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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第12話 少女からの大切な贈り物

 傷だらけの少年は、幼いながらも(たくま)しい少女に手を引かれて山を下りた。少女の手は小さくてやわらかくて、とても温かかった。もといた村には戻りたくないと思っていたが、彼女が案内してくれたのは全く別の村だった。戦禍(せんか)か略奪に巻き込まれた後なのか、壁や屋根に穴が空いていたり、傾いてしまったりしている家も多く、少年が住んでいた村よりもさらに状況が(かんば)しくなさそうだった。


 それでも村の道端に行き倒れている者はなく、何軒かの家々からは炊事のための煙が立ち上っているのを見ると、貧しいながらもどこか温かみを感じる場所でもあった。


 村の奥には簡素だが建てられたばかりの小屋と作りかけの小屋が二軒建っていた。完成している小屋の中には衰弱した人や親のいない子どもたちが集められているようだった。どおりで行き倒れの貧者(ひんじゃ)がいないわけだ。


 少女が村に戻ると、端正な顔立ちで青みがかった髪の”先生”と呼ばれている男と”二の母上”と呼ばれている細身で金髪の男が出迎えてくれた。少女が事情を説明するとすぐに先生が少年の傷の手当てをしてくれた。


 一方、二の母上と数名の子どもたちは少女が持ち帰ったあの熊やキノコ、山菜などを使って調理を始めた。少女によると、この者たちは山賊「食べちゃうぞ団」の一員で、彼女の手下らしい。


 半時もしないうちに無精ひげを生やした大柄な男が丸太を載せた台車を引いて戻ってきた。


「うまそうな匂いだな。おっ、今日は熊鍋か! さすがは(あね)さん、俺の愛弟子なだけあるな。はっはっはっはっ」


 少女の”師匠”にあたるらしい男は、少女の紅い髪をくしゃくしゃっと()でると豪快に笑った。


 ちょうど食事の支度ができたので、まずは病人に食べさせた後、山賊団で鍋を囲んだ。山賊団は、少女と先生、師匠、二の母上のほか、親や親戚がいない八名の子どもで構成されていた。食事の時、少女は少年のことを山賊団の皆に紹介してくれた。


「お前たち、よく聞きなさい! わが『食べちゃうぞ団』に新たな仲間が入った! 名前は……」


 そういえば、ひどい話だが少年は自分の名前がわからないと言っていた。彼に名前を付けてあげる約束だったなと少女は思いだした。


「名前はあとでわたしがつける! それまでは、九番目の手下だから、九郎(ジゥラン)と呼びなさい。みな、仲良くするように!」


 少年にとって、この山賊団での生活は夢のようだった。ここでは食べ物がなくてお腹を空かせる心配もなかったし、姐さんたちが守ってくれているからか、誰一人として少年を罵倒(ばとう)し、暴力を振るうものもいなかった。


 山賊というのはほとんど名ばかりで、「食べちゃうぞ団」の主な仕事は、病人の治療、村の家々の補修、農地の整備、それから魔獣がでるあの山からの食料の調達だった。


 数日もするとあれだけ深かった九郎の傷もかなり回復して普通に動けるようになったので、彼も食事の支度や壊れた家の補修を手伝って過ごした。そのうちに、少女が山に狩猟や採集に行くのも手伝うようになった。


 少女と師匠によると、九郎は体も強く力もあって武術の才能があるというのだ。時間が空いている時には二人が武術の鍛錬もしてくれるようになった。今はまだ二人の足元には遠く及ばなかったが、いつか本当に強くなって少女と一緒に魔獣を狩りたい。そして今度は自分がこの少女を守りたい。少年にはこの先生きていくための明確な目標が初めてできたのだ。


 ある時、狩猟と採集のため、二人で山を歩いていたら少女が話しかけてきた。


「あ、そういえば、あなたの名前、考えないとね。うーん、何がいいかなぁ。九郎の好きなものは何?」


 少女に聞かれて、少年は心の中で「ぼくが好きなものは、(あね)さん、あなたです」と答えたが、さすがに口に出せない。少年がうつむいて黙っていると、少女は「この子は今までずっとひどい目にあってきたから、好きなものがわからないのかもしれない」と考え、質問を変えた。


「じゃあ、九郎がこれからやってみたいこととか、夢はある?」


 少年は顔をあげてじっと少女を見つめると恐る恐る答えた。


(あね)さんや師匠のように強くなって、大切な人を守れる人になりたいです」


「わぁ、それはとってもすてきね! すごくいいと思う! 強くて護る人だから……えっと、そうだなぁ、あっ、剣護(ジェンフー)なんてどう? 剣を手に取って誰かを護る人って意味だよ。剣護はわたしの手下だから、姓は(ホン)がいいかな」


 そういうと、少女は蓮の花の刺繍が入った綺麗な手巾を取り出すと木に押し当てて、そこに「紅剣護」と書いた。筆をしまうと文字がよく見えるように手巾を両手でもって見せてくれた。


 少年の顔はぱっと明るくなった。剣を手に取り紅い髪の少女を守る者、それが自分の名前なんだ、そう思うと心臓がバクバク音を立てた。


「はい、それにします! それがいいです!」

「じゃあ、紅剣護。改めてよろしくね」


 少女は手巾を剣護に渡すと握手を求めるように手を差し出した。少年は、「よろしくお願いします」といって大切そうに少女の手を握った。


 その日以来、剣護はさらに武術の鍛錬に励んだ。それと同時に先生から文字も習うようになった。ここでは紙は貴重だったので切った薪の断面に文字を書いて学んだ。村にいたほかの子どもたちも一緒に文字を学んでいたが剣護は群を抜いて熱心で習得も非常に早かった。それでも、あまりにも高い目標を持っていた剣護にとっては自分の無学っぷりが口惜しくてならなかった。


 そんな姿をみて、少女こと紅姐(ホンあね)さんがまた手助けをしてくれた。彼女が文字を学ぶときにどうしたのかを教えてくれたのだ。少女は懐から「好きなこと、やりたいこと 二冊目」と書いてある冊子を取り出した。


「難しい勉強の本を覚えるのって大変だし、おもしろくないでしょ? でも、自分の好きなことややりたいことだったら何が書いてあるのかすぐにわかるし、見ていてもわくわくするから早く文字を覚えられるんだよ」


 そういって彼女は文字が書いてある紙をめくる。まだ何も書かれていない白紙の部分に大きく、


「紅 剣護 強くなること 大切な人を守ること」


と書いたうえで、剣護に渡した。


「『ホン ジェンフー つよくなること、たいせつなひとをまもること』ここに書いてあることだよ、剣護も読んでみて」


 そう促されて剣護は文字をなぞりながら何度か読み上げた。


「最初のほうはわたしが書いて使ってあるけど、まだいっぱい白紙が残っているから、これあげる。これからはここに剣護の好きなことややりたいことを書いていって。それでそれを見て文字を勉強するの。いい方法でしょ?」


「でも、これ、もらっちゃってもいいの? 紅姐さんの好きなものややりたいことも書いてあるんでしょ? 困らない?」


「大丈夫。わたしはまた別のに書けばいいから。じゃあ、こうするのはどう? 剣護がいっぱい勉強して、ここに書いてあることがわかるようになったら、わたしのかわりにそれを叶えるの。そうだな、この辺がおすすめだよ」


 そういって少女は自分が書いたやりたいことにいくつか印をつけた。


「わかった。ぼく、頑張ってもっと勉強して、強くなって、姐さんとの約束を守ります」

「うん、がんばってね。約束だよ」


 少女は白い歯を見せてにっこりと笑った。


 名前、生きていくための目標、少女のやりたいことを叶えること。紅姐さんを名乗る紅髪の少女は九郎にとても大切な贈り物を与えてくれたのだった。

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