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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第16話 恋人たちのお祭り

 恋人の祝祭ということもあってか、今日は街道を行く旅人もいつも以上に多い。そして、通り過ぎた村や町はこれもまたいつも以上に華やかな雰囲気だった。


 宿泊先の町も、あちらこちらに生花で飾り付けがなされ、大通りには屋台が立ち並び、着飾った多くの男女でごった返していた。そこかしこで武術の腕前を披露する男性の姿や(こと)を奏でる女性の姿が見受けられる。親しくなった男女が健全におしゃべりができるようにという配慮なのか、広場や出店の前には多数の椅子が並べられていて、すでに雑談に花を咲かせる男女であふれかえっていた。まさに祭りの雰囲気だった。


 宿に着くと、案の定剣護(ジェンフー)蓮音(リェンイン)を祭りに誘ってきた。


「ずいぶん賑やかだったけど、これは何の祭りなの? 僕が育った国にはない祭りだから興味があって、見に行きたいな。娘々、一緒に行かないかい?」


 確かに彼が育った村では行われていなかった祭りだが、どういう目的の祭りかは当然知っている。


 お祭り自体は蓮音も大好きだ。行きたいと思うが、この状況下では行きたいとも言いにくいので第三者が皆で行こうと提案してくれないだろうか。


 「行きたいな」と哀願するような目で一番この手の祭りに行きたそうな海遠(ハイユェン)を見る。蓮音の視線に気が付いた海遠が、彼女の策略にはまったのか、素晴らしい提案してくれた。


「ボクたちもたまには楽しんでもいいんじゃないかな。この先、長旅なんだし」


 危険だなんだと言って反対すると思われた蒼迅(ツァンシュン)も珍しく、「まぁ、俺らが付いていけばいいんじゃねえの?」と同意してくれた。


「ガク、まつり、すき、おいしい、いっぱい!」


 うん、ガクはこの手のお祭り大好きだよね。いつも串焼きをたくさん買ってきてくれたなと去年の祭りの光景を思い出す。


 男女の恋愛模様をのぞき見したいのか万梅(ワンメイ)も乗り気だ。人混みが苦手な明鈴と全く興味のないエリックは宿で休んでいるという。


「くっ、やむを得ん。わたしも護衛としての役目を果たすとしよう……」


 同じく反対しそうな香隠(シァンイン)もついてきてくれるらしい。


「勘違いするな! わたしは祭りを楽しみに行くわけではない。護衛としての仕事をしに行くのだ!」


 香隠ってば素直じゃないんだからと思いながら蓮音は微笑んだ。


 蓮音と剣護は普通の町人が来てそうな控えめな普段着に着替えて通りに出た。それでも男女が親しくなるための祭りである。どんな服を着ていても剣護や蒼迅、海遠は背も高く人目を引くのか、道行く女性たちは声をかけられたそうにこちらを見ていた。それをみた、海遠は女性たちの一群に声をかけに言ってしまった。


 屋台から漂ってくる香りに「たべる、いっぱい!」と言ってガクがクンクン鼻をならす。さすがに一人でいかせるのもということで、万梅が付き合って買い物に行ってしまった。


 気が付いたら、蓮音、剣護、蒼迅、香隠の男女四人になっていた。剣護は「祭りのことをいろいろ聞かせて」と蓮音に質問することでちゃっかりしっかり蓮音の隣を確保する。


 蒼迅と、香隠はお互いに「なんでお前が隣なんだ!」と思いながらも、蒼迅は蓮音の隣にいく勇気がなく、香隠は女二人で歩いていると絶対に下衆(げす)な男が美しい姫姉様(ひめねえさま)に声をかけてくるだろうと思い、仕方なく蓮音たちの後についていった。


 こんな中でどうやって蓮音と二人きりになれというんだ、香隠があの男をうまく連れ出してくれるとは思えないし、もう四人でよくねえか、姫さんも見ているだけで楽しそうだしなと蒼迅は思う。


 地方のそれほど大きくない町に住んでいる者たちの芸ということもあって、正直苦笑いしてしまうようなものも多かった。それでも、広場で二胡を披露している文人風の男性は人気のようで人だかりができていた。一曲弾き終わると周りの女性たちはわあっと歓声を上げ男性をほめそやす。


 その様子をみて、蒼迅は、「でも、二胡の腕は全然大したことなかったけどな」という。日常的に明鈴の二胡や蓮音の歌を聞いている蒼迅からすると、たいていの演奏は「大したことない」という評価になってしまう。


 蓮音は、「もう、そんなこと言わないの。結構上手だったと思うけど。楽器の演奏ができる男性にグラっときちゃう女性は多いものよ」と返す。


 蓮音としては、一般論として言ったつもりだったが、剣護は目を輝かせながら聞いてくる。


「娘々、あなたも音楽が好きなの?」

「うん、楽器は母に教えてもらった竪琴が弾けるぐらいだけど、歌は好きだし、得意な方かな」

「それはぜひ聞いてみたいな。僕が二胡を弾くから、歌、歌ってくれる?」


 そういうと剣護は魔道具の収納袋から二胡を採り出だして、空いている長椅子に掛けた。


 蒼迅と香隠は、「こいつ、楽器も演奏できるのかよ! この金持ち坊ちゃんが!」と舌打ちしたい気持ちになる。まぁ、でも、せいぜいさっきの男と同じぐらいの腕前だろう、姫さんの歌の引き立て役にでもなってくれと思うことで自分を慰めた。


 二胡を手にした剣護の姿を見て、それまで文人風の男に群がっていた女性たちは一斉にこちらを振り返り駆け寄ってきた。


 剣護の奏でる二胡の音は、深くて艶やかでよく響き、抒情的で、彼の容貌を引き立てる美しいものだった。聴いている女性たちはみな、魔法にでもかけられたかのようにぼーっとなった。名演を聴きなれているはずの蓮音でさえも、彼の容姿であの音色を聴かされ、グラっときてしまう。


 一曲弾き終わると、剣護は蓮音を見て白い歯をみせる。今度は子どもがよく歌う数え歌を演奏しだした。もちろん、蓮音も子どものころからよく口ずさんでいた歌だった。演奏しながら、剣護は「歌って」と言わんばかりに蓮音の目を見ながら頷いた。


「一つ 日暮れのお空にお月様  二つ 二人はその手をつなぐ 

 三つ みんなで帰らねば  四つ よいこは知っている 

 五つ いつもの五つ星がささやく  六つ 昔のそのまた昔の言い伝え 

 七つ 泣く子はいないかと  八つ 山の向こうの闇夜から 

 九つ 黒衣を纏った鬼たちが  とお 遠くの異国につれさるの」


 武人でもある蓮音の声は美しいながらもハリがあって、人が多い中でもよく響いた。演奏が終わると、周りからは大きな拍手が巻き起こった。それもそのはずだ。なんだかんだ言って蓮音は彩華国では歌姫とよばれているのだから。今日、この場にいてこの演奏を耳にできた町人たちはとても幸運といえる。


 気が付いたら二人の演奏を聴いていた観客たちに囲まれてしまい、蒼迅たちの姿が見えない。


「行こう」


 剣護は素早く二胡をしまうと蓮音の手を引いて人だかりを抜けた。


 護衛を巻いて二人で町を走って逃げるなんて、罪悪感を覚えながらも胸が小躍りする。歌ったあとに走ったせいか、ワクワクだけでなくドキドキもした。


(このまま、本当にどこかに連れ去ってしまってほしい)


 こんな時間がずっと続けばいいのにと蓮音は手を引かれ、走りながら密かに願った。



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