表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Femto Boy  作者: 弘田宜蒼
48/49

誠実な関係へ

 7月中旬の月曜日。26歳になった。20時近くに『東チャンリーフ』の会議が終わり、スマートフォンをチェックすると、夕起さん、舞田、ミドから「おめでとうメール」が来ていた。その他は仕事のものばかりなり……。


 誕生日を知っているのは家族と友達3人。それと坂木社長と陣内さんの計8人だ。社長からは午前中、祝福のお言葉だけ頂いた。陣内さんとは今日会っていない。加藤さんとは誕生日の話をした事がないので、お互いに知らない。

 

 スマートフォンを弄りながら突っ立っていると、

「これから皆で飲みに行くんだけどさあ」

「どうだ?」

 大谷ディレクターと加藤さんに誘われた。

「済みません。今日中に書上げなきゃいけないホンがあるんで」

 事実半分、面倒な気持ち半分。この前は行ったし今日は良いだろうと思った。


 会議室を出て放送局内の廊下を歩いていると、スマートフォンが今度は振動し始めた。チハルからの電話。

「もしもし?」

『ユースケ、まだ都心にいる?』

「いるけど何?」

『良かった! 今から店に来て私を指名してよ』

「キャバクラに行く金なんかねえよ!」

『お金の事は気にしなくて良いから。誕生日でしょ? じゃあ待ってるからね』

『ツーツー――』


 こっちの返事も聞かずに切りやがった。金の事は気にするなって、キャバ嬢の彼女から金を出して貰ってキャバクラに行くって、どういう事? とは思いながらも、仕方なく文京区内の彼女が勤める店に向かった。キャバクラに独りで行く事は初めてだ。


 電話から3、40分後、< Club Soft >に到着した。

 『ドック! ドック!!』。また心臓様がバウンドし始めた。深呼吸を繰り返す。一つ歳を重ねても、こんな感じでございます。「ッフ!」と力強く息を吐き、意を決して中に入った。


「いらっしゃいませー!!」

 黒服やボーイの威勢の良い挨拶だけで萎縮する。確りしろ! 拳で左の尻を叩いた。

 黒のベストに黒の蝶ネクタイのボーイに席に案内され、タキシードの黒服にシステムを説明された。が、新規の客は1時間飲み放題だという事以外、後は筒抜けだった。


 その後、数人の女性が自己紹介をしながら名詞を渡して来た。その中に、素知らぬ顔をしたチハルも、いた。「この野郎!」と目で訴えつつ丁重に受取る。

 直ぐに側にいた黒服に、「チハルさんをお願いします」と指名を入れた。

「チハルさん12番テーブルご指名でーす!」

 インカムを伝って店内に声が響く。小っ恥ずかしい事この上ない。


 少し経って、バッグを持ったチハルが現れた。

「迷わないで来れた?」

「ちょっと探したけど。勤務中によく電話出来たな?」

「途中で抜けて更衣室から掛けたの。で、何飲む?」

 メニュー表を開ける。チハルが来て大分気持ちが落ち着いた。

「やっぱ高っ! ウーロン茶だけで千円かよ!?」

「お金の事は気にしないでって言ったじゃん」


 こういった高貴なお店は、僕のような雑魚には合いませぬ。何せウーロン茶は普通ドリンクバーだ。結局、ウイスキーハイボールで乾杯した。

 チハルはバッグから紙袋を出し、「はい。プレゼント」と渡して来た。開けると、夏用の薄いニット帽とサングラスだった。

 先月の彼女の誕生日には、ディスカウントショップで購入したピアスと、黒のマニキュアを贈った。単純に、キャバ嬢=黒のインスピレーションだったので。


 「こんな物しか贈れないけど」と言って渡したら、彼女は「一応」喜んでくれた。

「ニット帽持ってなかったんだよ」

「キャップばっかりだもんね。被ってみて」

 それまで被っていたキャップをリュックに仕舞い、ニット帽を被ってサングラスを掛けた。

「こうしても良いんじゃない?」

 チハルがオレからサングラスを外して、ニット帽の上に嵌めた。

「うん。結構似合ってる」

 そう言うと、バッグから手鏡を出してオレを映した。2、3回角度を変えて見てみる。


「こんなオシャレがあるんだな。ありがたく使わせて頂きます」

 暫く経って、ほろ酔い気分のオレは今まで訊かなかった事を敢て訊いてみる事にした。

「チハル」

 彼女は何気なく「ん?」と返事をした。

「良かったら、本名、教えてくれないか?」

 チハルは黙り、思案している様子だったが、

「いつかは訊かれると思ってた」

 そう言うと周りを見渡し、黒服やボーイに見えないようにバッグから運転免許証を出して渡した。阪井奈々。生年月日も嘘偽りなかった。


「解りました。訊いといて何だけど、こんなの見せて後で何か言われない?」

 チハルに免許証を返すと、

「地元の幼なじみとか適当に言うから大丈夫。私はキャバ嬢だから」

 得意げな顔を見せた。


「そう。頭の回転が速い事……それじゃあ、改めて宜しくお願いします。阪井奈々さん」

「おっきい声で言わないで!」

「ああ、ごめん」

「こちらこそ宜しく。中山裕介さん!」

「君はおっきい声でも、構わないか」

 気持ちを新たに乾杯した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ