第14話 初恋は実らない?
一行は休憩所の茶屋に到着した。各自席に着くと、甘酸っぱい酸梅湯で喉を潤し、蛋巻(エッグロール)をつまんだ。暑い夏には爽やかな飲み物とほどよい塩気のある茶菓子がよく似合う。
一息ついたところで、珍しく海遠が剣護に話をふった。
「李公子。キミはずいぶんと女性慣れしているようだけど、一体どこでその技術を学んだのかな? キミほどの男だ。口説き落とせなかった女性なんていないんだろう? ぜひその武勇伝を聞かせてほしいな」
その言葉を受けて、皆の視線が海遠と剣護に集中する。剣護は一瞬ムスっとした表情になったが、少しして口を開いた。
「そんな人はいない」
「おお、さすが! 百戦錬磨ってわけだね」
「違う。今まで女性を口説き落としたことなんて一度もないと言っているんだ」
(えっ、どういうことだ? 女のほうから勝手に寄ってくるから口説く必要がないってことか? くー、こいつめ……!)
剣護が以外にも素直に答えてくれるものだから、海遠も意地悪く突っ込み続ける。
「いやいや、そんなわけないでしょう。ご謙遜を。もしかしてキミから好きになった女性がいなかったということかな?」
「……。違う。子どもの頃からずっと好きな人がいる。だけど、いろいろあってしばらく離れている間に、その人は別の男と結婚することになってしまったんだ」
「えっ!」
意外も意外な剣護の答えにさすがにみんな声を上げてしまった。それまで意地悪く突っ込んでいた海遠はなんだかバツが悪い。
「それは、とても……なんというか残念ね。その……その女性は政略結婚でもするの?」
蓮音は、剣護の境遇が自分の今と重なり、思わずそう質問してしまった。剣護は蓮音の目を見て答える。
「そうだ。相手はまあ身分だけは高いから……」
「そう……。この国はそうでもないけど、王侯貴族にとって政略結婚は割と当たり前のことだから。その人はあなたの気持ちは知っているの?」
「いや、知らない。気持ちを伝える前に結婚が決まってしまったから」
「そう、そうなの……」
二人のやり取りを聞いていて、今まで剣護に対して悪印象しか抱いてなかった蒼迅は、彼の境遇が今の自分と重なりなんだか哀れになってきていた。
(あいつ、顔もよくて金持ちでなんでも思い通りにしてきたんだろうけど、一番欲しかったもんが手に入らなかったのか。もしかして、今までやたらと姫さんにちょっかいを出していたのは好いたその女の代わりだったのか? あの服や簪もその女に送りたかったのか?)
「娘々、あなたも貴族のご令嬢だけど、もし政略結婚しないといけなくなって、その時にあなたを慕っているという男から思いを告げられたらどうだろうか? やっぱり迷惑だろ?」
恋とは無縁の世界で生きてきた自分が、まさかこんな美男子の恋愛相談を受けるとは……と蓮音は思いながら、わが身に置き換えて一生懸命考える。
「う、うーん。迷惑ではないとは思うのだけど、政略結婚の相手に対して何の情もなく、一方で自分を想ってくれている人のことを少しでもいいなという気持ちがあったならば、気持ちが揺れてしまうかも」
蒼迅たちは「姫さん、そうなのか……! というか、気になっている男がいるのか!? 一体誰だ?」と内心で思う。
「香隠、あなたが今の話の立場だったらどう思う?」
皆の意見を聞いてみたほうがいいと考えたのか、蓮音が香隠に問いかける。
「えっ、わたしですか!? そ、そんなの……(好きでもない男……ハッ? 殺す。と姫姉様だったら、絶対に姫姉様がいい!)、迷わずに愛する人を選ぶ!」
「それは、ちょっと意外かも」
蓮音は「誰が香隠の愛する人なのだろうか?」という目で仲間の男性陣の顔を順番に見た。視線を向けられていることに気が付いた蒼迅たちは、「その女の愛する人は間違いなく姫様、あんただから……」と思った。が、口に出すと殺されそうなので黙っている。
明鈴と万梅は次は自分に質問されると思って何と答えようかと考えていたが、蓮音は二人に聞く前に勝手に答えを出してしまった。
「参考になるかわからないけれども、三対一で迷惑じゃないというのがわたしたちの意見かな」
「なぜ、わたくしたちの意見を全部聞かれる前に三対一とおっしゃるのですか?」
明鈴が不思議がって尋ねる。
万梅は「ふぅー」っとため息をついたあとで「お嬢様は、明鈴さまが迷惑ではない、わたしが迷惑だと言うと考えられたのですよ。まぁ、わたしの場合は確かにその通りですが。愛に生きようとして酷い目にあった妓女たちを散々見てきてますからね」と言った。
「ごめん、明鈴。万梅の言う通り、今のあなたは迷わず愛を選ぶと思って。違った?」
「はあ、残念ながら、お嬢様のおっしゃる通りですわ。愛は何よりも尊く、大切ですもの! そうですわよね、隊長」
「えっ、なんで俺? 俺は、まあどっちでも好きにすればいいんじゃねえの? めんどくせえし」
「嫌ですわ、隊長……。例えば、わたくしはこの国の王女、蓮音姫様にも愛に生きていただきたいと思っていますのよ。帝国なんてくそくらえですわ」
「明鈴ちゃん、言うねぇ。まぁ、ボクらが意見できることじゃないけどさ、ボクも同感かな。我が国の姫君にだってこの国の一人の女性として幸せになってもらいたいよね」
すると、明鈴や海遠たちの会話を放っておいて、剣護が蓮音に質問をする。
「それじゃあ、娘々は政略結婚よりも愛を選ぶということ?」
「うーん、わたしは今好きな人がいるわけじゃないけど、でももし、そういう人がいるならば、政略結婚はしちゃいけないと思ってる。いくら政略結婚だったとしても、心の中で別の人を想っているなんてよくないかなって」
蓮音の言葉を聞いて、剣護の顔がパッと明るくなる。
「そうか、そうだね! まぁ、あなたの周りには今までこんな奴らしかいなかったんだ。それじゃあ恋に落ちようもない」
「なんだと! お前、また調子に乗りやがって! 失恋したお前にちょっと同情してやってた俺がバカみてーじゃねえか」
「完膚なきまでに振られている状態のあんたと一緒にしないでくれ」
蒼迅と剣護のやり取りをみて、蓮音はくすっと笑った。そして、いつもの減らず口の剣護が戻ってきたことになぜかほっとしていた。




