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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第24話 一触即発

 玄流帆(シュエンリゥファン)は、蒼迅(ツァンシュン)に少し悪いと思いながらも、剣護(ジェンフー)が泊まると言っていた宿に使者を送り、明日は出発前に北都の城門ではなく、将軍府まで来てほしいと伝えた。蓮音(リェンイン)を安心させたいと思ったのも事実だが、それ以上に彼女が信頼を寄せている男をこの目でじっくりと観察したいと思ったからだ。


 翌朝、剣護はいつも以上に華やかな出で立ちで登場した。髪はいつものように高い位置で結びあげ、金の冠をしていた。黒の着物の上に赤い羽織を着て、服の胸元には大輪の白いユリの花が3本挿してあった。腕に付けていた小手とベルトは金でできていた。


 これだけ派手な装いでありながらも、一同は彼のベルトに目がいった。というのも、昨日、蓮音が剣護にあげた香嚢(こうのう)を付けていたからだ。


 蓮音はうれしい以上に恥ずかしかったが、みんな気が付いていないかもしれないと思い、あえて何も言わずにいた。もちろん、みんなその香嚢の出来栄えから、それは蓮音が贈ったものだと気が付いていたが、指摘するのも口惜しいので、結局誰も何も言わなかった。


 剣護は当然のように蓮音に近づいて、これまた当然のように懐にあったユリを蓮音に渡した。


 蓮音は、花のお礼をいいつつ、剣護と流帆にそれぞれを紹介した。


 剣護は流帆の思惑をお見通しで、内心で(こいつ、俺を品定めするためにここまで呼んだんだな)と思い、やや不敵な笑みを浮かべながら、「李益(リーイー)だ。よろしく」と簡単に言って右手を差し出した。


 一方流帆は、そんな彼の容姿と態度を見て、思わず「へえ、意外だな」と本音を一言漏らす。蓮音と剣護が同時に「なにが?」という。息ピッタリの一言を発したことで、二人は顔を見合わせて微笑みあう。その後ろで蒼迅と香隠(シァンイン)がムッとなった。


「あ、いや、すまない、何でもないよ。こちらこそ、わが妹をよろしく頼むよ」


 流帆は、李益という男はもっと穏やかで牧歌的な風貌の男だと勝手に思い込んでいたのだ。でも、今目の前にいる男はというと、蓮音が作った香嚢を身につけているところから包容力はあるのかもしれないが、鋭い刃を思わせる目の覚めるような美男子で、性格も大胆不敵、穏やかというよりは危険な香りがする男だと感じたのだ。


 一方、剣護は流帆の言葉を「蓮音の好みの男とは違う」という意味で受け取った。


 蓮音の理想の男性は、おそらく彼女の父親だ。蓮音がくれた”やりたいこと帳”に「父上のような人と結婚する」とあったのを忘れた日は一日もない。


 紅姐(ホンあね)さんが蓮音だと分かった今、彼女の理想の男性は、剣聖の珠 建叡(ヂュ ジェンルイ)だ。建叡は、冒険家としても名を馳せていて、中央諸国のオアシスにある魔導国出身の姫だった蓮音の母と結婚後、彩華国の国王となったが海難事故で夫婦ともに亡くなった。


 人柄などは詳しくは知らない。そもそも、今でも蓮音が父のような人と結婚したいと思っているのかすらわからないのだが。これは何としてでも彼女がどんな男を好ましいと思っているのか探る必要があると思った。


 流帆は、ここ最近、神雲国からの避難民が多いから国境沿いの視察も兼ねて、国境の砦まで同行するという。剣護は終始、蒼迅や香隠に睨まれていると感じていたが、今はこんな小者に構っている場合ではないと思い無視し続けた。


 昼前には砦に到着したので、ここで昼食をとった後、国境を越えて神雲国へ出発することとなった。


 ここにきてついに、蒼迅が剣護に話しかけた。


「おい、貴様。昨日はよくも舐めた真似してくれたな」

「お前は、自分がお嬢様を抑圧しすぎた結果だとは思わないのか? 自由を奪われれば逃げたくもなる。そんなもんだろ?」

「なに! 俺はお嬢の安全を思って! 貴様にお嬢の何が分かる!」


 蒼迅はカッとなって剣護につかみかかろうとするがすんでで(こら)えた。


「わかるさ、少なくともあんたよりは彼女の気持ちがよくわかる。だからお嬢様もお前ではなく僕を選んだわけだ」

「なんだと、貴様! これ以上、お嬢の周りをうろちょろするな!」

「それは、あんたたち次第だな」


 カッカしている蒼迅と異なり、剣護は顔色一つ変えず、余裕綽々に返答する。


「貴様!!! もう我慢ならねぇ、その調子ぶっこいた発言は俺に勝ってから言え!」


 蒼迅はそういうと腰に下げている剣に手を伸ばし、一気に鞘から抜く。彼が愛用している武器は槍だが、彼は剣の腕前にもそれなりの自信はあった。


「お前が望むならば、相手をしてやってもいい」


 剣護がそう言い剣に手を伸ばしたところで、騒ぎを聞きつけた流帆が走ってきて蒼迅を止めに入る。


「おい、二人ともやめろ! 蒼迅も落ち着け、剣を戻せ!」

「兄貴、昨日、俺に後悔するなといったじゃねえか! 離してくれ! アイツに思い知らせてやるんだ」

「後悔するなと言ったのはこういうことをしろということじゃない。よく考えろ!」


 蓮音も駆けつけてきて、剣護が剣に手を置いているのを見て、「李公子」といって彼の手を押さえるように自らの手を重ねた。このままでは、蒼迅が真っ二つにされてしまうと思ったからだ。


 香隠も近くで見ていたが、蒼迅に「今はやめておけ」と言い、蒼迅を止めた。自分の味方になってくれると思っていた香隠にまで止められて、蒼迅は、「クソッッッ!!」と言ってついに剣を地面に叩きつけた。香隠はその剣を拾い上げ、剣護を一瞥すると、流帆とともに蒼迅を別の場所に連れて行った。


 蓮音は、大きくため息をついた。それを見て剣護が謝る。


「ごめん、娘々、心配させてしまって。さすがに僕だってあなたの仲間を傷つけようなんて思ってはいないよ」

「うん、わかってる」


 蓮音は力なく微笑んだ。


 流帆はこの先もしばらく同行しようかと申し出てくれたが、蓮音は丁重に断った。だが、一行の雰囲気はなんとなく最悪なままだった。


 蓮音たちはそのまま国境を越えて、神雲国に入った。ここから先は警戒が必要だったが、その日はこれ以上何も起こらずに目的地としていた辺境の城にたどり着いた。一行は剣護も含めて、行政長官の屋敷に宿泊することになった。


 夕食後、剣護が部屋から出ていくのを見て、香隠は静かに後を追った。少し行くと、剣護は振り返らずに、「なんか用か?」と聞いてきた。


「貴様、何者だ?」

「旅の商人の……」


 剣護がお決まりの説明をしようとすると、香隠が制する。


「そんなことを聞いているんじゃない。貴様、なぜその実力を隠している? 何の目的で姉様に近づいた?」


 香隠は剣護が剣に手を置いた時に発した一瞬の殺気に勘づいて、このまま蒼迅が戦ったら無事では済まないということを見破っていたのだ。香隠にそこまで言われて、剣護はようやく振り返って答えた。


「炎刃隊は実力主義だと思っていたが、案外そうでもないのかもな。あんたのほうがあの無能よりもよほど隊長に相応しいんじゃないか?」


 と言って前を向き、


「安心しろ。あの方を悲しませるようなことには決してならない」


 とだけ告げるとそのまま闇に消えた。

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