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Femto Boy  作者: 弘田宜蒼
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やっぱり、出会わなければ・・・

 2週間後の火曜日だったと思う。舞田から合コンの誘いを受けた。そんな悠長な時期ではない。それに、知り合いと飲むならまだしも、初対面の人達との席は苦手で、ずっと断わって来た。

 

 オレが「合コンはいいよ」と言うと、

「合コンとは聞こえがわりーな。飲み会だよ。皆でパーッと盛り上がって仲良くなる。お互い良けりゃLINEとか交換するだけじゃん」

 それを合コンっていうんじゃねえのかい?

「この前の子も来る予定だけど、それでも来ないか?」

「誰の事だよ?」

 早稲田である事は直ぐに分かったが、無意識に見栄を張った。


 舞田はあの日から、早稲田の友達と連絡を取り合っているようだ。流石!……でもないか。

 舞田は「惚けんなよ!」と言って、オレが被っているキャップのつばを掴んで下にずらした。

「からかうなよ!」

 キャップを直しながら不機嫌を装ったが、内心はドキドキしていた。


 その週の土曜日。下北沢(世田谷区)の居酒屋の個室にて、舞田の言う「飲み会」は開かれた。結局、承諾した訳で……。

 参加したのは、男性がオレと舞田、舞田の友達2人。女性が早稲田と、その友達3人の4対4だった。

 女性を追ってノコノコ出ては来たが、やっぱり慣れない雰囲気。そこに追い討ちを掛けるように、舞田がオレと早稲田を、入って右端の席に向かい合わせにした。ありがたいが……始まる前から心臓が大きくバウンドする。


 その時、早稲田と目が合い、「この間はどうも」と話し掛けてくれた。

「こちらこそ。今日も誘われたんですか?」

「そうなんです……」

 早稲田は口に右手を当て、前のめりになった。何だろう? と左耳を近付ける。

「ゴリ押しされたんです。私押しに弱いから」

 早稲田は照れ臭そうに笑った。たったこれだけで、宙にも浮かぶ気分である。


「それじゃあ、早速自己紹介から始めちゃいましょう! まずはオレから」

 舞田が流暢に進行し始める。男3人が砕けた自己紹介を済ませ、オレの番になった。

「中山裕介です。本日は宜しくお願いします」

 何とか噛まずに言えた。緊張すると妙に丁寧な口振りとなる、変な癖。

「かてーよユースケ!」

透かさず舞田がツッコミを入れ、軽く笑いが起きたが、言葉を返す余裕は全くなく、無言で座る。


 続いて女性が自己紹介して行く。

「望です。今日はガンガン飲みましょう!」

「一緒に盛り上がろう!」

 舞田の友達が入れた合いの手に、早稲田は笑顔で返した。

 暫くすると、向かい合う男女の会話が弾み出し、早稲田もにこやかに相槌を打っている。

オレは一人マイペースを装って、黙って飲食するばかりだった。

 やがてさり気ない席変えが始まる。


「望ちゃん何飲む?」「どんな映画が好きなの?」。男達が早稲田に話し掛けて行く。羨ましい光景だが、こっちには何の手立ても、なし。

 もどかしさから貧乏揺すりが激しさを増していた時、舞田から声を掛けられ、一旦外に出た。

「お前望ちゃんと喋りたいんだろ?」

「別に……」

 目一杯しらを切った。

「嘘付け! さっきからチラ見ばっかしてんじゃねえか」

「……その通りだよ」

 そこまで目が行き届いている人には、しらは切り通せませぬ……。

「オレあいつ(早稲田の隣に座る男)呼び出して席立たせるから。その隙に望ちゃんの隣に座れ」

「どうやって?」

「さり気なくだよ」

舞田はじれったそうに言う。

「「何飲んでるの?」とか「隣良い?」とか言って。分かったな?」

 舞田はオレの肩を『ポンッ!』と強めに叩いて、中に入って行った。


 舞田は早速実行に移し、友達に何やら耳打ちすると2人は出入口に向かった。出て行く時、舞田は「行け!」とアイコンタクトした。

 さてどうするかと思っていた時、運良くまた早稲田と目が合った。これを逃しちゃ駄目だ。意を決して立ち上がり、早稲田の隣へ回った。

「隣良いですか?」

「私は良いですけど、人がいますよ?」

「向かい合わせじゃ聞き取り難いですから」

 適当に誤魔化してさっさと座った。


「あの、苗字訊いて良いですか?」

性格上、いきなり「望ちゃん」と呼ぶのは憚られた。

「早稲田です」

「あの大学と同じですか? 由緒正しそうな名前ですね」

「そんな事ないですよ。大学とは何の関係もないですから」

苦笑された。よく言われるのかもしれない。

「皆大学生なんですけど、早稲田さんも学生ですか?」

「まあ、一応……」

 明らかに気色ばんだ答え。

「もしかして、訊いちゃ失礼でした?」

 神妙に言うと、早稲田は笑顔で「いや違うんです」と言いながら、素早く右手を振った。


「実は私達、働きながらアナウンススクールに通ってるんです」

「へえ。じゃあ、将来はアナウンサーに?」

「私は声優です。ナレーターとしても活動出来る、そんな声優を目指してるんですけどね」

 早稲田の目には力が籠もっていた。


 その他にも、早稲田は石川県の出身で、オレより一つ上である事。オレは日本史を専攻している事など、色々話をした。

「今大学は何年ですか?」

「4月で4年になりました」

「えっ!? 就活大変でしょう?」

「こんな時期に合コン!?」というような反応。正にその通りな訳で……。


「今勉強してる道には進みたくないんですか?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど……」

 痛い所を突かれ、歯切れの悪い返事しか出来なかった。今思い返すと、当時は志とか、就職の事とか、正直ボヤっとしていた。先の事に対する危機意識も乏しかったと思う。


 ふと周りに目をやると、男女が連絡先を交換し合っていた。オレもこの人とコンタクトを取りたい! 別に付き合いたいとか、最終的な考えはなかった。只純粋に、早稲田との関係を続けたかった。


 しかし、それまで連絡先を交換した経験があまりない為、どう切り出そうか迷い、咄嗟に舞田を出汁に使った。

「今日、あいつに誘われたんですよ」

「そうなんですか。なーんか軽そう」

「チャラいですよ。皆に連絡先訊くと思いますけど」

「服装からしてそうだと思った」

 早稲田は笑いながら言った。チャンスだと思った。

「オレも連絡先訊いても良いですか?」

 言った瞬間から、早過ぎる達成感に満ち溢れた。が、それは持って1、2秒で終わる。

「良いけど、用なくなるよ、絶対」

 「良い」と言いながらも、教えてくれる素振りは全くない。二の句が継げず思案に暮れていると、「お二人さんちょっとごめん」と女性が後ろを通ろうとした。


 早稲田は女性に「トイレ」と訊き、「うん」と返事をされると、「私も」と言って席を立ってしまった。

 1人残され手持ち無沙汰になったオレも、後を追うつもりはなかったが、トイレに行こうと席を立った。

 廊下を真っ直ぐ進み、左に曲がろうとしたその時、

「隣の彼と良い感じじゃん?」

「只会話してただけだよ」

 さっきの女性と早稲田の声が聞こえ、思わず足を止めて耳を欹てた。

「連絡先訊かれたんだけどさあ……」

「教えたの?」

「用なくなるって断わった」

「別に教えるくらい良いじゃん」

「そうなんだけど……」

 早稲田は口籠もる。何か嫌な予感……。

「彼、何にもなさそうなんだよね。将来の目標とか。そういう人と関係持ってても、何にもなんないじゃん?」


!!!!……。一遍に身体が凍り付いた。首から熱い血液がカーっと上がり、顔は脂汗でギットギトになって行く。

 気付いた時には席に戻っていた。あのままあそこにいたら、尚気まずい状況になってしまう。無意識の行動だった。聞かなきゃ良かった……。

 

 でも何も知らなかったら、再度連絡先を訊いて、体よく断わられていただろう。どっちにしてもショックを受ける訳だ。

 暫くして、早稲田が帰って来た。だが、もう目を合わせる事も、話し掛ける事も出来なかった。向こうも、一切声を掛けては来ない。居た堪れなかった。


 他の皆は二次会でカラオケに行ったが、オレは当然そのまま帰った。別れ際、一瞬だけ見た早稲田の笑顔……。憎らしい程輝き、綺麗だった。

『何にもなさそうなんだよね。将来の目標とか』。帰りの電車の中、この言葉が頭の中をグルグルと駆け巡った。その場にしゃがみ込みたい程、羞恥心にさいなまれる。一時の思い出にしておけば良かったのだ……。結果論。



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