方に適応型ハンデを与え、勝負が五分五分になるように設定することができる。
だから僕は入部したのだ。そして可愛いAIの少女たちも本当に愛おしい。
涼太とタモツ vs 葵と純平
くじ引きをすると、先輩後輩のペアになった。
うわぁ……ツートップで怖い二人だよ。
専用のVRゴーグルと、決められたハプティックユニフォームを着る。このユニフォームは黒のつなぎのようなデザインになっており、体にフィットしてとても動きやすい。
ゴーグルでバーチャルの世界が現れ、ユニフォームで重力を軽くして、衝撃を吸収する。
慣れてくると自由自在に飛び回ることも可能だ。体への負荷がかからず、成長期の子供に無理をさせ、故障させることもない。
タモツは中学時代、厳しいクラブチームのしごきのような練習で、肩や腰を壊してしまった。
先輩の涼太さんは……ゲーム好きだ。髪がピンクで関西弁。それしかわからない。
〈フフフ、私を捕まえる気はあるの?〉
後半に続きます。ハートキャッチ・ジョブ!
葵と純平は、猪突猛進型の二人に勝てるのだろうか?




