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Femto Boy  作者: 弘田宜蒼
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クラシック

 4月中旬の土曜日。『ルーム ナイト』の本番前に事務所に寄ると、陣内さんと話込んでいた坂木社長と目が合った。

「ユースケ、AV女優誰知ってる?」

 突拍子もない質問に呆気に取られたが、『素っ頓狂でも良いから何でも答えるんだよ』加藤さんの言葉が頭を過った。


「そうですねえ。小室友里・及川奈央・豊丸……」

 そうお答えすると、社長は「お前幾つなんだよ!」とツッコんで大笑いした。

「よし! 今度の『姫さま――』、お前行って来い」

 社長の言葉が終わった瞬間、頭の中で、何故かエドワード・エルガー作曲の『威風堂々』のサビが流れた。


 今月から始まった新番『姫さまのギモン』。うちの事務所からは、陣内さんと先輩作家の谷村さんが参加している、キー局の深夜番組だ。

 36歳の谷村さんは持病の椎間板ヘルニアが悪化し、入院して手術する事になり、社長と陣内さんがピンチヒッターを探していた所にオレが現れ、テレビではキー局初となる大きな仕事が舞い込んだ訳だ。


 主な番組内容は、姫に扮したアイドルの指令に、若手芸人がロケに出て真相を解明して行くというもの。        オレが担当する回は、会議の結果、「AV女優の素顔」に決まったそうだ。俗に言う「素人モノ」に出演している女優に、「何故出演を決断したのか?」話を聞く事になった。


 後日、事前取材の為に陣内さんと他事務所の女性先輩作家、真崎さん。ディレクターの秋元さんとADの田村さんとオレで、撮影が行なわれているスタジオへ向かった。AVのスタジオへ行くのは当然初めて。事前に出演を打診して承諾を得た女優に話を聞くだけなのに、移動中の車内で既に心拍数は上がっている。仕事の意識は遠く、あるのはミーハーのみ。


 スタジオに到着すると、十二畳程の会議室に通された。ここで撮影を終えた女優に話を聞いて行く。

「私、自分の身体に自信があるんです。毎日鏡で全身を見ている内に、一番スタイルの良い状態を映像に残しておきたいって思ったから」

 またある人は、「とにかくお金が必要で、早く貯金を増やしたかったんです。イギリスに語学留学したい目標があるので」


 またまたある人は、「単純にSEXが好きだから。男を攻めるのってすっごく楽しい!」

「どうやって攻めるんですか」

 いやらしさではなく、素朴な疑問だった。

「え? 全身リップとか」

 にこやかに答えて頂いた。来る時には浮足立っていたくせに、なーんか沈む。

……若いって何なんだろう?

 ナルシストを曝け出す人。堅実に行く人。SEXを楽しむ人……。同じ分野に進みながらも、千差万別。


 その時、隣に座る陣内さんから、左太股を『ポン』と叩かれた。「今は物思いに耽るな」という合図だろう。

 次の女優の撮影が終わるまで、一旦休憩となった。

「お前達(撮影現場を)見て来ても良いんだぞ。飢えてんだろ?」

 秋元さんが田村さんとオレに言った。女性二人が失笑する。本音は興味津々で席を立ちたいが、気が引ける。田村さんとオレは苦笑いで「いいです」と返した。


 十分程経って田村さんがトイレに立った。所が、五分以上過ぎても戻って来ない。オレも催したのでトイレに行く。だが、トイレに田村さんの姿はない。やっぱりな……。撮影現場に行ってみると、いた。なるほど、トイレに託けて。

 田村さんはオレと目が合うと笑みを浮かべ、「面白いですよ」と声を潜めて言った。AVの現場が面白い? 田村さんが「見てみろ」と目で合図する。見ると、清楚な女性が、テープで作られた壁の向こうで全裸で立っていた。その女性にクイズを出題し、不正解だとテープが剥がされて行く。全身露になった所で絡み、という内容のようだ。


 だがルールなど無視。正解しようがしまいが、出題者はテープを剥がして行く。始めは一枚ずつだったのが、次第に二枚三枚ずつと増えて行く。女優は一応、「ええ!?」「何で!?」と戸惑う芝居をしている。

 田村さんが面白いと言ったのは、女優の解答だ。


 Q 浜名湖の銘菓で「夜のお菓子」といわれるのは何パイ? 正解はうなぎパイ。

「夜の……パイパイ?」

 Q 名古屋コーチンは鶏の品種。ではTOKYO Xは何の品種? 正解は豚。

「戦隊ヒーロー!」

 おバカ解答連発。でも、こんな間の抜けた答えが瞬時に出て来るって事は、ある意味頭の回転は速い。冷静に分析している自分と、スタジオに入った途端に口は渇き、『ドック! ドック!!』と心臓が大きくバウンドし、胸が圧迫されて息苦しい自分がいる。


 「っう!……」。そこに吐き気を催し、乾いた口内に大量の唾液が分泌された。テープが剥がされて行く度、意識が朦朧として行く。起きているのに夢見心地、非現実の空間。

 チラッと右下を見ると、パイプ椅子の上にペンとスケッチブックが置いてある。徐に手に取った。全くの無意識。自分でも何がしたいのか解らないまま、白紙のページを探す。


 Q ある映画やドラマの脇役を主人公にして制作された作品を、何作品という? 「スピンオフ作品」と書いて、女優に見えるように掲げた。彼女は気付いて正解。

 Q 関ヶ原の戦いで東軍の大将は徳川家康。では西軍の大将は誰? 正解は石田三成。今度は「小栗旬」と書いて見せる。んなアホな! という答えだが、彼女はまんま答えた。出題者は「ファイナルアンサー?」と大物司会者を真似、沈黙してタメる。


「……早く言って!」

「……残念!」

 当然だ……。その後も悪戯心フル稼働で、正解と嘘を書き続けた。人間、緊張感がMAXに達すると何をしでかすか解らない事を、自分で証明した。

 AVスタッフには注意されなかったが、田村さんから「そんな事して後で大変ですよ」と言われた。


 やがてスタンバっていた男優の1人が立上り、絡みのシーンとなった。一つだけ厳守されるルール。十問中五問以上正解すると、若くて美形の男優と。五問以下ならメタボな中年男優が相手となるようだ。

 青年男優に手を引かれた女優は、笑顔から艶めかしい表情へとスイッチが入った。それに合わせオレの頭の中では、ドヴォルザーク作曲の交響曲第9番『新世界より』が鳴り響いた。


 実に濃厚なSEXを見せ付けられ、過呼吸寸前になったが、鼻血が出ないだけまだましだ。クラシックが流れる中、左肩を『ポンポン』と叩かれ、「そろそろ戻って来い」と秋元さんが耳打ちした。

 

 ぐったりした状態で会議室に戻り、最後の人を待つ。30分以上経って、「お願いします」と田村さんが招き入れ、立上って女優を見る。黒いブーツにデニムスカート。顔を見ると、さっき悪戯した彼女……。思わず口を開けて顔をしかめた。田村さんと目が合うと、「だから言ったでしょ」と言わんばかりの表情をした。後で大変……こいつ知っていやがったな。


 彼女はオレに気付いて若干睨んでいるようにも見えたが、素知らぬ顔をして一礼した。

「出演のきっかけは」

 と真崎さんが訊くと、

「軽いノリです。友達が風俗で働いてて、AVやってみようかなあって感じでした」

 彼女は淡々と答えた。

「風俗を選ばなかった理由は」

 陣内さんの質問に、

「疑似恋愛はしたくなかったんです。男優さんもお互いプロだし、一緒に作品を作ってるっていう所に惹かれました」

 さっきのおバカ解答とは打って変わり、確りとしたお答え。





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