第22話 魔王の宝物庫
一通りの説明と指示を出し終えた剣護は自分の部屋に戻って宝物庫に入った。そこには古今東西・値千金の珍品、秘宝のほか彼にとっては何よりも大切な宝が収められていた。子どもの頃、蓮音にもらった「紅剣護」と書かれた手巾、やりたいこと帳、彼女たちと別れる際に渡された蓮の花の簪などである。
剣護はやりたいこと帳を開いてみた。そこには蓮音が書いたやりたいことが並んでいた。
・炎龍将軍のような人になる。
・庭に百種類の花を植える(果物の木もたくさん植える)。
〇千人の人を助ける。
〇武術大会で優勝する。
・父上のような人のお嫁さんになる。
〇西の国を旅する。
〇魔物を千匹倒す。
〇印は彼女がおススメといっていたことで、炎龍将軍というのは、大陸東側で知らない人はいない伝説上の武将で、多くの男の子の英雄たる人物だ。
ほかには、お菓子のお店を作る、苦くない薬を発明する、家族を百人作る、お金持ちになって学校をたくさん作る、炎以外の魔法も得意になる、刺繍が上手になるようにがんばる、珍しい武器を集めるなどと書かれている。
「刺繍も十分上手になったじゃないか」剣護は先ほど蓮音にもらった香嚢をもう一度手に取ってつぶやく。
剣護は、南黄帝国のはずれにあった村で蓮音と過ごした日々を改めて思い出していた。
ある日、蓮音たちが村を空けていた際、そのあたり一帯を治める領主が税を徴収するといって役人と兵士を送ってきたのだ。そして、村長の家に残っていたわずかな米と若い娘を数名連れて行ってしまった。帰ってきて事態を知った蓮音は激怒した。
「おのれ、小癪な官憲どもめ! 今こそ、我らが山賊『食べちゃうぞ団』の力を見せる時だ!」
そう叫ぶと手下の剣護と師匠、二の母上を連れて領主の館へ乗り込んだ。
屋敷の門前には二人の見張りの兵士がいたが、その二人に向かって蓮音は名乗る。
「われこそが、山賊『食べちゃうぞ団』の首領、紅姐さんである! 腐れ外道どもよ。慰撫すべき民草からわずかな糧を奪わんとするその所業、許すまじ! 己の罪をその胸にしかと刻み、その悪行を地獄で悔いるがよい!」
門番たちは変なガキが来たぐらいに思っていたが、蓮音の口上を聞いて大声で笑い出す。
その瞬間、蓮音は一人の兵士に跳び蹴りを食らわせる。ほぼ同時に師匠も隣の男を殴り飛ばす。二人は一瞬で気を失った。蓮音はさらに魔力を込めた蹴りで門扉を吹き飛ばすと堂々と敷地に侵入した。
異変に気付いたほかの兵士が「侵入者だ! ひっとらえろ!」と武器を手にして次々に襲い掛かってきたが、蓮音たち三人はものともせずに素手でしかもほぼ一撃で敵をねじ伏せていく。剣護は、倒れて気を失った敵を縄で縛って回った。
その時、領主サマは周囲の村々から連れ帰った若い娘たちにお酌をさせて酒宴の真っただ中だった。蓮音は、領主のいる建物を見つけると扉を蹴破る。中には妓女のような服を着せられた六人の若い娘がいて、無理やり領主たちの相手をさせられていた。
「悪徳領主よ。しかと聞くがよい! 本来であればいつくしむべき民を虐げてきたお前の罪は重い! わたしが手ずから成敗してくれよう! 神妙にお縄につけ!」
と言って飛び上がると頭上を越えながら魔力で編み出した縄を投げつけ、背後に降り立った際には男は縛り上げられていてミノムシのようになっていた。
蓮音たちは、保護すべきものは保護し、悪事に加担したものは縛り上げ、屋敷を制圧すると蔵を解放した。中にはこの領主が周辺の村々から搾り取って集めた米や麦が大量に保管されていた。それを均等に分けて周辺の村々に返還し、屋敷にとらわれていた娘たちも帰してやった。領主やそれに積極的に加担していたものは城下にさらしあげた上で、奴婢の身分として肉体労働に従事させた。
しばらくして騒動が落ち着いてきたころ、蓮音たちは本来の目的だった開王国にいる従姉に会いに行くため、ここを去ることになった。孤児たち数十人を集めて、隣国の学問所や修練場で学び、身を立てたいものがいるか尋ねた。同行を希望した剣護たち六名の孤児とともに一行は開王国と南黄帝国の国境の城、益水に向かった。
益水の城下で六名の身なりを整えると、孤児院が併設された学校へ向かった。施設の院長は六名を快く引き受けてくれた。蓮音は、彼らに別れの挨拶をするとともに、彼女がその時身につけていた装身具を一人に一つずつ分け与えていった。見るからに高そうな装身具を見て、子どもたちは戸惑っていた。
「情けは人の為ならずという言葉を知っている?」蓮音の問いに六名はきょとんとしたが、そのうち一人が、「人助けはその人の為にはならないから、助けないほうがいいということですか?」と聞いてくる。
「ううん、その逆。人助けをすると、自分にもいいことがあるからいっぱいしましょうって意味。今、わたしがみんなにあげた簪や首飾りはね、結構高く売れると思う。だから、どうしてもって時に売ってお金にするといいよ。この中の誰かがこれをうまく使って出世して、大金持ちになったとしてね、わたしに感謝して10倍にして返してくれたらどう? わたしはすごく儲かるってこと。だから、遠慮なく受け取って。そしてみんなもそれが自分の為になるんだって思いながら誰かを助けてあげてほしい」
「紅姐さん、誓います。俺、たくさん勉強して、腕を上げて、これを10倍、いや100倍にしてあなたに返します。絶対です。約束します」
そう強く誓った剣護に、蓮音は笑顔で返答した。
「うん。約束だよ。期待して待っているからね」
約束の指切りをして二人は別れた。
その後、剣護は血の滲むような努力をして、今の地位にたどり着いた。ほかの五名も薬師や職人の弟子になったり、試験を受けて地方の役人や兵士になったり、商人の跡取り娘と結婚して店を持ったりした。
帝国の侵略によって一度はバラバラになってしまった彼らだが、今ではみな剣護の庇護の下でそれぞれの仕事に励んでいる。といっても、彼らはあの時の少年が彼らの国の主・魔王になったことは知らないのだが。
(あの時、あなたが助けた子どもたちはあなたの意志を受け継ぎ、幸せに過ごしています)
これを知ったら、きっと蓮音は喜ぶだろうと剣護は思った。




