リスタート
時間が経って夜。
「裕介。この前応募したって言ってた所、どうだったの?」
夕食を終え、そそくさと2階へ上がろうとした刹那、小枝子に呼び止められた。
「……駄目だった」
秋久が素知らぬ顔でオレの横を通り、リビングから出て行った。それに続いて歩を進めようとすると、
「落込んでる?」
また足を止められた。
「平気、とは言えない」
「病気の面でも辛い時期よねえ……」
小枝子はうわ言のように呟いた後、鋭い目を向けて来た。
「言いたくはないんだけど、塞ぎ込むのは仕事を見付けてからにしてくれる?」
「……」
確かに、一々塞ぎ込んでしまう。そうなると気だるさで起きているのも辛く、終日ごろごろして過ごす。 そして不採用の通知が来てまた……。自分でもその姿が見苦しい事は分かっている。だが、打つ手が見付けられない。
「序に言わせて貰うけど、正直あんた甘いわよ。就活中の大学生を見てみなさい! あんた大学時代何やったの!? ハローワークの混み具合にも目を向けてみなさいよ!!」
次第に大きくなる声。小枝子の言葉に反論の余地はない。遮二無二求職活動をしなければ職が得られない現実を、オレはもっと認識しなければならない。
「説教なら廊下に出てやってくれ! テレビが聴こえない」
譲一が口を開いた。
「息子が非常事態の時に何呑気な事言ってるの!?」
「良いんだよ。もう子供じゃないんだ。自分で考えて良いように生きて行くだろうよ」
譲一の投げ遣りな口振りに、小枝子の顔は「あんたそれでも父親!?」とでも言いたげな、訝しげな表情になった。
譲一がオレを一瞥する。
「やむを得ず派遣社員になったんならともかく、こいつは自分からその世界に飛び込んだんじゃないか。だったら自分で対処しろよって話だろ? 病の治療だけはちゃんと遣って……病気になりたいのはこっちだよ」
ご尤もなお言葉です。
譲一はチャンネルを替えた。一人のゲストに対し、聞き手がやたらに多いトーク番組。出演者の中に、売れっ子放送作家でありながら、タレントとしても活動している男性がいた。
放送作家。企画を考え、必要な事を色々調べて台本を書く職業。今の知識はそれだけ。 プロデューサーやディレクターは場を取り仕切り、現場の雰囲気を盛り上げるのも仕事の一つと、前に聞いた事がある。オレの性格上、それは難しい。
だとすると、放送作家ならば……。
オレは咄嗟にリビングから出て行った。後ろから「ちょっと裕介!」と小枝子の声が響いたが、無視した。
部屋に入ると直ぐにノートパソコンを起動させ、ネットに繋いだ。オレの辞書から消えない文字、「安易」。放送作家を検索し、職業解説のページを開く。
『放送作家は時間が不規則です。企画会議は長丁場ですし、真夜中にディレクターに呼び出され、台本の手直しを頼まれる事も多々あります。給与は、ベテランだと番組1本で15~20万円くらい。若手だと約5万円くらいと区々です。
しかし、これは原則的ではありません。若手でも売れっ子になれば高額になりますし、キャリアが長くなれば、ギャラもそれに比例するといった世界ではありません。地道に行こうと考えている人には、まずお勧め出来ない職業です』。
以上、抜粋。
厳しい世界だが、この手の職業はどの分野もそうだろう。でも、気に留まったからにはもう少し詳しく知りたい。放送作家を養成する学校も幾つかあるが、入学金が払えない。さてどうしたものか……。
考え倦ねいていると、夕起さんが頭に浮かんだ。あの人に話を聞いてみたい。しかし、半年以上も音信不通だ。いきなり「相談があるんです」と連絡するには気が引けた。
為す術がないまま、日時は過ぎて行く。
新年1月1日。午前中から正月特番をだらだら観ながら、舞田とミドに「あけおめメッセージ」を送った。
両親は年賀状のチェック。秋久はメールの送受信に夢中だ。オレは、従姉の姉ちゃんから来た年賀状一通のみ……。テレビに集中出来るのはオレだけ。
そして、午後になっても2人からの返事は既読にはなるものの、なし。陸な正月じゃねえよ……。
この様子じゃ夕起さんも駄目か。とは思ったが、正月は良い機会。メールを送ってみる事にした。
「明けましておめでとうございます。その後お元気でしょうか? 最近忙しそうですね。身体にはどうか気を付けて」
弟のスマートフォンとは打って変わり、今日1日、オレのスマートフォンがバイブする事はなかった。
改めて孤独を噛み締めながら床に就いた翌朝の9時55分。スマートフォンのバイブ音起こされた。開いてみると、渋谷文夏と現れた。
『あけおめー! ずっと連絡できなくてほんっとゴメン。気にはしてたんだけど、メッセージくれて嬉しかった。私は元気にしてます。ユウ君は元気かな?』
返信を待ち侘びていたが、現実となると案外冷静だ。布団に潜ったまま返信を打つ。
「元気そうで良かったです。オレも元気にしています。それでですねえ、久しぶりに逢って話たいんですけど、時間を作って貰えないでしょうか?」
不躾かとも思いつつ、送信。約10分後に返信が来た。
『良いよ。でも10日くらい先で夜になると思うけど、それでも良い?』
「はい。大丈夫です。急なお願いに応えて貰い、ありがとうございます」
『了解。じゃーごはんでも食べながら語り合おう! 日時はまた連絡するね』
逢うのは2年ぶり。単純な頭の中は、久しぶりに逢えるんだと純粋さ半分。あの人に放送作家の事を話せば、何とかなるのではと打算半分。オレの辞書から消えないもう一つの言葉、「安直」。
1月11日金曜日。夕起さんに指定された通り、吉祥寺(東京都武蔵野市)に着いた。待ち合わせの時間は19時だったが、時計を見ると15分前だった。
「オレは今着きました。中央口の近くにいます」
メールを送り、寒いのでロータリー付近をうろうろしながら返事を待った。暫くして電話が掛かって来た。
『通りの所まで来て。青い車がそうだから』
「了解です」
行ってみると鮮やかな青のハッチバックがハザードを点けて停まっていた。外車ではなかっただけ、何か安心する。
「ああ、外寒っ!」
助手席に座り、悴んだ手を足元のヒーターに近付けた。
「一番寒い時期だからね。それより何が食べたい? 何でも良いよ、奢るから」
「じゃあ鍋。しゃぶしゃぶ」
「オッケー。しゃぶしゃぶね」
吉祥寺内の鍋料理店の個室に入り、牛肉と豚肉を注文。オレはビール。夕起さんはウーロン茶で乾杯した。
「日曜朝の番組はよく観てますよ」
「あれねえ。最初は出演するか迷ったんだよ。ぽっと出の私が、人様にあれこれ意見して良いのかなって」
夕起さんは、去年の六月頃からテレビ・ラジオの出演オファーが増え始めた。そこに次回作の取材も重なり、オレの電話やメッセージには対応しきれなかったのだという。今回返事をくれたのは、年末から少し時間に余裕が出来たからだそうだ。
「申し訳ない」と頭を下げられたが、詫びる必要はない。オレだって察していなかったのだから。
「それで、ユウ君は最近どうなの」
訊かれると予想はついたが、緊張が走る質問。
「実は、今求職中なんです」
「そうなんだ。どんな感じなの?」
「面接受けるんですけど、中々……」
「焦ってやるのは良くないけど、早く見付かると良いね」
目的の話を切り出すのは今だ。
「放送作家さんで知り合いの人いますか?」
「作家さん? まあ顔見知りの人は何人かいるけど、どうして?」
「勉強したいんです。放送作家の事」
「話がしたいって、その事だったんだね?」
夕起さんは笑みを浮かべ、鋭い眼光を向けた。
「それもありましたけど……」
図星の為、苦笑して返す他ない。
「良いよ。私で良かったらいつでも使って。でも勉強したいって事は、自分でも企画書書いてるの?」
完全なる他力本願。人に力を借りる前に何をしなければならないか、考えもしなかった。夕起さんに言えば何とかなるだろう。「悪い意味」での自分の羽化登仙な所が前面に出てしまった格好。
「……いや、それはまだ」
途端に、夕起さんの表情は落胆した。
「それじゃあねえ。考えてみてよ。手ぶらのユウ君を紹介して、相手はどんな印象を持つと思う? そんな子を紹介した私の印象も悪いだろうし、ユウ君だって「本気で放送作家に成る気があるのか?」って疑われると思うよ」
仰る通りだ……。
「私は本を出したいって思った時にはもう書いてたよ。今のユウ君は、只放送作家に憧れた夢現の状態じゃない」
僕がわるうございました。そこまで言われなければ分からなかった自分が情けなく、その場にひれ伏したいのと同時に、自分を真剣に叱ってくれた事が嬉しくもあった。
「まずは作家さんがアドバイス出来るように、自分で書いてみなきゃ」
オレは深く頷いた。
「何か間違った事言った?」
夕起さんの表情が優しくなっていた。オレは心中で「いいえ」と言いながら首をゆっくり振った。こういう時は動作だけ。無言のリアクション……。
夕起さんが牛と豚をしゃぶしゃぶした後、「皿貸して」と言った。皿を渡すと肉と白菜などを入れ、オレに差し出した。
「ほら、悄気てる場合じゃないでしょ! 肉食って精出せ!!」
この人のパワフルさは、初めて会った時から変わらない。
帰りは送って貰う事になった。車窓から夜の街の風景を眺め続ける内、気持ちを新たにする事が出来た。
翌日の午後。年末に観た職業解説のページにアクセスした。
『放送作家の第一歩はリサーチャーから始まります。リサーチの仕事は、番組で紹介する商品の情報・クイズ番組の問題作成など様々です。
放送作家の基本はリサーチであると言っても過言ではありません』。以上、抜粋。
夕起さんは「まずは私が見てあげる」と言ってくれた。このページの「助言」に従う事にした。
さて、何をリサーチしようか……。手元にある雑誌や本を開いてみる。人物・流行と色々あるが、「これだ!」と思うものが目に留まらない。
本棚に目をやる。子供の頃から買い集めた日本史の本。歴史は堅っ苦しいかなあ……。とは思いつつ、何気に名城・古城を解説した本を手に取った。目次に書かれたタイトルに目を通していると、漸く「これなら面白いかも」と思える項目が見付かった。
早速、本とネットを併用して資料集めをした。




