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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第18話 美貌の貴公子にさらわれて

 翌朝、蒼迅(ツァンシュン)たちが出発の準備をしていると剣護(ジェンフー)が普段とはかなり異なる出で立ちで現れた。


 今日はいつもよりも丈の短い身軽な服装で、身に着けている装飾品も少なく、袖口には小手を巻き、何よりも腰に剣を帯びていた。国境も近く、魔物の狩場となっている場所も道沿いにある。だが、治安のよい彩華国では狩場に足を踏み入れない限り、魔物に遭遇することはほぼない。「やっぱり、こいつ、武芸にも自信があんだな。姫さんの前で猫かぶりやがって! だが、今日お前の腕を披露する場はない!」と蒼迅は思った。


 すぐに蓮音(リェンイン)たちも出てきた。エリックと明鈴(ミンリン)はそのまま馬車に乗り込んだが、蓮音は騎乗している剣護に何の気なしに近づいて行った。


 一瞬の出来事だった。


 剣護は騎乗したまま体を少し横に倒して蓮音の体を掴み、馬の上に引き上げたかと思うと、「ハッ!」と愛馬・嵐絶(ランジュエ)の腹を蹴るとそのまま駆け去ってしまった。


 蒼迅は一体なにが起こったのかわからず唖然としたが、すぐに我に返って、「姫さん!!!」と叫ぶと、馬に乗り後を追いかけようとした。すると馬車から身を乗り出してエリックが叫ぶ。


「待ってください!」

「待ってられるか! 早く追わねえと見失っちまう!」

「大丈夫です! 姫には私が追跡の魔法をかけてあるので、居場所はわかります。だから、ゆっくり行きましょう」


 エリックが平然と話すと、香隠(シァンイン)もエリックにつかみかかりながら怒りをぶちまける。


「貴様! あの男に買収でもされたんじゃないだろうな。随分と用意がいいではないか! どういうことか説明しろっ!」

「落ち着いてください。姫に提案されたのですよ。私の追跡魔法がどれほど有用か安全な彩華国内で一度試してみようと」

「だったとしても、他に方法はいくらでもあんだろう? ほかのやつで試すとか、せめて俺らに話しておけよ!」


 蒼迅もエリックに詰め寄る。


「残念ながらほかの人では意味がないのですよ! この魔法はかける相手によって効果が異なるので、魔力耐性の強い姫本人でないといけないのです。それに先に話したら、きっとあなた方が反対すると姫が……」

「当たり前だ! それに追跡魔法の効果を確認したいのであれば、姫姉様(ひめねえさま)をお連れするのはわたしでもよかったはずだ! なんで奴なんだ! ズルいだろうっ!」


 香隠は、もはや心配よりも嫉妬していた。


「それも、足の速い汗血馬が最適だと姫様が……あの馬よりも速い馬はそうはいないわけですから」

「くっ、とにかく、早くその追跡魔法とやらを発動させろ。急いで追いかけるぞ!」


 一方、剣護は、蒼迅たちがすぐに追ってこないことを確認して、一度馬の歩を緩めると、片手で抱えていた蓮音をしっかり自分の前に座らせた。愛する人がまるで自分の腕の中にいるかのような体勢で、彼女の体温を感じ、剣護の心臓は激しく高鳴る。さらに蓮音の白い首筋がすぐ目の前に見えてそのまま口づけをしたい衝動にかられたが必死に平静を装った。


 一方、蓮音は背中に剣護の温もりを感じながら、手綱を握る剣護の手が目に入ってドキドキしていた。剣護は、指が長くてきれいな手をしていた。昨日、わたしの手を引いてくれた大きくて優しい手だと思うと、自分の手を重ねてみたくなってしまった。背中から剣護が声をかけてくる。


「あいつ、あなたのことを”姫さん”って言ってたな。やっぱり護衛失格だ」

「あっ……えっと」


 蓮音がなんて返そうかと戸惑っていると、剣護は、


「彩華国の第一王女、珠蓮音姫様。戦場の紅き花姫にお目にかかれて光栄です」


 とちょっと冗談っぽい口調で言った。


「……いつから気づいていたの?」

「うーん、まぁ、最初から?」

「えっ! もうっ!! だったらもっと早く言ってよ~~」


 蓮音はぷくーっと頬を膨らませて、指で剣護の手の甲をツンツンとつついた。


「ごめん。あなたたちが必死に朱家のお嬢様を演じていたから、気が付かないふりをしていたほうが親切かなと思って」

「はぁ~~、もう」


 蓮音は盛大にため息をついた。


「やっぱり、わかっていたから、わたしを娘々って呼んでいたのね?」

「うーん、それはちょっと違うかな。あの時、本当にあなたが天女のように見えたんだよ」

「……あなたっては、誰にでもそういう言葉を言っているの?」

「まさか、あなただからだよ。あなたが僕にそう言わせているんだ」


 この人には本当に敵わない、そう思い、蓮音はもう一度大きなため息をついた。


「それで、彩華国の姫君は、どうして僕に(さら)われたかったのかな? 昇昊(シォンハオ)に嫁ぐのが嫌になったのかい?」


 確かに、昨夜、蓮音は剣護に「(さら)って」といった。でも、本当にどこか別の場所に連れ去られたかったのではなく、国境を越えるまでの残り(わず)かな時間、一日だけでも自由がほしかったのだ。


 狭い馬車に閉じ込められるのではなく、伝説の駿馬にも乗ってみたかった。森の中を自分の足で歩き、自由に街を散策してもみたい。だから、玄家が治める北都につくまでの一日、彼に付き合ってほしかったのだ。


 この旅路の間、妙に過保護になっているほかの仲間には頼めないことだった。蓮音の意図を理解して、剣護は快く話を受けてくれたのだ。蓮音は、この人にだったら本当のことを伝えても大丈夫だろうと思い、素直に話す。


「皇帝との結婚するかどうかは置いといて、人質を取られているから、彼女たちを迎えにいかないといけないの。だから、帝国には必ず行く。帝国と全面的に対決することは流石に被害が大きいだろうから、交渉でなんとかなれば一番いいのだけどね」

「なるほど、そんな事情があったんだね」


 開国の主として把握したいと思っていたことはおおむね知ることができた。


 今、簡単に思いつく、彼女を帝国に渡さずに済む方法は二つある。一つは自分が人質を取り返してしまうことだ。ただ、奪い返しただけではまた同じことが起きる可能性はある。この場合、何らかの方法でさらに帝国に釘を刺しておく必要がある。


 もう一つは彩華国同盟が帝国より強力な軍事力を持って交渉に臨むこと――開国とも同盟を結ぶことだ。なんといっても、開国は唯一帝国軍に勝利している国なのだから。


 ただ、どちらにしても一つ問題があった。蓮音は自分が開国の主、魔王・黒煙虎(ヘイイェンフー)であると知らないことだった。ようやく彼女の信頼を得ることができたこの状況で、自分が第三勢力の立場にある魔王だと明かすことは、蓮音に不信感を抱かせかねない。今までの親切はすべて開国にとって必要な情報を得るための諜報活動であり、自国を有利に導くためのものだったと思われたくはない。


「娘々、ひとつだけ確認してもいいかな?」

「なに?」

「あなた自身は昇昊との結婚を望んでいないってことでいい?」

「うん、まあ会ったことない人だからね、望むも何もって感じかな。それに……」


 その後、蓮音は帝国と皇帝の悪口をこれでもかと言い出した。それを聞かされた剣護はなんとも小気味よかった。


「そうか、そうだよね! ところで娘々、僕に手伝えることがあったら何でも言って。あなたに協力できることがあれば何でもしたいんだ」

「うん、ありがとう。頼りにしているからね、李公子」

「うん、任せて」


 絶対にあなたを帝国に、昇昊には渡さない。必ず護り抜いみせる。剣護はその言葉は飲み込んだ。

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