第29話 魔王の評判
曲がりなりにも武術大会で優勝したことになった蓮音は喜んでいた。
「娘々、随分とうれしそうだね」
魔王・黒煙虎の恰好をして仮面だけ外した剣護が話しかけてくる。
「うん! 実は武術大会で優勝することが子どものころからの夢だったんだ」
もちろん、知っているけど、と剣護は内心で思いつつ、言葉を続けた。
「へぇ、そうだったんだ? あなたの腕だったら、いくらでも優勝できそうだけど」
「ああ、でも、なかなか武術大会に出場することができなくて。ようやく夢が一つかなった気分。まぁ、あなたが勝ちを譲ってくれたからなんだけど」
「そんなことないよ。僕は、本当にあなたに敵わないと思ったから、降参しただけだよ」
言ったことはすべて本音だ。そして、蓮音が思った以上にうれしそうにしていたので、剣護も本当によかったと幸せな気分だった。
二人で楽しそうに話していたら、炎刃隊のほかの仲間とともにやってきたエリックが手もみしながら「いやー、私の勝ちですね、公子! さあ、どんな魔道具をいただけるのでしょうかねぇ」とウザさ満点な感じで話しかけてくる。
「ところで、いくら本物を見たことがあるからといって李公子の仮装は本当に完璧よね? 服装はともかく、その髪はどうしたの? かつらじゃなさそうだし、もしかして染めたの?」
エリックは置いといて、蓮音は剣護に質問を投げかける。剣護がそれに答える前に、驚いた蒼迅が質問を浴びせてくる。
「は? 本物を見たことがあるって、魔王・黒煙虎をか? ちょっと待てよ、よくお前生きてんな」
「魔王が獅子将軍たちを仲間にして、魔王ディザスターを倒したとき、李公子もそのあたりにいたんだって。彼の話だと、獅子将軍は、うふふっ、ちょっと蒼迅に似ているかもね」
「はっ? 俺が獅子将軍に似てるって?? 全然似てねえだろう?」
蒼迅は近くにいた獅子将軍の仮装をした男を見て答える。
「もしかして、俺は魔王の片腕になれるぐらい強いってことか?」
調子にのった蒼迅に、剣護は揶揄うように返す。
「違うさ、そのバカなところがそっくりだってことだよ」
蒼迅はいつものように「なんだと、てめー!」と騒ぎたてた。
「魔王・黒煙虎に会ったことがあるだって?」
香隠は厳しい表情をして何か言いたそうに剣護をじっと見た。この女は危険だ。何か嗅ぎつけているようだ。
「そうだよ、娘々。この髪は魔道具を使って色を変えたんだ」
香隠の言葉を誤魔化すように随分前に蓮音がした質問に答えると、冠に付けていた宝石のような飾りを外した。すると剣護の髪はいつものこげ茶色に戻った。剣護はそれをエリックに投げて、「これをやる」と言った。
エリックは「これはいろいろと使えそうですね! 研究のし甲斐もありそうだし、遠慮なくいただくとしましょう!」と上機嫌で宿に戻っていった。早速いろいろと試して、分析してみるのだろう。
香隠は改めて、「魔王に会ったことがあると言っていたが、どんな奴なんだ?」と尋ねた。
「噂通りだよ。力は強いが残虐で醜い大男だ」
いつも具体的な話をする李公子にしては、世間一般に言われている以上の答えでも、それ以下の答えでもない。
それに蒼迅が付け加える。
「それにすげー女好きだろ? なんせ開王国の美女たちを帝国から奪って全員自分のものにしちまったんだから」
「そういわれているけど、本当にそうなのかな? わたし、黒煙虎って人は、言われているほど悪い人じゃないと思っているの」
「お嬢様は強い男に対する評価が不当に高いよね。まぁでもボクも黒煙虎は嫌いじゃないよ。なんせあの帝国をボコボコにしてくれたんだからね」
海遠の言葉には皆、無条件で同意したい気持ちだった。
「それもあるけど。本当に残酷なだけの人で、美女目当てなだけだったら、開王国を立て直そうとなんてしないかなぁと。開王国には何度か行ったこともあって思い入れがあるから、そこをちゃんとしてくれたところはありがたいなって思うの。開王国までが旧南黄のように荒れ果ててしまったら悲しいから」
「そういやお嬢の……なんでもねえ」
蒼迅は姫の伯母が開王国に嫁いだことと従姉がそこの姫だったことを口にしようとして、剣護がいることを思い出してやめた。彼の前では、一応まだ蓮音は朱家のお嬢様ということになっているからだ。
蓮音の従姉は今は同盟国でもある清富王国に嫁いで、そこで太子妃になっている。その後、2人の子どもにも恵まれた。孫可愛さに開王国の国王は退位し、弟にその座を譲り、妃である蓮音の伯母とともに清富王国で隠居生活を送っているのだ。そのことが幸いして、帝国が侵略してきた際にも命を落とすことがなかった。二人が移住した際に、蓮音を知っていた女官たちの多くがお供したため、今の宮廷に蓮音を知るものが残っていなかったのだ。
「でもよ、開王国の美女たちを全員手米にしたのは許しがてぇ」
蒼迅は引き下がらない。
「お前、自分がモテなくて美女に相手にされないからって、魔王に八つ当たりするな」
香隠が冷たく言い放つ。
「バカ、おめえ、俺はこう見えて結構モテんだよ。こ、恋文だって何通ももらったことあるしよ」
蒼迅は、蓮音の顔色を窺うように話す。
「へぇ、そうなの? もらった恋文にちゃんと返事は書いてあげたの?」
蓮音が全く興味がない男に対する模範解答のようなことをいうので、蒼迅は普通に落ち込んだ。
「蒼迅、僕は改めてあんたに心底同情している。愛する人に想いを理解してもらえないのは何よりもつらいことだよなぁ」
剣護は最初は深刻そうに、後半は大げさに嘆くようにいった。蓮音は剣護の言った言葉が唐突すぎて、展開についていけずきょとんとしていた。
こいつにすべてを見透かされていると思うと、蒼迅はさらに落ち込んだ。海遠と万梅が半分面白がりながら、慰めてくれる。明鈴に至っては、何か目配せしてくるので、それは気づかないふりをした。
とりあえず、彼らにとって魔王と言う存在が帝国ほどは嫌われていないことがわかって、剣護は少し胸をなでおろした。




