第26話 決闘
酒宴が終わり、部屋に戻った蓮音は、女子陣の前で盛大にため息をついた。
「蒼迅は、どうしたら機嫌直るかなぁ。確かに勝手をしたわたしも悪いし、李公子が武術の腕前を隠していたことに怒るのもわからなくはないけど……」
「奴も言ってたじゃないですか。放っておけばいい。あいつの分も私が姫姉様をお守りしますから」
香隠は意外と冷たい。
「戦力不足が心配というよりは、いつまでみんなでいられるかわからないのに、こんなギスギスした感じは嫌だなぁと思って」
「男のプライドってやつが傷ついたんじゃないですかね」
万梅はそこまで興味がないのか、結構適当なことを言う。
護衛隊長としての矜持が傷ついたことはわからなくもないが、戦力が増えたことはむしろ喜ばしいことではないだろうか。蓮音は、蒼迅がここまで怒っている理由がよくわからなかった。
この中で、明鈴だけは少しもどかしかった。だって、隊長がこんなに怒っている理由は、ずっと好きだった女性を突然登場した主人公のような男に盗られそうだから。でも、まさか蓮音に「隊長は姫様を愛していて……」などと説明はできない。
心の中で、「隊長がんばってくださいませ! でも、李公子も遠慮は不要ですわ! 二人でもっと姫様を取り合ってください! まるで恋物語ですわ、キャー!!」と思っている。
「姫様、隊長にお優しくされてはいかがですか? 隊長の傷ついた心を癒して差し上げるつもりで」
そう提案してみた。このままではまだ話に登場もしていない太子の妃にされてしまうのだ。だったら、姫を愛する男二人でとことん勝負してほしいと思う明鈴だった。
「それもそうね」
蓮音は曖昧に返事をした。それにしても、傷ついた心ってどうすれば癒せるのだろうか?
両親が無くなって絶望の中にあった時、従兄の伯栄は「思いっきり泣いていいですよ」と言ってともに涙を流してくれた。
玄流舟先生は蓮音の前で泣きながら、何度も自分の頭を地面に打ち付けつつ謝罪の言葉を口にしていた。蒼迅は、こういう時は体を動かしたほうがいいといって手合わせに付き合ってくれた。二の母上は「こんな時でも食べなきゃだめだ」と言って好きなものをたくさん作ってくれた。
泣いていいよというのも、額から血を流しながら謝罪するのも違う気がするし、今欲しい食べ物を自由に入手することは困難だ。
ってことは、稽古に誘うのが一番? そもそも、蒼迅がみせてくれた優しさはそれなわけだし。
蓮音の頭の中では、明鈴の想定とは真逆の方向に思考が進んでいるのだった。
翌朝、蓮音は軍服を着ていた。
明鈴は、このままでは隊長が力を発揮できそうにもないから、代わりにご自身が戦うつもりなのだろうと思い着替えを手伝った。着替えが終わると、蓮音は二本の愛刀――朱炎と翠嵐―を手にして部屋を後にした。明鈴は素振りでもしに行かれたのだろうと思った。
蓮音は、男性陣の部屋の前までくると、「蒼迅はいるかっ!?」と澄んだ声で叫んだ。扉の近くにいた海遠が戸を開けるとそこには勇ましい姿の蓮音がいた。剣護は蓮音に声をかけたかったが、その姿に見惚れてしまい言葉がでなかった。海遠が「どうしました?」と言い終わる前に、蒼迅の姿を見つけた蓮音は、
「蒼迅、今すぐ武器を持って表にでなさい! わたしと勝負しなさい」
そう告げて、中庭で蒼迅を待った。中庭にはエリック以外の男部屋の面子と香隠たちやこの屋敷の者も集まっていた。
明鈴は「えつ、これはなに? どうして姫様と隊長が??? 昨日優しくするようにとお伝えしたばかりなのに~~~!」と思ったが、口を出せる雰囲気ではなかったので黙って見守った。
蒼迅が登場する。蓮音は「相手に致命傷を負わせることなく、降伏させるか、武器を地面に落とすこと」という勝利条件と「勝者は敗者に何か一つ命令できる」という権利を賭けての勝負とすることを告げて、香隠に決闘の審判を頼んだ。
実はここ数年、二人は手合わせをしていない。技とスピードはあるが、力の弱い蓮音を万が一にも傷つけてはいけないと思うと蒼迅は本気を出すことができなかったからだ。でも、この条件であれば、蒼迅は蓮音を傷つけずに勝てそうだし、賭けで得られるものを考えると本気で応じようと思った。
「始め!」
香隠の声を合図に蓮音が飛ぶように駆け寄って連続で両手に持った刀を切りつけてくる。思った通り、彼女の太刀筋は早いし、絶妙な場所を狙って打ってきてはいるが、力は弱い。隙をついて蓮音の左側の短刀に思いっきり槍を打ち込めば叩き落せる。蒼迅はそう狙いを定めた。それまで自分は力を込めて槍を握っていればいいのだ。
周りの者は二人の打ち合いを、息をのんで見守った。
しばらくすると、蓮音が左の刀をあまりつかわなくなってくる。さすがに疲れてきて、無意識のうちに左手での攻撃がおろそかになっているのかもしれない。
「今だ!」
蒼迅は蓮音の左側に思いっきり槍を突こうとした瞬間、蓮音は左手の短刀を空に投げ上げて攻撃をかわす。渾身の一撃が空を切ったことで蒼迅はバランスを崩しかける。蓮音は、蒼迅の槍を右手の長刀で下から跳ね上げた。蒼迅の槍は空を舞ったのち、地面に落ちた。一方、蓮音の短刀は何と近くの切り株の上に突き刺さった。
「勝負あり!」
香隠が声を上げた。
左側を狙わせたのも、投げ上げた短刀を切り株の上に落としたのも計算だというのか、完敗だ。蒼迅はガックリと膝を落とした。
一方、蓮音は、切り株に刺さった短刀を回収しながら、「わぁ、すっごい偶然、運がいい! こういうのってなんていうんだっけ?」といつの間にか外にいたエリックに聞く。
「ラッキーですね!」
エリックは親指を立てながら答える。
「そうそう、ラッキー! 本当は落ちる前に手で受け止めたかったんだけど、手元がくるちゃって」
そう言うと蓮音は舌をちょっと出して笑った。
「あははははっ、どっちにしてもすごいよ。娘々には幸運の神も味方をするってわけだ」
剣護が褒めそやす。
「で、お嬢様、こいつにはどんな命令を?」
海遠がニヤニヤしながら聞いてくる。
「うーん、そうだなぁ。じゃあ、蒼迅、この先一生わたしのお願いには『はい』と答えること!」
「はぁ? なんすか、その命令は。いくらなんでもズルすぎじゃないっすか!」
蒼迅は本気で抗議する。
「仕方がないなぁ。じゃあ、今日1日、お互いの役割を交換するってことでどう? わたしが隊長になって、あなたがお嬢様として馬車で大人しくしているの」
「わかりました。1日だけっすよ……」
蓮音を馬で移動させるのは気が引けるが、それ以上無理なことを言われるよりはマシだと思い、蒼迅は了承した。
「さすがは娘々、それすごくいいね。最高じゃないか!」
剣護がほめてくれた。蓮音はニッコリ笑って高らかに宣言する。
「みんな、よく聞きなさい! 今日はわたしが隊長を務める。魔物の討伐は寄り道してでも積極的に行うから覚悟するように! では、出立っ!!」
「承知!」
みんなは一日隊長に対して気合を入れて返事をした。
誤表記を修正しました。




