2.生活力が皆無な幼馴染
「それでね! ライオネル様ったら、姫様とのお茶の時間で一時間も無言だったのよ!? もう信じられない!! 普通こういう時は男性がリードして会話が途切れないように雰囲気作りをするんじゃないの!?」
昼休憩に入ったアメリアは、先ほど重苦しい主君たちの無言のティータイムについて幼馴染のハルフォードに愚痴っていた。
いくら専属侍女といっても一日中第三王女の傍に控えているわけではない。
昼休憩もちゃんとあり、ミリッシュと交代で取っている。
ただ同僚のミリッシュはヴィクトリアの傍に控えていることが多い。
それは彼女が歴史ある子爵家の令嬢で、王女が嫁いだ後も仕えることを前提に侍女に選ばれているからだ。
しかし一人でヴィクトリアの生活を全てサポートするにはミリッシュの荷が重いため、定期的に週に二回ほどアメリアが王女の隣室に控え、就寝番として夜勤をすることがある。
だが、それ以外のアメリアの勤務時間は朝の六時から夕方の五時くらいまでなので、意外なことに自由な時間が多い。
その空いた時間に自身の夕食と翌日のハルフォードの昼食の仕込みなどを行い、夜勤でない日は彼の職場に立ち寄り、昼食と夜食を差し入れをしてから出勤している。
そうでもしないとハルフォードは、仕事に没頭しすぎて食事を忘れてしまうのだ。
そんな手のかかる幼馴染だが、城の敷地内にある魔道具研究所で働いている。
アメリアの職場である第三王女の部屋からは徒歩で十分ほどの場所だ。
気軽に足を運べる距離でもあるため毎日のように顔を出すアメリアは、ここでヴィクトリアの辛い現状とライオネルの配慮の無さを愚痴るのが日課となっていた。
本日も愚痴を聞かされたハルフォードは、のほほんとした様子で感想を述べる。
「そっかぁ~。あの二人、まだ上手く交流出来てないんだー。それは困ったね~」
差し入れのハムサンドをモグモグ食べながら、ハルフォードがのん気そうに相槌を打つ。
アメリアよりも一つ年上の彼は、先月十八歳を迎えた立派な成人男性だ。
だが体の線が細く、かなり童顔なので見た目が十代半ば過ぎにしか見えない。
口調もゆっくりなので、おっとりした雰囲気のマイペースなタイプである。
だが、顔立ちはかなり整っていた。
濃い目の水色の瞳に肩くらいまであるサラサラの金髪を黒の細いリボンで結んでいる彼は、黙っていればさながら花の妖精のような美少年である。
しかも最近、急に視力が落ちたらしく細い銀縁の眼鏡をかけだした。
それが知的な雰囲気だと、城勤めの令嬢たちの間で注目されはじめている。
「もぉ! ハルったら真面目に話を聞いてよ!」
「え~? ちゃんと聞いてるよ~。ただアミィのハムサンドが美味しすぎて食べるのに夢中になっていただけだよ?」
「やっぱり聞いてないじゃない!」
「だって本当に美味しいんだもん。僕、アミィが作った料理なら毎日三食しっかり食べたいなー」
「またそうやって調子のいいことを言って、ちゃっかりご飯を作ってもらおうとしているでしょう!? もうその手には乗らないからね!」
「酷いなー。本心から出た言葉なのにー」
再びハムサンドを咀嚼しはじめたハルフォードに呆れつつもアメリアは、魔石がはめ込まれたポットに入っているスープをカップに注ぎ、ハルフォードに手渡す。
すると彼は「わぁ~! 美味しそう!」とニコニコしながら、今度はスープを飲みはじめた。
伯爵家の三男である彼は両親とその兄たちから甘やかされ、のびのびと育った。
だが、心根が優しすぎるため幼少期は年の近い令息たちにいじめられていた。
アメリアとの出会いも彼女が初めて参加した子供用のお茶会で、彼がいじめられているところを助けたことが切っ掛けで懐かれてしまい、現在に至る。
ちなみにこの魔石がはめ込まれた保温ポットは過去にハルフォードが作った魔道具で、一日くらいであれば中の液体を温かい状態で保つことができる代物だ。
ポヤポヤした性格の彼だが知識欲が強く、貴族令息たちが通う王立アカデミーを二年も飛び級するほど優秀な頭脳を持っている。
特に物づくりに関しては幼少期から人並外れた才能が有り、この三年間で便利な魔道具をかなり開発している期待の若手なのだ。
だがその反動なのか、私生活に関しては無頓着で生活力がほぼ皆無である。
彼専用の研究室は物や資料で溢れ、自室も床に物が散乱して足の踏み場もない状態なので、アメリアが休日の日に週に一回ほど訪れて掃除をしている。
特に食事に関しては、仕事に熱中しすぎると三日間くらい平気で忘れる。
以前、ハルフォードが勤務時間中に倒れたことがあり、それが空腹によるものだったと聞かされたアメリアは盛大に呆れた。
そしてまた倒れたら大変だと彼の食事管理を行うようになったのだ。
もちろん、食費はしっかりもらっている。
しかも手間賃としてアメリアの食費代にも回せるよう多めにくれるので、毎月少しだけお金が余ってしまうのだ。
その余ったお金でアメリアは、夜食用のスープを作りはじめた。
徹夜をしがちな彼が小腹がすいた時に食べれるようにと用意したのだが、いつもその前に飲み干してしまうらしい。
今も幸せそうな顔でアメリアの作ったスープを飲み、おかわりまでしている。
「はぁ~、アミィのスープは優しい味だから飲むとホッとするよ~」
「ホッとする前にまずは私の悩み相談にのってくれない?」
「あの二人のこと? うーん、放っておいて大丈夫じゃない? だってヴィクトリア殿下って、ライオネル殿のことが大好きなんでしょう? 彼もとっくに殿下のお気持ちに気づいているんじゃないかな?」
そう言われてもアメリアから見た二人の状況は、楽観視できるものではなかった。
確かにライオネルに対するヴィクトリアの気持ちは、アメリアやミリッシュからしたら大変分かりやすいものである。
だが、ライオネルにはそれがまったく伝わっていない様子だ。
むしろ彼は自分がヴィクトリアに嫌われていると勘違いしている可能性がある。
それはヴィクトリアをエスコートしている彼の行動から察することができる。
エスコート時のライオネルは、必要最低限の範囲でしかヴィクトリアに触れようとしない。
それは婚約者に嫌悪感があるからではなく、むしろ気遣いしすぎた結果、そのような接し方になっているようなのだ。
婚約が成立したばかりの頃のヴィクトリアは、ライオネルにエスコートをされると極度に緊張してしまい、ガチガチに固まっていた。
それをライオネルは、怯えられていると誤解したらしい。
婚約が成立して一カ月が経ったあたりから、ライオネルは不自然なまでにヴィクトリアと距離を取りはじめたのだ。
そんな彼がヴィクトリアの気持ちに気づく可能性は絶望的に低い。
その状況を思い出して急に押し黙ってしまったアメリアに気づいたハルフォードが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「アミィ? 急にどうしたの? 僕、なにか変なこと言った?」
「そうじゃないの……。あのね、実は最近ライオネル様は、姫様のことを避けているように見える行動が多いのよ」
「そうなの? でも殿下のライオネル殿への好意はダダ漏れなんだよね?」
「うん。でも婚約したばかりの頃の姫様は、緊張と恥ずかしさでライオネル様と目が合う度にビクビクしていたから……。嫌われてるって勘違いされたみたいなの」
アメリアが肩を落としながら伝えると、ハルフォードが小さな溜め息をつく。
「そっかぁー。二人は些細なきっかけで、すれ違いを拗らせているんだね……」
「姫様が素直にお気持ちを伝えればいいだけなのだけれど、あの内向的な性格じゃ難しいわ。そもそもライオネル様が姫様のことをどう思っているかもわからないから、なおさら言いづらいと思う……」
二人の仲を心配するようにアメリアが肩を落とすと、なぜかハルフォードが苦笑した。
「アミィは、本当にヴィクトリア殿下のことが大好きだよね。ちょっと殿下が羨ましいなー」
「どうしてハルが羨ましがるのよ?」
「だって、僕よりもアミィに親身になってもらってるんだもん」
「週に四回もお昼ご飯と夜食を作ってもらって、掃除までしてもらっているくせに何言ってんのよ!」
「ふふっ! 確かにそうだね。じゃあ、僕のほうがヴィクトリア殿下より大事にされてるってことでいいかな?」
「私が最も優先することは姫様の快適な生活環境作りです!」
「ええ~? 僕は~?」
「ハルはその次!」
「僕、一番がいい~」
重苦しい雰囲気を払拭するためか、敢えて子供っぽいことを口にするハルフォードにアメリアが呆れながらも笑みをこぼしてしまう。
すると、午後の仕事開始時間を告げる前の予鈴が城内に鳴り響いた。
「いけない! 戻らなきゃ! あっ、今日は私、夜勤だから明日のお昼と夜食は無しだから!」
「ええ~!? そんなぁー……」
「だから明日は、ちゃんと食堂に行ってお昼を食べること!」
「僕、また食べるの忘れちゃうよ……。アミィ、お昼になったら迎えに来て? それで一緒に食堂でお昼食べよう? 僕がお金出すから~!」
「もぉー……。じゃあ、明日迎え行くから、ちゃんと食堂に行ける準備をしておいてね!」
「うん! ありがとう~。僕、アミィのそういうところ大好き!」
「はいはーい。私もハルのこと大好きよー」
幼少期からの合言葉のようなやり取りをしたアメリアは、急いで職場である第三王女の部屋へと戻る。
一応、ヴィクトリアとミリッシュには、アメリアがハルフォードの食事管理をしていることを伝えているので、多少の遅れならば咎められない。
それでもできるだけ早く職場に戻ろうと小走りしていると、すれ違った侍女集団の一人が聞こえよがし嫌味を言ってきた。
「嫌よね~。いくら幼馴染だからって婚約者でもない男性に献身的に尽くすだなんて。下心が見え見えなのよ!」
「男爵家の生まれのくせに伯爵家の令息に媚びるなんて最低~。これだら下位令嬢は品がないのよね~」
そう言ってアメリアのほうを見ながらクスクスと笑い声を漏らす。
彼女たちは、花嫁修業とより良い婚約者探しのために形だけ侍女として登城している家格が上の令嬢たちだ。
第一王女と第二王女にそれぞれ付いていた侍女だと思うが、仕事は同僚の家格が下の令嬢たちに丸投げし、婿探しのほうに必死になっている。
同僚の侍女や王女たちの専属女性騎士たちからの評判もすこぶる悪い。
しかも最近、急に人目を引くようになったハルフォードを有能な婿候補として目をつけているようで、アメリアへの風当たりも強くなっている。
だが、アメリアも静かに嫌味に耐えるような大人しい性格ではない。
抗議の念を込めて彼女たちを睨みつけてから、その場を立ち去った。
「なによ、 あの態度! 男爵令嬢のくせに生意気だわ!」
「ほんと! 幼馴染だからって調子に乗っているのではなくて!?」
「ハルフォード様が、あんなモジャモジャの赤毛に近いブロンド女、相手にするわけないんだから! もう少し身の程をわきまえなさいよ!」
なにやらギャーギャー騒いでいるが、アメリアはツンとした態度で無視を決め込み、職場へと急ぐ。
そもそも『男爵令嬢のくせに生意気』というのはいかがなものだろうかと思う。
彼女たちも嫁ぎ先が決まらなければ、ただの貴族令嬢のままなのだから立場はアメリアと大して変わらない。
そうならないために将来をしっかり見据えている令嬢たちは、下位だろうが高位だろうが侍女としての職務に対して真剣に取り組んでいる。
だが、先ほどの令嬢たちは『ただ登城していれば素敵な令息との出会いがあるだろう』と安易な考えしかできない残念な思考の持ち主たちなのだろう。
そんなことを考えながら苛立ちを鎮めていたアメリアだが、自身の赤に近いオレンジ色の前髪が目につき、なんとなく一束を摘んでみる。
全体的にうねるような酷いくせ毛のこの髪をアメリアはあまり好きではない。
ブラシが通りづらい上にすぐに絡まり、湿気の多い日は一回りほど膨張する。
仕事中はきっちりとお団子にして一つに結い上げているが、真っ直ぐな髪質と違って、どう頑張ってもゴワゴワとした歪なお団子になってしまう。
しかも時間が経つにつれて、ポロポロと毛束が零れ落ちてくるのだ。
そんな厄介な髪質だが、一つだけ評価をしてもいい部分があった。
「ハルは……フワフワで気持ちいいって気に入ってくれてるんだから!」
幼少期の頃、アメリアに抱きつき癖があったハルフォードは『綿毛みたいでフワフワで気持ちいい~』と、この酷いくせ毛によく顔を埋めていた。
自分のコンプレックス部分をとても気に入ってくれている妖精のような愛らしさを持つ美しい顔立ちの男の子。
そんな男の子に全力で懐かれたら、恋心が芽生えてしまうのも仕方のないことだ。
それでもアメリアには、その一線を越えようとする勇気は出ない。
『今の心地よい関係が壊れるのが怖い』
ならばこのままメイドのような役割の関係でもいいから、少しでも長くハルフォードの側にいたい。
伯爵家三男とはいえ、優秀な魔道具開発者であるハルフォードは近い将来その功績を称えられ、王家より爵位を賜ることになるだろう。
そうしたら将来的にメイドとして雇ってもらえばいい。
我ながら随分と都合のよい未来を想像している自分に気づいたアメリアは苦笑したあと、気を引き締めるように歩みを速め、職場を目指した。




