第25話 新たな国へ――神雲国
剣護は、明日通る予定の道沿いで狩りをしていた。ここ神雲国では、街道沿いにも多数の魔物が出現するからだ。神雲国は内陸にある小規模の国で、元々は気功術・交霊術・陰陽術を修めた御三家と呼ばれている家門が合議制で統治している国だった。ここ十数年は南黄帝国や大昇帝国からの侵略によって気功術を得意とする家門が滅んで以来、全体的に荒廃していた。
瘴気の濃くない場所をうろついている魔物はそこまで強くないため、蒼迅たちでも問題ないだろう。だが、数が多いと少々厄介だと思い、夜のうちに数を減らしておくことにしたのだ。剣護は数十体の魔物を片付けたところで、何事もなかったかのように宿舎に戻った。みな、すでに寝静まっているようだったが、ガクの耳がピクッと動いた。
翌朝、蒼迅は炎刃隊に「お前らも知っての通り、神雲国では、街道沿いにも魔物が出現する。より一層気を引き締めてお嬢の警護に当たれ」と檄を飛ばした。
その横で、剣護は蓮音に、「さっき、この辺りを散歩していた時に見つけたんだ」といって「永遠の愛」の花言葉を持つキキョウの花を手渡す。
蒼迅は内心で「このキザな色男め! 緊張感を台無しにしやがって!」と思ったが何とかその言葉を飲み込んだ。かわりに海遠が、「よくネタがつきないな。感心するよ」と本心なのか嫌味なのかわからない一言を口にした。
一行が街道を北に向かい2時間ほどしたら一角牛が2頭現れた。蒼迅とガク、香隠と万梅で1頭ずつ倒す。剣護はそれを何もせずに見ていた。1時間ほど行くと今度は手長大猿が3匹現れた。蒼迅と、香隠が1匹ずつ、ガクと万梅で1匹倒す。剣護はやはり何もせずに見ていた。
さらに約1時間後、10匹ほどの大翼烏の群れが襲い掛かってきた。蒼迅たち4人が各自数羽を相手にしながら1羽ずつ倒していく。馬車にはエリックが防護魔法をかけていたので、大翼烏は馬車を襲わないのだが、なぜか外にいる剣護も烏に狙われないのだ。さすがに蒼迅が騒ぎ出す。
「あいつはあんあに金ピカなのになんで狙われない!? お前、さっきから傍観しているだけじゃねえか! 腰に下げているそれはただの飾りか!?」
「知らないのか? 鳥は基本的に光るものが苦手なんだ。まあ、でも、手が足りないというならば助けてやらなくもない」
剣護がそう答えると、蒼迅は歯ぎしりする。すると、馬車の窓をあけて蓮音が、「李公子、助けてあげて、お願い」と言った。
「お嬢、なんでそんな奴に頼るんだ!」と蒼迅が言いかけたときには、彼らの頭上にいた烏がバラバラになって一斉に地面に落ちた。剣護が飛び上がり、一気に4羽の烏を切って捨てたのだ。
剣護は軽やかに着地すると、地面に落ちてすでに絶命している烏の群れに向かって無詠唱で炎を放った。大きく燃え上がった炎はすぐに消えて、後には魔石が残されただけだった。
剣護の圧倒的な力と技の前に、蒼迅たちは何も言うことができなかった。「詠唱もせずにあれだけの魔法を!?」とエリックもしばらくは目をパチクリさせていたが、やがて立ち直り、「これは私が回収しておきます」といって魔石を拾って馬車に戻った。
蒼迅がまた剣護に食って掛かるだろうと皆が思っていたが、蒼迅は馬車から顔を出していた蓮音の下に来て詰問する。
「お嬢は知っていたのか? いつからだ? 知っていたから、昨日こいつを止めたんだろう?」
「黙っていてごめんなさい。でもわたしもわかったのは一昨日で、なんて伝えたらいいのかと思っていたところで……」
蓮音が申し訳なさそうに話すと、香隠が助け舟を出す。
「わたしもずっと怪しいと思っていたが、が確信を持ったのは昨日だ」
「はっ、みんな気が付いていたってぇのか? 何も知らなかったのは俺だけか?」
蒼迅は海遠たちの顔を見ながら聞いた。
「ガク、知ってた、山で、こわい、わかった」
確かに獣人であるガクは、人間とは比較にならない聴覚や嗅覚を持っているからか、獣の本能で剣護が群れのボス的な存在であることに最初から気が付いていた。
「いやー、ボクは今の今まで何も知らなかったけど」
「わたしも李公子はずいぶんな自信家だとは思っていましたが、武術にまで長けているとは気が付きませんでしたよ」
海遠と万梅は蒼迅を慰めようとしたわけではなく、事実を話した。
「この話はまた後でだ。今は先を急ぐべきだ」
香隠はみなにそう促した。蒼迅も黙ってそれについて行った。幸いというべきか、一行はその後魔物に出くわすことなく小さな町にたどり着いた。
昼間狩った一角牛は食べることができる魔獣だったので、宿を借りる礼も兼ねて町人に贈った。町人たちは、久しぶりのご馳走だと喜び、早速一角牛を調理して蓮音たちにも振舞ってくれた。町人勢ぞろいでの祭りのような酒宴だったので、蓮音は得意の歌を歌い、明鈴は箏を弾き、海遠は笛を吹いき、万梅が舞う。剣護も蓮音に促されて二胡を奏でた。蒼迅以外は何事もなかったかのように楽しく過ごした。
町人たちは喜び、一行に貴重な酒をふるまってくれた。町長は当然蓮音にも酒を勧めてきたが、彼女は下戸だと言って断っていた。剣護が聞いてくる。
「娘々、本当に酒が飲めないの?」
「うん、一口二口ならば大丈夫なんだけど、飲みだすと自制心が利かなくなるみたいで、飲みすぎちゃうと大変なことになるから」
蓮音がお酒での失敗を思い出しながら苦笑いする。
「へぇ、そんな話を聞くと、あなたを酔わせてみたくなるな」
蓮音の隣で上品にお酒を嗜んでいた明鈴がブ―ッと酒を吹き出しむせる。
さらに隣にいた海遠がすかさず、「明鈴ちゃん、大丈夫? まぁ、吹きだしたくなる気持ちはわかるけど」と言って肩を抱くようにして明鈴の背中をさすると、「こ、このスケベ男がぁっ!!!」と香隠が叫ぶ。
万梅が冷静に、「それはどっちに対して言った台詞ですか?」と剣護と海遠を指さしながら問うと、「どっちもに決まっているだろうがぁっ!!」と香隠がさらに叫ぶ。
「僕はただ、お嬢様と楽しく酒が飲みたいと思っただけだ。それをスケベだなんて心外だな」
と剣護はいいつつ、わざとらしく肩をすくませる。そのうえで、「一口どう?」といって自分が手にしていた盃を蓮音に差し出す。
香隠は、「この男、間接的に口づけするつもりか!?」と思うが、なんだかんだいって初心な香隠はそれを口に出して堂々と言うことができずに「く、くち、くちっ、つけただろうが、お前が……」と口をパクパクさせる。
剣護は、「ははっ、冗談だよ。この酒は結構強いから、あなたはやめた方がいいかもね。今度僕が飲みやすい酒でも用意するよ」といって盃に注がれていた酒を一気に飲み干した。
蓮音はこんな仲間の様子を微笑みながら見守った。こんなとき、いつも一番賑やかなのが蒼迅なのに、さすがに今日は大人しい。飲食を終えると何も言わずに宿舎に戻っていった。
蒼迅を気にしてそうな蓮音の様子をみて、剣護は、「あいつ、本当に大人気ないな」と独り言のように言う。蓮音は自分のせいだと思ったが、剣護の前でその一言を言うのはずるい気がして、「どうしたらいいんだろう……」とだけつぶやいた。
「娘々、あなたは何も悪くない。これはあいつが自分自身で乗り越えないといけない問題だ。それができないようだったら、本当にあいつは護衛失格だ」
剣護の言葉を聞いて、その場にいた何人かは「ある意味元凶のお前がそれを言うか……」と思ったが、でも確かにその通りでもあると思った。




