じゃあね、バイバイ!元気でね!
卒業の日はあっという間にやってきた。
「皆さんの旅立ちを、心よりお喜び申し上げます」
「“─────アルカメット!鳩になれ!”」
校長の締めの挨拶と共に、在校生がわっと立ち上がって白いハンカチを投げ、それが次々に白い鳩へと変わり青空へと飛んでいく。それを合図に会場に万雷の拍手の音が鳴り響き、会場後方から人が傾れ込んだ。整列した制服の黒の中にみんなの家族の色とりどりの服の色が混ざり、喜びを分かち合う様は、なんだか楽園みたいだった。
「ミーシャの鳩なんか大きくなかった?鳥というか…………怪鳥?」
「いーのいーの、大きい方が縁起良さそうでしょ」
そんなやりとりをしながら、私たちは卒業式会場の広場の中を足早に進む。広場中で卒業生とそれぞれの家族が卒業を祝って抱き合ったり、友人と別れを惜しんで騒いでいるので、私たちの様子がおかしいことに気づく人は幸いにも誰もいない。
「結局フレドリックさんたちに手紙送らなかったの?」
「だって〜、卒業式に突撃されて無理矢理連れて帰られそうだったんだもん。もう挨拶は済ませてあるし、このままさっさと脱出して出発しちゃお!」
「え、フレドリックさんたち今日来るんじゃないの?」
「そこは抜かりないよ。明日が卒業式って嘘ついてるから来ないはず───────」
「ミーシャ!」
その時背後から名前を呼ばれ、おそるおそる振り返ると、そこにはミーシャのお母さんのハリーさんの姿があった。
「お母さん、なんで─────────」
「なんでも何もないわよ!リリーちゃんのお母さんから卒業式は今日だって聞いてびっくりしちゃったわよ!この子ってばそそっかしいんだからもう〜」
(…………………ごめんお母さんに口止めするの忘れてた)
あくまで笑顔のまま耳元で囁くと、ミーシャは器用に笑顔のまま焦った顔をした。
(マズいよ、これでお父さん来てたらそのまま家に連れて帰らされるッ)
「─────────ああ、ごめんごめん!ちなみにお母さん、お父さんって今日は来てなかったり─────」
「来てるわよ!今あっちでリリーちゃんのご両親とお話ししてるわ!」
ハリーさんの指差す方を見ると、丁度フレドリックさんが私のお父さんとお母さんと話しているのが見えた。和かな様子の両親とは違い、フレドリックさんの顔は怒りのせいか真っ赤になっている。そして私たちの視線に気付いたのか、フレデリックさんがこちらを向いた。鋭い眼光が私たちに突き刺さる。
「───────リリー、裏口に走って!」
「え!?あ、分かった!」
ミーシャの鋭い叫びをきっかけに、私たちはバラバラに走り出す。人混みを縫うように走る中、背後からドスドスと地鳴りのような足音が追いかけてくる。
「ミーシャ!どういうことだ!独立するなんて聞いてないぞ!」
「言ったら絶対反対してくるじゃーん!」
「当たり前だ!そんなの許さーん!」
迫り来る足音を背後に聞きながら無我夢中で走り続けると、何かを察した旧友たちが道を開けてくれる。
「逃げろ逃げろー!」
「二人とも頑張れよー!」
「いい店と工房作ってやったんだから成功させろよー!約束のポーション忘れんなよー!」
「二人ともー、魔豚の肉はしっかり干すんだよー!そうじゃないと臭いからねー!」
「ミーシャー!あんたに作ってもらった防具のおかげで助かったよー!大事にするからねー!」
「リリー!苦くない風邪用ポーション作ってくれてありがとー!おかげで試験合格したよー!」
声援の降り注ぐ即席の花道を走り抜けながら、心がじわっと暖かくなる。あっという間の三年間だったけれど、本当にいい友人たちに恵まれていた。そう実感できたことが嬉しかった。
「みんな…………!」
「ミーシャァァァァァァ!」
そしてフレドリックさんの足音に現実に戻される。みんなが立ちはだかって逃がそうとしてくれているけれど、フレドリックさんの気迫とスピードに気圧されて、皆もなす術がないようだった。人混みのせいでミーシャの姿は見えず、焦りと不安が心を満たす。
(まずい、このままだといつか捕まる──────)
「─────────リリー、こっちへ!」
「え───────────」
その時、横からぐん、と腕を引っ張られる。腕の先を見ると、そこにはライナスの姿があった。
「ライナス!?どうして──────」
「話は後だ!逃げるぞ!」
「どこだミーシャァァァァァ!」
「ひー!」
丁度背後から聞こえてくる雄叫びに身を竦ませながら、私は手を引かれるまま走り続けた。広場を抜けて、生垣に空いた穴を潜り、その先にある細い通路を抜けた先に、校舎裏へと続く裏庭が見えた。
「抜け道だったのね…………」
「さっき広場でミーシャが“裏庭へ“と叫んだのが聞こえてね。咄嗟に体が動いたんだ」
息を切らしながらそうやりとりして、ふとライナスと目が合う。相変わらず金色の混じった綺麗な瞳が私を映すけれど、やっぱり何も思わない。
「──────ごめんなさい、腕、離して貰っても良いかしら」
「え──────、ああ、ごめん」
ライナスがつかんだ腕をパッと離した。掴まれていた部分にライナスの体温が残って生温い。それを気にしていたらそのまま沈黙が生まれてしまって、慌てて言葉を探す。
「──────えーと、助けてくれてありがとう。そういえば、まだお別れの挨拶してなかったわね。三年間、あっという間だったけど、本当に楽しかった」
「…………こっちこそ、ありがとう」
ライナスはそう言ってから、視線を彷徨わせながら何度か口を開閉させた。そして、苦しそうな表情を浮かべて頭を下げた。
「………………ごめん。俺、すごい最低なことをした。告白避けて、返事も他人任せで、リリーを傷つけた…………」
私はライナスの後頭部を眺めながら、一体なんて答えればいいか迷ってしまった。だってもう“過去“になった事なのに、今更謝られても何も変わらない。
「いいのよ、もう今更だし。それより、これからも友達としてよろしくね。卒業してからも頑張って。応援してるわ」
明るくそう答えると、ライナスがバッと顔を上げて私をじっと見つめた。
「………………リリー、…………本当に、怒ってないのか?」
「?怒ってないわよ。もう終わった話でいちいち怒る程暇じゃないわ。そんな事より、もうミーシャのところに行かなきゃ。じゃあ、元気で」
そう言って駆け出そうとした時、また腕を掴まれる。つんのめって転びそうになるのをなんとか堪えて振り向くと、戸惑ったような顔をしたライナスが私を見つめていた。
「危ないじゃない、何?」
ライナスは何も言わずに私を見つめ続けて、それからもう一度、つかんだ腕をゆっくりと離した。不思議に思っていると、遠くからフレドリックさんの雄叫びが聞こえてくる。
「やだっ、追いついてきた!」
「っ、あ、ここは俺が─────────」
「ああ、大丈夫よ」
そう言いながら腰に装備していたナイフを手に取り、後ろの三つ編みをバッサリと切り落とす。残った毛が解放されたかのようにぱらりと顔に掛かった。
「リリー、一体何をッ─────────」
「“アルカメット!大きな石像になれ!“」
三つ編みを放り投げながら詠唱すると、丁度道を塞ぐように大きな校長先生の石像が出来上がった。
「─────────ま、時間稼ぎにはなるわ」
手に残った毛を払ってから、再び顔をあげると、王都の街並みの上にどこまでも続く蒼空が目に入った。遠くの方で白い鳥が翼をはためかせ飛んでいて、その中に一羽だけあまりに大きいシルエットが見えた。
「あはは!ねえアレ、ミーシャの鳥!やっぱりどう見ても怪鳥だよね!」
指さしながら笑い声を上げると、ライナスが呆気にとられたような顔をして私を見つめた。アレってそんなに面白いか、とでも思われているのだろうか。流石に気まずくなってきて、首元の毛を払うふりをして背を向けてから、くるりと振り返る。
「じゃあね、バイバイ!元気でね!」
「っ、リリー─────────」
言うが早いか走り出す。裏庭に咲いたミントの花の中を駆け抜け、一つ角を曲がればそこは待ち合わせ場所の校舎裏だった。
「リリー!」
裏門の向こうから私を呼ぶ声がした。見るとそこには馬車が準備されていて、荷台からミーシャがひょっこり顔を覗かせる。
「ミーシャ!」
「え、何、髪切ったの!?」
「色々!それより荷物は!?」
「もう全部載せてある!ほら、乗って乗って!」
「分かった!」
慌ただしく裏門を小さく開けて外に出る。そして私が荷台に乗り込むと同時に、リリーが馬の手綱を握った。
「それでは、出発!」
ピシ、と手綱がしなる音と共に馬車がゆっくり動き出す。地面の揺れと、車輪が軋む音がなぜだかひどく心地良い。
「ミーシャァァァ!どこだぁ!!」
遠くの方から聞こえるフレドリックさんの怒号にミーシャが身を竦める。
「うへー、まだ探してるよ。大丈夫だってのに」
「心配なんじゃない、ミーシャのこと」
「えー、信用されてないだけじゃない?リリーのお父さんお母さんみたいに気持ちよく見送ってくれたら良いのに」
笑って誤魔化しながら、懐にしまっていた手紙を取り出す。ミーシャと一緒に事業をする、と手紙で伝えた時の返事だった。
【手紙をありがとう。今までリリーはすごく素直で良い子だったけれど、自分から何かをしたいと意思表明したのは、これが初めてなんじゃないかと思っています。父さんも母さんも、何よりもそれが嬉しいのです。元気でいてください。ミーシャちゃんと仲良くね】
返事が間に合うよう急いで書いたのだろう、走り書きの短い手紙だった。それでも、初めて自分で決意したことを応援してもらえるのは嬉しかった。
「ミーシャ」
「ん?」
「…………頑張ろうね!」
「もっちろん!」
ミーシャが腕をまくって力瘤を見せながら笑った。つられて私も笑う。世界の全てが輝いて見えた。
リリー─────────……………
「──────?」
風に乗って、私を呼ぶ声が聞こえた気がして振り返る。
「…………どうしたの、リリー」
「いや……………、なんだか呼ばれた気がして」
「気のせいじゃない?」
ミーシャがキッパリと言って、再び手綱をピシャンと打ち付ける。確かにそうかもしれない、と思いながら、一応耳を澄ませてみる。けれど、いくら耳を澄ましてみても、やっぱり何も聞こえなかった。




