第15話 鬼姫様の落とし方
それからというもの、剣護は毎日のように蓮音に服と装飾品を花を添えて贈るようになるのだった。
これをどうすべきか、皆は悩んだ。というのも、彼にはずっと想い続けている女性がいると本人がはっきりと言っていたからだ。ほかに好きな女性がいるのに、なぜここまで蓮音に執着するのかがわからない。単にその女性の代わりなのか、それともその女性とは別に蓮音自身に狙いを定めているのか。
あの男の本心が何なのか、蓮音の安全のためにもその腹を探る必要がある。
「お話があります」と明鈴たち女性三人は、蒼迅たち男性の部屋を訪ねていた。
「隊長は、このままで本当によろしいのですか?」
「何がだよ?」
「まずは姫様が皇帝に嫁ぐための旅路にあるということですわ」
「……。仕方がねえだろう? 国の行く末も絡んでるとなると俺にはどうすることもできねえ」
「それだけではない。あの男の存在をお前たちはどう見ているんだ?」
香隠はもっと単刀直入だ。万梅も男性陣に質問を投げかける。
「ずっと好きな女性がいるって言っていましたけど、それ本当だと思いますか?」
「んなこと知るかよ」
投げやりな蒼迅に対して、海遠はまともな意見を述べる。
「それは本当だと思うな。少なくとも嘘をつく必要性がないからな。あれだけの容姿と金と自信があるんだ。姫を落とすのにわざわざ別の女性の存在を匂わせたりはしないよ」
「あの話の女性と言うのが、姫姉様だって可能性はないか? わたしも姫姉様に救われて、それ以来こうして心底敬愛している。お前たちだってそうだろ?」
香隠が実はものすごく鋭い指摘をすると、ガクや万梅がうんうんと頷く。
「そりゃねえな。俺はお前らよりも姫さんとの付き合いが長いが、あんな男には会ったことねえからな。ただ、あいつをこのまま放置するわけにもいかねえよな」
「ガク、あいつ、ちょっとこわい。でも、あいつ、ひめに、わるい感じ、ない」
ガクは獣人の本能なのか、なんとなく相手の敵意や悪意を感じることができるらしい。だが、少なくとも今の李益からは蓮音に対する害意は感じていないというのだ。蓮音に対する剣護の気持ちは好意の塊なのだから、当然と言えば当然だ。
「確かに、あの男の動きと言い気配と言い、ただの商人のものとは到底思えない。エリック、貴様どう思う?」
「おっ、私ですか? 確かに彼の持ち物はすべてが貴重な珍しいものばかりで素晴らしすぎます! 当然ただものではないでしょう。おそらく彼は、ただの商人ではなく…………」
「ただの商人ではなく、なんだ?」
なぜかもったいぶるエリックに香隠は次の言葉を促す。
「すごい商人なのでしょうね!」
「…………貴様に聞いたわたしが間違っていた……」
「一つ朗報ですわ! 先ほど姫様は、政略結婚よりも愛を選ぶとおっしゃいました。つまり、この旅路で好いた殿方ができれば、皇帝とは結婚しないということですわ!」
「皇帝も、他の男の手垢が付いた女を皇后にはしないだろうからな。まあ、人質にはされそうだけどね。でも、とりあえず姫が好きでもない男と結婚させられるのは阻止できるってことか」
「じゃあ、明鈴様と海遠さんはあの男に姫様をこのまま口説き続けてもらえばいいって思っているんですか?」
万梅は不満そうだ。
「まさか! わたくしはみなさんに頑張れと言っているのです。幸い、明日は恋人の祝祭ですわ。姫様の御心を動かすいい機会だと思いませんこと?」
「よし、わかった! わたしも、姫姉様にお好きな花を奴よりもたくさん贈るとするか……花について教えてくれ、明鈴!」
「香隠、あなたの気持ちもわからなくはないのだけれども、ここは炎刃隊を代表して、隊長に頑張っていただくというのはどうかしら?」
みんなに頑張れと言っておきながら、明鈴は蒼迅を名指しで指名する。
「なんで俺が? こいつでもいいだろう?」
「なんで貴様が? わたしでもいいだろう?」
蒼迅と香隠はほぼ同時に反応した。
「知ってんだろ、明鈴。俺は、あの手の祭りは苦手なんだよ……」
恋人の祝祭――七夕伝説にちなんだ祭りで、簡単にいうと賑やかな祭りの中で、男女が想い人に贈り物を送りあう日である。その前日からすでにどこの町や村でもいつも以上に華やぎ、そわそわとした空気がただよっていた。
特に、農村では秋の繁忙期前の一息つけるこの時に、この祭りで恋人となった男女が閑散期に結婚することが多かったこと。若い男女にとって、この日は今年結婚できるかどうかを決める決戦の日といっても過言ではなかった。
少し大きな町になると祭りもさらに活気にあふれ、華やかになる。出店が多く並ぶ大通りには着飾った若い男女が集まり、異性に対して武芸や楽器の演奏など自分の特技を披露するのだ。恋人たちや若い男女だけでなく、全員が日頃の感謝を伝えたい人たちにちょっとした贈り物を送り、感謝を伝える日でもあった。
華陽の都でももちろんこの祭りは大々的に行われている。この日は、炎刃隊の面々も祭りを楽しんでいるのだ。例えば、海遠は女性たちにちょっとした装飾品をばらまいて回っていたし、ガクはお祭りの屋台で出される串焼きを大量に買っては自分も楽しみつつ皆に配ってまわっていた。
蒼迅はというと、実は毎年蓮音に贈り物を用意していた。だが、一度も渡せたことがなかったのだ。いざ本人を目の前にすると、普通の男が普通の女子に贈るようなものを渡したとき、蓮音がどのような反応をするのだろうかと考えるとどうしても怖気づいてしまうのだ。
その上、今はあの男がいる。洗練された高価な贈り物に、常に花を添えてこれでもかと蓮音に贈りまくっている中で、一体蓮音に何を送ればいいのだろうか。どうしたら彼女の気を引けるのか、蒼迅には全くわからなかった。
「そうですわね。贈り物は必ずしも物である必要はないと思うのです。姫様がお喜びになることを一緒にしてさしあげるのはいかがでしょうか?」
「姫さんが喜ぶことって、手合わせとかか?」
「……。ごほんっ。確かにそれもお喜びになるでしょうが、お二人でお忍び風に町を歩かれては? まるでここでしか会えない二人の逢引のように!」
蓮音は祭りが好きだが、ここ数年は街に出てはいない。というのもただでさえ人出が多い中に彼女が出ていこうものならば、街中大混乱になると思っていたからだ。蓮音を祭りに連れ出してあげたら喜ぶのは間違いなさそうだ。
普段できないようなことをする。これはお姫様にとってはとても効果的な贈り物になるに違いない。そしてそれを叶えてくれた護衛を異性として意識するようになれば……。明鈴にとっては完璧な作戦だ。まずは皆で祭りに繰り出し、隙を見て蒼迅が蓮音を連れ出し、二人で祭りを楽しむことになった。




