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私は、ライナスを愛していた!

騎士団長の特訓の次の日。起きてこないミーシャを心配して部屋に行ってみると、ミーシャはベッドの上でカエルのように突っ伏して呻いていた。


「ミーシャったらちょっと、ねえ、大丈夫?」


「う〜、魔力使いすぎて、体が痺れて動けない…………」


「…………昨日本当に頑張ってたもんねえ…………」


昨日フラフラになって特訓を終えた私たちだったけれど、どうせなら限界までやって鍛えたい、とミーシャが言い出し自ら志願して追加で特訓をしたのだ。そしてファイアボールを正確に的に当てる練習を続け、体内の魔力を使い果たした結果がこれだ。


「…………ちょっと待ってて。魔力回復のポーション作ってあげる」


「え、いいよ、材料勿体無い…………」


「簡単なものなら、材料は学園の中庭にあるもので間に合うわ。分けてもらってくるからちょっと待ってて」


「ありがとぉ〜…………」


相変わらず動けずにいるミーシャを残し部屋を出た。卒業まであと2日、流石に3学年棟にいる人は殆どいなくて、大理石の廊下でブーツのヒールがカツカツと音を立てるのがやけに響いて聞こえる。この校舎とも学校の皆とももうお別れなんだと改めて実感して、離れてしまっても皆が幸せでいてくれるといいな、と思った。

廊下の曲がり角に差し掛かった時、曲がり角の先から何やら話し声が聞こえて立ち止まった。


「──────ビルダ先輩、私、寂しいです」


「何だよ、また会いに来るからいいじゃねえか」


「そんなこと言ったって今までみたいに気軽に会ったりできなくなるじゃないですかー!もう一年一緒にいてくださいぃー!」


「留年しろってか。あーもー泣くなって!」


(………………………………)


声をあげて泣く女の子と、それを必死で宥めるビルダの声を背に、別の階段へと静かに歩き出す。聞こえないところまで来て、階段を降りている最中も声をあげて泣く声が脳内にこだまし続けていた。忙しさでパンパンになっていた脳内に少しだけ隙間が空いて余計なことを考えてしまう。

どうして、私は別れを惜しんで泣けないのだろう。

学校の皆は王国中から集まった子達で、学校を卒業してしまえば中々会えなくなってしまう。分かっているし、寂しいと思うのに、涙すら滲まないのだ。

ライナスに振られた時だってそうだ。確かに好きだと思っていたし、あの笑顔をずっと見ていたいと思っていたはずなのに、ひどい振り方をされても、私はあんな風に泣き声をあげて悲しむことすらできなかった。


私は本当に人でなしなんだろうか。


ぼんやりと考えながら歩いていると、中庭に出る。外は穏やかな春の気候だった。そよ風が私の三つ編みを小さく揺らしながら、遠くの花の匂いを運んでくる。


「…………さて、必要なのはイエローミントと、石灰、オレンジが一欠片に…………」


そう呟きながら庭を見渡していると、丁度中庭の花に水をあげている校長先生を見つける。


「校長先生!」


呼びかけると、校長先生が丸い頬を揺らしながらゆっくりとこちらを振り向く。


「…………おや、リリーさん。こんにちは。ミーシャさんとの噂は聞いてますよ」


「やだ、恥ずかしいですわ」


「いえいえ。私としても面白い試みだと思っております。応援していますよ」


「…………ありがとうございます」


照れながら好調の横に座り、花を眺める。丁度ムーンフラワーが綺麗に咲いていて、香ってみると、冬の夜の様な澄み切った匂いがした。


「…………いい匂いですね」


「ええ。とても」


校長が花弁にかけない様に、丁寧に水を与えていく。アイビーグリーン色の葉に乗った水滴が陽の光に照らされ丸く輝いた。それをぼんやり眺めながら、ふと思ったことを口に出してみる。


「校長先生、別れを悲しんだりできないのって、おかしいですかね」


校長は水やりの手を止めて私の顔を覗き込んだ。


「……………そう思うきっかけがあったのですか?」


「……………………………」


“───────その、…………正直驚いているよ。僕はてっきり、強がっているのかと…………”


心の中に、昨日エルウィン様に言われた言葉が浮かぶ。振られたり、裏切られたり、別れが来たり。そういう時、普通の人は私よりもっとちゃんと傷つくのだろう。涙が出るほど悲しむのも我を忘れるほど怒るのも、それだけ相手を想っていたということなんじゃないかと思う。私は、ライナスのことを心から想えていたのだろうか。


「………………私、つい最近振られたんです。大好きな友達で、笑顔がとっても素敵で、これからずっと見ていたいと思った。でも相手は違ったみたいで、顔すら見せずに人伝てに断られたんです。その時は少しだけ傷ついたけど涙すら出なくて、今じゃもうなんとも思ってなくて。強がりでもなんでもなく、一緒にいて幸せだった事実は消えないから、それでいいって。これからも幸せでいてくれたらいいなと思ってます。…………でも碌に傷ついてないなんて、私、もしかして彼のこと好きじゃなかったんでしょうか?」


校長先生は自分の顎を右手でタプタプと揺らしながら何やら考え込んでいた。そして静かにしゃがみ込んで、ムーンフラワーの花弁を指先でそっと撫でてから答えた。


「あなたは─────彼のことがとっても好きなんだと思いますよ」


「え?」


「大好きで、大切だからこそ、相手が幸せであってくれたらいいと思えるのです。自分の幸せより相手の幸せを願えるのは、あなたが心からその人を愛していた証拠ですよ」


風に乗って、どこからか飛んできた白い蝶がムーンフラワーの花弁に止まった。蝶は小さな羽を静かにはためかせ、再び風に乗ってまたどこかへ飛んでいった。


「…………そっか。私、ライナスのこと愛せてたんですね…………」


小さく呟くと、体の中心からじんわりと温かいものが広がっていく。果てしない充足だった。やはり少しも痛みはないのに、なぜだか泣きそうになった。



ザザッ



その時、背後で誰かが走り去る様な音がした。振り返ったけれど、中庭にある渡り廊下が見えるだけで人の気配はなかった。


「………………?」


不思議に思いながら校長の方を向き直って、ハッと本題を思い出す。


「校長先生、あの、お願いがあって。ミーシャが魔力を使いすぎた反動で動けなくなってるんです。ポーションを作りたいので、イエローミントとオレンジを一欠片いただきたいんですが…………」


「ああ、いいですよ。渡り廊下の向こう側にありますから、好きに取って行ってください」


「ありがとうございます!」


深々頭を下げてから急いで駆け出す。足取りは驚くほど軽かった。早くポーションを作って早くミーシャに元気になってもらおう。そして、今の話を胸を張って話すのだ。


私は、ライナスを愛していた!


その時ひどく浮かれていたせいか、渡り廊下の陰からの視線に気づくことはなかった。




つづく

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