第20話 二人の逃避行――秘密の花園で
「僕に協力できることがあったら、何でも言って。気晴らしに付き合うぐらいだったらいくらでもするから。で、今日はこの後どうしたい?」
蓮音の希望で、馬車街道から少し外れた山間にあるルリマツリモドキの群生地を訪れて、その後北都の城下を散策することにした。
二人は、馬か徒歩でしか来られない、群生地近くの峠道の途中にある茶屋に立ち寄った。
群生地自体は深くて静かな森の中にあり、神秘的な場所なのだが、魔物の狩場の中という立地のため、逢引に来る男女などはまずいなかった。案の定、ここの茶屋も冒険者風の男たちでにぎわっていた。
二人は屋外の席についた。大きな木々がちょうどよい木陰を作ってくれていて、ひんやりとした空気が何とも心地よい。森からは、番を探しさえずる鳥の美しくも切なげな鳴き声が響いていた。
蓮音は、剣護が用意してくれたベールのついた笠を被り、顔がよく見えないようにしていた。魔物狩りに来たわけではなさそうな装束の女を連れた色男をみて、露骨に舌打ちする男も多かった。
隣の卓の無頼漢たちがわざと聞こえるような大きな声で揶揄ってくる。
「ここは女子どもが遊びに来る場所じゃねえんだけどな」
「おい、色男、その女、魔物に食われないといいな」
「あと、俺たちにもな。ガハハハハッ」
剣護は手に持っていた茶碗を最後の言葉を言った男に向かってスッと投げた。
「おっと、手が滑った」
茶碗は信じられないスピードでまっすぐに飛んでいき、男の僕頭に当たるとひっくり返って、男は頭から熱い茶を被ることになった。
「あちいいっ!!」
驚いた男が立ち上がると空になった茶碗がカランっと卓の上に転がる。
剣護は何事もなかったかのように、茶碗を取りに席を立った。
茶をかけられた男は激怒して、「てめえ、なにしやがる!!」と剣護に殴りかかろうとする。
騒ぎを聞きつけ、店の中から男たちがゾロゾロと見学しに出てくる。こんなところに女連れできたムカつく美男子が、けちょんけちょんにやられ、女の前で恥をかく様を期待していたのだ。
茶碗を拾った剣護はすでに男に背を向けていたが、男が何度拳を振り回しても左右に避けられて空を切ってしまう。
剣護は自分の席まで戻ったところで、「うるさい羽虫がいるな」と言いサッと右手を振り上げると、男は後ろにすっ飛ばされて十メートルぐらい先にあった木にめり込んで止まった。
飛ばされた男の仲間が「よくも、てめえ!」といって剣を抜いて飛び掛かってくる。剣護は剣身を指で軽くはじいた。すると刃が一瞬でバラバラに砕けてしまったのだ。これには蓮音もびっくりして目を丸くした。
「ずいぶん、脆い武器だな。壊れたのが狩りの最中じゃなくてよかったよ。せいぜい、この僕に感謝するんだな」
まだ新調したばかりの鉄の剣が一瞬で粉々になってしまった哀れな男は、その場にへたり込んでしまった。
見物人の男たちは、期待とは真逆の展開となり、あっけに取られていたが、このまま見学をしていて巻きぞいを食っては大変だと、黙って店の中へ戻った。
蓮音は何から突っ込んだらいいのかわからなかったので、とりあえず、「さすがに剣を壊したのはちょっとかわいそうだったんじゃない?」と剣護にささやいた。
彼女に乱暴で底意地の悪い男だと思われ、嫌われたくなかった剣護は、魔道具の収納袋から一本の剣を取り出すと「代わりにこれをやる」と言って男の横に投げた。鉄よりも強い鋼でできた剣だった。男は顔をあげて剣護を見上げる。
「あ、あの! ありがとうございます!」
男は反抗的だった態度を改めて、ペコペコと頭を下げた。
男たちも十分、反省はしたのかもしれないが、この国の武人の代表として、彼らに一言言っておかねばならない。蓮音は男たちに向き合った。
「人を見た眼で判断し、嘲笑するなど真の武人のすることではない。これ以降は無用な争いを起こさず、その剣を手に取って人々のためになる行いをなすように」
小柄ながらすっと背を伸ばして立ち、朗々と話して聞かせる彼女の声には王者の風格が漂っていて、その場にいた男たちは自然と平伏した。
これにて一件落着である。
一息ついた蓮音と剣護は、ルリマツリモドキの花畑に向かった。ルリマツリモドキの花言葉は「慎ましさ」「変わらぬ愛」「ひそかな情熱」であるが、その花言葉通り、緑の葉の中に小さな青い花が”慎まし気”に点々と広がっている様はなんとも涼しげで、見ているだけで心が落ち着く。
そして、”変わらぬ愛”は剣護の蓮音への想いそのものであったし、傍から見ると溺愛なのだが、本人としては悟られぬように蓮音に寄り添う姿は、剣護の”ひそかな情熱”を表してもいた。図らずも、今の二人にはピッタリな花であり、情景だった。
「話には聞いていたんだけど、実際に見るのは初めてなんだ。本当にきれい。来てよかった」
蓮音がつぶやく。
「娘々、あなたは、本当に花が好きなんだね。花の中でもどんな花が好きなの? やっぱり蓮?」
「蓮もきれいだし、両親が名前に入れてくれた花だから、もちろん特別だと思っているけど、花って人と同じでそれぞれの良さがあるというか、十人十色じゃない? それだけできれいなものも多いけれども、他の花と引き立てあうところも好きなんだよね。だから、どんな花でも好きとしか言いようがないかな」
「なるほど、参考にさせてもらうよ」
剣護は毎日のように何かしらの花を贈ってくれる。蓮音はそれを押し花にして保管してあるのだ。二人で見たこの情景を旅の思い出にしようと、ルリマツリモドキの小さな花を何輪かそっと摘んで、懐紙に包んだ。
「ところで、わたしもあなたに聞きたいことがあるのだけど?」
「うん? 何かな?」
剣護は、彼女が何を質問したいのかわかりつつも、とぼけてみた。
「あなたねぇ、牙城山で会った時に魔物が怖いっていってなかった?」
蓮音が剣護を指さしながらちょっと詰問するような口調で問う。
「そんなことを言った覚えはないのだけど。あれは、あなたが助けてくれようとしていたから、その好意を無駄にしてはいけないかなと……」
剣護は、片手を頭に当てて参ったと言いたげな所作で答える。
「ふーん、まぁ、いいけど」
蓮音は腕を組んで信じてなさそうな顔をしてそう言うと剣護の前を歩きだした。
「……怒った?」
剣護は蓮音を追いかけて、顔を覗き込むようにして聞いた。
「さぁ、どうでしょう?」
「娘々、許してよ」
「うーん、どうしようかな」
「本当にごめんって」
剣護を困らせたいわけでも何でもなかったけれども、蓮音はこの取るに足らない会話が何となく愉快で、やめたくないと思ってしまった。
「じゃあ、お詫びにお願いを聞いてくれる?」
正直なところ、すでにお詫び以上のものを剣護にはもらっているので、これ以上何か要求するのは気が引ける。だが蓮音は、自分たちの力がなくても自力で故郷に戻れるであろう剣護との縁が切れてしまうのが嫌だったのだ。
「もちろんだよ、何でも言って」
(お詫びじゃなかったとしても、あなたの望むことはなんでもする。なんでも叶える)
剣護はすでにそう誓っている。
「あのね、あなたがとても強い人だと見込んでのお願いなんだけど、この先、何かあったら、わたしの仲間たちを護ってもらいたいの」
意外なお願いだ、いや、むしろ彼女らしいお願いじゃないか。剣護は蓮音の右手をとると自分の胸に当てた。
「娘々、あなたの願いを叶えるために全力を尽くすことを誓う」
剣護は力強い眼差しで誓いの言葉を口にすると、今度は蓮音の手を軽く握り自らの口元に近づけて手の甲に軽く口づけをした。
こうして彼が蓮音の手に口づけをするのは二度目になるが、それでも心臓の鼓動がうるさくなる。蓮音は照れ隠しにベールで顔を覆った。
「そろそろ北都へ向かわないと」
蓮音は剣護を、自分の視界に入れないようにして、先に前へと歩を進めた。
手の平には剣護の心臓の鼓動が、手の甲には剣護の唇の感触が残っていた。蓮音はその右手を自分の胸元にもっていくと、左手でそっと包み込んだ。




