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心の声を聴かせてみた  作者: もも野はち助


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1.すれ違う二人

【作品の傾向案内と読まれる際のご注意】

・当作品のヒーローはポヤポヤ系語尾のばし男子になります。

(ナヨナヨしたヒーローが苦手な方はご注意ください)

・主人公カップルよりも脇役カップルが出張っている作品です。

・作中に嫌がらせ要員はおりません(一瞬しか出てきません)

・作者的にはほんわかした感じで執筆した作品になります。


以上がOKな方は、是非お楽しみください。

 重苦しい沈黙が一時間近く続く中、急に席を立った青年騎士がおもむろに口を開く。


「ヴィクトリア殿下。時間になりましたので、自分はこれで失礼いたします。もし何か問題があれば、すぐにお声がけください」


 気持ちが悪いくらい姿勢の良すぎる頭の下げ方をしたその青年は、足早に部屋を出て行った。

 すると、ヴィクトリアと呼ばれた少女がカップを手に取り、すっかり冷めきってしまったお茶を一口だけ口に含む。

 だが次の瞬間、彼女はガチャリと乱暴にカップを置き両手で顔を覆った。


「また……ライオネルと一言も会話ができなかったわ……」


 絶望するように嘆く主君にアメリアは憐憫の眼差しを向けた。

 そして先ほどまで室内にいた青年騎士に対しては怒りが湧いてくる。


 アメリアの目の前で嘆き悲しんでいるのは、この国の第三王女ヴィクトリアだ。

 今年で十七歳となる王女は、美しい銀髪に淡い水色の瞳を持つ大変整った顔立ちをしている。

 だが、感情がまったく顔に出ないタイプで周囲から冷たい人間と誤解されていた。

 長兄の王太子や上の姉二人は表情が豊かなのに対して、三女のヴィクトリアは人形のように無表情なのだ。


 恐らく彼女の表情筋は国王譲りなのだろう。

 兄妹の中では次兄の第二王子も表情変化がないので、この二人が並ぶと美しい人形が二体並んでいるように見え、一時期国民たちの間で話題になったほどの鉄面皮である。


 そして先ほどまで室内にいた青年は、彼女の護衛騎士であり婚約者でもあるライオネル・ホーネストだ。

 ヴィクトリアより二つ年上で、昨年王族や要人警護を担う第一騎士団に入団した伯爵家の嫡男である。


 彼もまた真面目すぎる性格が影響しているのか、あまり感情が顔に出ない。

 ただ長髪や金髪が多い花形と言われる第一騎士団の中で、黒髪を耳裏辺りまで刈り上げた短髪の彼は、硬派な印象で一部の令嬢たちから人気があった。

 しかし彼の紫の瞳は眼光が鋭く、人によっては怒っているようにも見えるらしい。

 以前、ヴィクトリアが慈善活動の一環として孤児院を訪れた際は、視線を向けただけで子供たちを泣かせていた。


 そんな二人が婚約したのは今から三カ月前である。

 切っ掛けは意外なことにヴィクトリアの一目惚れだった。

 彼女は一年前に王城内で行われた第一騎士団の入団式でライオネルを目にし、あっという間に恋に落ちてしまったのである。


 しかし内向的すぎる性格から、そのことを誰にも打ち明けられずにいた。

 そんな中、来年成人を迎える第三王女宛に近隣諸国から縁談の申し込みが続々と届きはじめる。

 王族としての役割を果たそうという思いと、ライオネルに対する恋心で板挟みになってしまったヴィクトリアは、かなり葛藤していた。

 その状況を見るに見かねたアメリアと、もう一人の専属侍女であるミリッシュは王女にライオネルとの婚約を国王に相談したらどうかと提案したのだ。


 初めは後ろ向きだったヴィクトリアだったが侍女二人から毎日のようにせっつかれ、ついに重い腰を上げて父親にその要望を伝えた。

 我儘などあまり言わない末娘を溺愛している国王は、隣国からの縁談を盛大に蹴っ飛ばし、すぐにライオネルとの婚約を整えてくれたのだ。


 しかしアメリアたちが、これで一安心と思ったのも束の間で――――。

 まさかその後の二人が、交流のために設けた一時間もあるお茶の時間で、まったく会話をしないという状況が三カ月も続くとは誰が想像できたであろうか……。


 婚約者との無言の交流時間が終了すると、毎回ヴィクトリアは一人大反省会をはじめる。

 現状も片づけられたテーブルに行儀悪く突っ伏し、後悔に苛まれていた。

 この状況にはアメリアだけでなく、同僚のミリッシュも盛大に呆れてしまう。

 すると、ヴィクトリアが悲しげにポツリと愚痴をこぼしはじめた。


「どうして対面すると一言もしゃべれなくなるのかしら……。護衛中の彼とはそこそこ会話ができるのに」

「お言葉を返すようですが、護衛中でも会話らしいものはされていないと思います」


 アメリアよりも一つ年上のミリッシュは、容赦なく王女の見当違いな認識をぶった切る。

 彼女は子爵家の令嬢だが、しがない貧乏男爵家出身のアメリアにも気さくに接してくれるサバサバした性格だ。

 下に弟が三人もいるので、弟持ちのアメリアとも長女気質なところで気が合う間柄である。


 そんなミリッシュは十歳の頃からヴィクトリアに仕えており、付き合いが長いこてともあって遠慮がない。

 ヴィクトリアもミリッシュに絶大な信頼を寄せているので、このようなやりとりをしても不敬にはならないほど関係醸成がなされている。


 それはアメリアも同じなのだが、まだ仕えはじめてから三年目なのでミリッシュと比べると、王女が甘えられるまでの関係醸成はできていない。

 それ以前にアメリアはヴィクトリアと同年齢なので、王女が甘えやすいのは一つ年上のミリッシュになるようだ。

 そんな容赦のないお姉さん侍女にヴィクトリアは、不貞腐れるような口調で反論する。


「でもわたくしは、馬車に乗りこむ際に『お手を』と声をかけられたら返事ができるようになったのよ?」

「それは……会話のレベルには達していないような気がします」

「そんな! 最近やっとライオネルの声掛けに返答できるようになったと思っていたのに!」


 口調は感情的なヴィクトリアだが、表情は呪いでもかけられたように変化がない。

 一応、目をこらせば今の彼女の口角が少しだけ下がっていることは確認できる。

 しかし、その変化に気づくには三年間仕えてきたアメリアでも至難の業であった。


 そんなヴィクトリアには、嫌な噂が一部の令嬢たちの間で囁かれている。

 彼女の冷たい態度に愛想をつかしたライオネルが、婚約を解消するのではないかという噂だ。


 婚約して三カ月も経つ二人だが、夜会参加中も必要最低限の会話しかしない。

 それどころか、互いに目すら合わせようとしないのだ。

 ヴィクトリアに関しては、恥ずかしさからライオネルの顔を直視できないだけだろう。

 だがライオネルのほうは、なぜそのような態度を取っているのか謎である。


 護衛任務中の彼は、誰よりもヴィクトリアの安全に配慮している。

 任務中だけでなく、夜会のエスコート役も完璧にこなす。

 だが視線だけは、あからさまにヴィクトリアのことを素通りさせるのだ。


 まるで視界に入れたくないとでも言いたげな婚約者の態度にヴィクトリアは毎回傷ついていた。

 それでも彼女の中で彼の好感度が下がらないのは、護衛任務中の彼のちょっとした動きや表情に目を奪われてしまうからだ。


 眼光がするどく威圧的な雰囲気のライオネルだが、端正な顔立ちをしている。

 伯爵家の嫡男ということもあり、社交マナーはもちろん所作なども大変美しい。

 真面目が服を着ているような彼は、立ち姿なども人目を引くほど姿勢がよい。

 彼を形成するこれらの特徴は、ヴィクトリアにとって大変好ましい物なのだろう。

 交流後に行われる王女の一人大反省会だが、途中からこれらを称賛する惚気に変わるのも恒例である。


 『今日もお茶を飲む彼の横顔が素敵だったわ!』

 『彼の後ろ髪、今日は少し寝癖でハネていてとても可愛かったでしょう?』

 『いつも一番甘いお茶菓子をお皿に取られるけれど、甘い物が好きなのかしら?』

 『本当はもっと一緒にいたいのに彼が長い足で颯爽と部屋を出ていく姿が素敵すぎて、いつも見送ってしまうの……』


 厳密にいえばヴィクトリアは、まだ十六歳のうら若き乙女である。

 無表情で恋する乙女を全開してくる第三王女に恋愛よりも仕事をとったアメリアとミリッシュは、その甘ったるい呟きに苦笑しつつも、健気な様子に毎回庇護欲を掻き立てられている。


 そもそもこの状況で一番動かなければならないのは、ライオネルではないかと毎回アメリアは憤りを感じていた。

 男女の交流に関して女性からアプローチすることは、はしたないとされるのが貴族社会である。

 本来は男性のライオネルが、ヴィクトリアをリードするべきではないかと感じてしまうのだ。


「姫様のせいではございません! ライオネル様にも問題があると思います! こういう場合は、男性のほうが率先して話題を振ったり、雰囲気作りをするのが紳士の務めだと私は思うので!」


 すると、ヴィクトリアが無表情のままコテンと首をかしげる。


「ハルフォードは、いつもそうやってあなたとの時間を盛り上げてくれるの?」

「なっ……なぜそこで彼の名前が出てくるのですか!?」

「だってあなたたち、すごく仲がいいでしょう? 近々婚約するのだとわたくしは思っていたのだけれど……違うの?」

「ち、違います!! 彼は、ただの幼馴染です!!」


 真っ赤な顔のアメリアとは対照的に無表情の王女は、さらに首をかしげる。

 ハルフォードというのは、アメリアの家のテノークス男爵家が仕えているグラン伯爵家の三男で、王城の敷地内にある王立魔道具研究所に勤務している彼女の幼馴染だ。

 彼はそこで画期的な魔道具を数々生み出しており、王家からも注目されている期待の新人魔道具開発員である。


 だが優秀な反面、研究以外のことは壊滅的に苦手で特に生活力が皆無である。

 心根の優しい穏やかな雰囲気の青年なのだが、かなりマイペースなタイプなのだ。

 そんな要領の悪い幼馴染のことをアメリアが職場で愚痴っているので、ヴィクトリアもミリッシュも自然とハルフォードについて詳しくなっていた。

 だが、王女にはそんな二人の関係が仲睦まじく映っていたらしい。


「でもあなたは毎日のように彼の研究室に行ってお昼ご飯の差し入れしてるじゃない。週末にはお部屋の掃除もしてあげているのでしょう? 幼馴染というだけで、そこまで親身になってお世話なんてするかしら? わたくしにはアミィが彼に特別な感情を抱いているように見えるのだけど」


 一見、無表情のように見えるヴィクトリアだが、よく目をこらせば僅かに口角が上がっていた。

 自分のことだけでなく、他人の恋の話にも興味津々なお年頃なのだ。

 からかう気が満々の王女にアメリアが赤い顔のまま反論する。


「か、彼は魔道具研究以外はポンコツで生活力がないんです! ご両親からも私が同じ王城敷地内の勤務なので、時々様子を見てほしいと頼まれているので面倒をみているだけです!」

「まぁ! ご両親公認の仲なの?」

「なぜ、そうなるのですか!」

「だってご両親からもお願いされたのでしょう? もう婚約してしまえばいいじゃない。ねぇ、ミリッシュ」

「むしろ今の状態で婚約していなかったことに私は驚いております」

「ほら。ミリッシュもわたくしと同じ勘違いをしていたわ!」


 得意げな様子を見せるヴィクトリアだが、やはり表情の変化はほぼない。

 代わりに同僚のミリッシュがニヤニヤした笑みを向けてきた。

 二人から同時にからかわれたアメリアは抗議の声を上げる。


「もうミリッシュまで姫様と一緒になってからかわないで!」

「だって、アミィったら顔を真っ赤にさせて面白いのだもの」

「面白がらないでよ!」


 キィーっと不満を訴えるアメリアの様子に王女とミリッシュが同時に笑いを堪える。

 ヴィクトリアに仕えてからまだ三年目のアメリアだが、二人からは愛称で呼ばれるほど受け入れてもらっていた。


 そんなアットホームな職場に恵まれているアメリアだが、十三歳という年齢で城勤めをはじめたのには訳があった。

 実は五年前、アメリアの家のテノークス男爵領で酷い水害が発生してしまったのだ。

 その際、領民を救うため父親がかなりの資産を投げうった。

 結果、領内の被害は最小限に食い止められたが、アメリアたちの生活はかなり厳しいものとなり、当時まだ十三歳だった彼女は自ら城に奉公に出る決意をしたのだ。


 もちろん奉公中にあわよくば嫁ぎ先を見つけ、実家が抱えた負債を減らしたいという野心もあった。

 だが、まだ十三歳の少女には、そこまで計画が立てられる覚悟と余裕はなかった。

 そんな彼女が奉公が決まって真っ先に懸念したことは、身分の低さから職場で冷遇されるかもしれない可能性だった。


 しかし、アメリアは運が良かった。

 たまたま末姫のヴィクトリアの専属侍女を募集している期間とぶつかり、偶然にも王女と同年齢だったため、すぐに専属侍女として採用されたのだ。


 指導に当たってくれた侍女頭の話では、まだアメリアが貴族間で繰り広げられる駆け引きや、派閥争いなどを知らないまっさらな状態だったことも採用の決め手だったらしい。

 この職場の雰囲気が大変気に入っているアメリアは、その居心地の良さから自分の嫁ぎ先探しよりも主君であるヴィクトリアが幸せになることに命を懸けている。


 そのため現状まったく上手くいっていないヴィクトリアとライオネルの状況にヤキモキしてしまうのだ。

 そのことを痛感させるように、先ほどまでアメリアの反応を楽しんでいたヴィクトリアが急に切ないことを口にする。


「わたくしとライオネルも、アミィとハルフォードのようになれたらいいのに……」


 表情からは読み取れないが声音からは寂しさと切なさ、そして彼女が自身の侍女の状況を羨んでいることが伺える。

 その呟きを耳にしたアメリアとミリッシュは顔を見合わせたあと、ヴィクトリアに憐憫の眼差しを向けた。

お手に取っていただき、ありがとうございます!

こちらの作品は全5話の短い連載作品になります。

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