第31話 魔王・黒 煙虎
剣護少年が蓮音と別れてから、魔王になるまでの過去のお話です。
剣護は益水城の学問所でも武術修練所でも、常に優秀な成績を修めていた。
三年もしないうちに地方行政官の試験にも合格し、開王国軍主催の武術大会でも優勝した。
孤児院育ちではあったが、頭脳明晰、一騎当千、眉目秀麗とあって、王都・貴蓉のご令嬢たちには大人気だった。
娘と結婚して養子にならないかと声をかけてくる富豪や貴族も少なくなかったが、彼はすべて丁重にお断りしていた。
剣護が王都にいた理由は一つで、紅姐さん――蓮音の情報を集めようとしたからだった。
紅姐さんは従姉に会いに行くと話していた。その従姉を見つけることができれば、あの紅姐さんが誰なのかもわかると思ったからだ。気のりはしなかったが、貴族や豪商と接点を持とうとしたのもそのためだった。
だが、結局、他国に紅い髪色の従妹がいるという貴族のご令嬢を見つけることはできなかった。
それもそのはずである。そもそも蓮音の従姉なる女性は、貴族ではなく王族だった。さらには、蓮音が従姉の王女を訪ねた直後に彼女は他国に嫁いでしまっていたのだ。
結婚を前提とした養子縁組の申し出が相次ぎ、それを断り切れなくなってきたこともあり、剣護は軍隊に入ることにした。
剣護は、西方の辺境にあった関所の所属となって、隊商の護衛や周辺の盗賊、魔物退治で活躍し、さらに名をあげた。
その後のことは、剣護は蓮音に語った通り、開王国の西側国境沿いの一帯を掌中に収める魔王となったのだ。
彼の名を大陸東部にとどろかせることになったのが、大昇帝国との戦いだった。
帝国は、開王国に対して服従を迫った。
しかし、開王国はこれをはねのけたのだ。すかさず帝国は軍隊を送って、開王国の都・貴蓉を瞬く間に占領してしまった。
帝国の軍の主力は、魔改造によって精神支配された魔獣だった。死を恐れることなく本能のままに突撃してくる魔獣たちは、周辺国を恐怖させた。
敗戦国となった開王国の王族たちは見せしめとして処刑された。
そして、開王国名物ともいえる宮中の女官たちは生かしたまま帝国の都・大光陽に送られることになった。
好色家だった初代皇帝や皇子たち、高位貴族や将軍たちの貢物とするために。
その護送中のことだった。
突然、現れた黒衣の魔王・黒煙虎が魔獣軍団に炎を放った。
魔獣たちはギャーッと一声鳴いたかと思ったら、次の瞬間には灰と化していた。
その様を見て、混乱して逃げようとする一軍を、今度は獅子将軍こと豪毅の軍が縦横無尽に斬って捨てる。
圧倒的な攻撃力を誇っていたはずの帝国軍は、一瞬で壊滅状態に陥った。
剣護は、その手に炎を燃え上がらせながら、囚われていた女官たちの周りにいた兵士たちに告げた。
「消し屑にされたくなかったら、その女たちを置いて立ち去れ!」
兵士たちは誰一人として剣護に立ち向かおうとせずに、悲鳴をあげながら走って逃げ去った。
女官たちの多くは、「助かった」ではなく、「もっと厄介な相手に囚われてしまった」と恐怖した。
しかし、剣護は女官たちに何かすることはなかった。
彼女たちを安全な場所に連れ帰ると、開王国内に残っていた帝国兵を一掃し、荒れ果てた王都の再建に着手したのだ。
いつ、魔王の寝所に召されるのだろうかと、女官たちは日々震えながら時を過ごした。
しばらくして、女官たちは魔王に呼ばれ、その居室に通された。いよいよその時が来たのかと、覚悟を決め、互いを励まし合いながら魔王の元を訪れた女官たちだった。
今では女官たちの長を務める英姫もその中にいた一人だった。
「魔王様にご挨拶申し上げます。この度は、命をお救いいただきまして、感謝の言葉もございません」
凌辱されるのだと思い覚悟を決めていたのだが、魔王はたった二つの質問をしてきただけだった。
「お前たちに聞きたいことがある。この娘について何か知っている者はいないか?」
英姫たちが恐る恐る顔をあげると、魔王は、深紅の髪に翡翠色の瞳をした十歳ぐらいの美しい少女が描かれた肖像画を見せてきた。
「いえ、そのようなお方を拝見したことはございません」
「申し訳ございません。何も存じ上げません」
「私もお会いしたことはございません。お役に立てませんことお許しください」
英姫たち女官は再び平伏した。魔王が求めていた情報を与えることができなかったので、今度こそ何をされるかわからない。
「そうか。何でもいい。思い出すことがあったら教えてほしい。もう一つ尋ねたいことがある。今再建している貴蓉で、再び働く気はあるか? 俺はこの先、この国の王都を根城にするつもりだが、俺たち魔族や亜人は、人間の文化には疎い。俺たち魔族に仕えろというのではない。この国の民を束ねていくためには、前王朝の、人間のしきたりを理解しているものが必要だ。お前たちにはその役割を担ってもらいたいのだ」
なんということか。英姫ほどの美女たちを前にして、この魔王は、自分ではなくこの国の民に仕えろという。
自分たちを貢物、慰み者にすることしか頭になかった帝国軍とは大違いである。
「もちろんでございます。喜んでお受けいたします。魔王様」
「私もお役に立ちとうございます」
「精一杯務めさせていただきます」
英姫は、見た目はともかく、噂とは全く異なる理性的な姿勢の魔王にもう一度心の底から平伏した。
開王国の都は一年で再建され、次の一年でかつての都よりも発展し、今に至る。奇跡の復興を果たした背景には、剣護の統率力と部下たちが各能力を遺憾なく発揮したことが大きい。
◇ ◇ ◇
一方この間、帝国は一軍を失うという大惨事に見舞われ、立て直しに追われていた。その中で初代の皇帝が大病を患って表舞台に出てこなくなった。
大昇帝国の初代皇帝となった高昇堅は、もともとは北黄帝国の将軍の一人にすぎなかった。黄帝国が分裂し、南北で争っているすきに北黄帝国の皇帝を拉致したうえ監禁し、禅譲を迫り、自らが皇帝となった男だった。
その後、北の皇帝の最後の公主で、まだ幼かった雅静を皇后に迎えた。
将軍時代の正妻の第一子であり、すでに成人して軍事・政治面での実績もある昇昊が二代目皇帝に即位したものの、皇太后・雅静は、我が子を皇帝に据えることを諦めていない。
そして、大昇帝国に滅ぼされた北黄帝国を復興させることも。
そのためには、もっとも邪魔な男である昇昊を排除しなければならない。
朝廷には、旧北黄帝国の忠臣もまだ多く残っているのだ。彼らの不満を煽り、あらゆる手段で昇昊を責め立てた。
皇太后一派は、ことあるごとに昇昊の正当性を問題視した。
彼が生まれたときにはまだ父親は将軍に過ぎなかったこと。
正妻とはいえ、母親は子爵家の出身に過ぎず、決して身分は高くない。
後ろ盾となる勢力が弱いため、朝廷が大昇帝国派と旧北黄帝国派に分裂しがちで、政治が滞っていると、皇太后一派は吹聴していた。
そんな皇太后の耳に、皇帝・昇昊がついに皇后を迎えようとしているという話が届く。
相手は伝統ある強国の王女だという。それが実現した暁には、欠けていた昇昊の正当性が補完されてしまうではないか。しかも、帝国に並び立つような強国の姫である。婚姻がなった暁には、昇昊にとって、強力な後ろ盾となってしまう。
「そのようなこと、認められぬ! それだけはなんとしてでも、阻止せねばならぬ」
「皇太后様、その件でしたら我々にお任せを。その女の首を持ち帰り、憎き皇帝・昇昊に一泡吹かせてやろうではありませんか。必ずや我らが北黄帝国を復興させましょうぞ」
「うむ、万事そなたらに任せた。朗報を待っておるぞ」
「ははーっ」
暗闇のような装束に身を包んだ怪しげな男たちは、皇太后に頭を下げると、煙が消えるかのようにその場から姿を消した。




