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Femto Boy  作者: 弘田宜蒼
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いちょう並木

 『カフェラテ』の会議に出席する為、事務所を出て東京メトロ表参道駅に向かって歩いていた途中、青々と茂ったいちょう並木が夕日に照らされ、黄緑色に染まっていた。もう直ぐ夏本番がやって来る。

 6月下旬の土曜日。『ルーム ナイト』の生放送が終了し、ブース内が「お疲れ様でしたあ」の声で包まれた。


 DJのYUKAがブースから出て行き、オレもその後に続こうとした。その刹那……。

「中山君。ちょっと良い?」

 陣内さんが神妙な面持ちで呼び止め、2人でブースの隅に寄る。

「良い知らせじゃないんだけど……」

 小声で言われ、一瞬で緊張が走った。


「今日のお昼に……村上奈美さんが亡くなったらしいの」 

 あれこれ推察する暇もなく、頷く事でしか相槌が打てなかった。村上は入院してまだ3ヶ月しか経っていない。

「入院した時点で、癌が他の臓器にも転移してたんだって」

 全身の力が抜けて行くくらいの衝撃。その場にしゃがみ込みたかった。

「仕事の前に言ったら、中山君動揺しちゃうと思ったから」

「ありがとうございます。配慮して貰って」

 やっと言葉が出た。


「美貴ちゃーん!」

「はーい!」

 石倉ディレクターに呼ばれ、陣内さんは出て行った。


 放心状態のまま喫煙ルームに入り、呆然と一服する。村上奈美とは短く、仕事上の付合いでしかなかったが、走馬灯のように思い出された。いつも穏やかだが心中では闘志を燃やし、向上心も高かった。オレとは相反する性格の村上奈美から、もっと色んな感性を吸収したかった。


 『ガチャ』。ドアが開き誰かが入って来たが、構わず下を向いていた。

「挨拶くらいしなさいって前に言ったでしょうよ!」

 陣内さんから右の頬に冷たい物を当てられた。びっくりして顔を上げると、笑みを浮かべていた。

「これ飲めば落着くんじゃない?」

 陣内さんは当てていた缶をオレに渡し、自分の分を吸煙機に置いた。無色透明なコーラ再び。但し、無色な事を確かめるにはコップに注がなければならず、缶のまま飲めば只のコーラだ。


「陣内さんこれ好きなんですか?」

「好きなのは中山君でしょ?」

 言われてみれば、物珍しさからよく買っていたのはオレだ。

 『ゴーー』という吸煙機の音に、『フーー』と紫煙を吐き出す音が交じる。

「悔しいし悲しい事だけど、こればっかりは不可抗力よね」

「オレと同い歳ですから……25……ですか……」

「私より若いのに……」


 『もっと私の事を色んな人に知って欲しいから』『戻って来たら、また一緒に仕事したいね』村上の言葉を思い出し、視界が滲んで来た。見開いて数回瞬きする。

「でも……「良かったね」って……言ってあげたいですね」

「良かったね?」

「誰もが活躍出来る訳じゃない世界で、ほんの少しの間ではあっても、世の中に出る機会を与えて貰った。そういう意味では、「良かったね」って……」

「そうね」

 陣内さんは納得し、コーラを一口飲んだ。


 翌日。『カフェラテ』の放送が終わり、事務所に戻る為、表参道駅から南青山に向かって歩いていると、この前夕日に照らされていたいちょう並木に入っていた。

思わず足を止めて見上げると、葉っぱが陽光に照らされて目映く、綺麗だ。その時ふと、『元人気女性アナ自殺』のニュースを思い出した。序でにこの言葉も……。

『お前は、温いんだよ……』


 自分の目が虚ろになって行くのが解る。その目のまま正面を向いた刹那、村上奈美が破顔してオレを見ている姿が映った気がした。……そうだね。

 温かろうが何であろうが、オレは生きている。人は生きるのを止められても、続ける事は出来ない場合がある。生きたくても生きられなかった人の分まで生きる。それが、残された人間の不文律なのではないか……。

 

 突然すらすらと出て来た考え。村上奈美が導いてくれたのだろう。オレは微笑を浮かべ、事務所に向けて再び歩き始めた。


 駆け出しの作家に気さくに接してくれて、本当にありがとう。村上奈美さん、本名、村上奈美子さん、忘れない……。


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