第10話 あなたのような花、花のようなあなた
翌朝、朝餉を食べ終えた蓮音たちは、出発の準備をしていた。
蓮音、明鈴、エリックの三名が馬車に乗り、御者台には海遠が座る。蓮音は馬に乗りたがったが、乗馬が得意ではない明鈴が、「姫様を差し置いてわたくしたちだけで馬車に乗るなんてできませんわ」というので馬車に乗ることを余儀なくされたのだ。
待ち合わせ場所の山門の近くには、剣護が遠目にもわかるほどの大柄で立派な軍馬に跨り、一人で待っていた。
蒼迅は、「あいつの荷馬車を引く馬が駄馬だったら文句をつけて置いて行ってやろう」と思っていたのに完全に出鼻をくじかれてしまった。が、これはこれで突っ込めると思った蒼迅は、剣護に駆け寄り嫌みを言う。
「お前、商人だっていってたじゃねえか。仕入れた商品を積んだ荷馬車はねえのかよ。まさか、昨日散々話していたのは噓だったのか?」
「ああ、それならばもちろんある。ここに」といって彼は馬の背に括りつけてある煌びやかな袋を指した。
「くははははっ! お前、あんだけ自慢していたのに長旅で仕入れたものはたったそれだけかよ。よっっっぽど貴重な玉でも入っているんだろうな。ああ、こいつはすげえな!」
蒼迅が大声で嘲笑していると、蓮音とエリックが馬車から下りてきた。
「おはよう、李公子。これからよろしくね。って、ええええっ! この馬って、もしかしてもしかすると汗血馬!? 実物は初めて見る!」
剣護は馬から下りて答える。
「そうだよ。昨日少し話しただろ。北西の平原で手に入れたんだ。こいつの名前は嵐絶。よかったら、ちょっと乗ってみる? こいつはかなり気性が荒いのだけど、僕が手綱を握ってさえいれば大丈夫だから」
「ええ!? いいの? ぜひぜひ! ちょっとだけ撫でてみてもいい?」
「どうぞ、ご自由に」剣護が馬を引いて蓮音の近くに連れて行こうとすると、
「お嬢、それは許可できない! 気性が荒いって言ってたろ? 怪我でもしたら大変だ!」
ご多分に漏れず、蒼迅が反対する。
「彼が手綱を握っているんだから大丈夫だって!」
「お嬢様、何言ってるんですか! この男がその馬に乗ってあなたを連れ去ったらどうするんですか!? わたしらの馬じゃ追いつかないんですよ?」
万梅も反対する。
「だいたい、お前のようなクソ弱い商人ごときが本当に乗りこなせてるのかよ。信用できん」
今にもつかみかかりそうな蒼迅を見て、「まあ、まあ、落ち着いてください」と言いながらエリックが近づいてくる。
エリックは昨夜食事会に参加していない。というのも、マイペースな彼は蓮音がいなくなったと聞いても「あの人のことだからどうせ狩りにでもいったのでしょう? お腹が空いたら戻ってきますよ!」と全く気にせず自室に戻り、一人で食事も済ませてしまったのだ。
後から剣護の話を聞いて、彼は俄然その男に興味を持った。そもそもの自然環境が過酷なうえ、魔族や亜人の集落ができたと思ったら衰退するのを繰り返している大陸の中央部は、古代魔法王朝の遺跡が多数あるというのに、探索が相当困難な場所なのである。
李益という男はそこを旅してきて、珍しいものを多数手に入れたというのだから、エリックの知らない魔法書や魔道具を持っているかもしれない。皆は危険な男だというか、ここはぜひその男に恩を売って、彼の持つ魔法書か魔道具を譲ってもらいたい。蒼迅たちに追い出されてしまっては困るのだ。
「まあ、まあ」と蒼迅の肩に手を置こうとしたとき、エリックは李益の馬の背に括りつけられている魔法陣が幾重にも描かれている袋に気が付いてしまった。
「ちょっ、これは!!! もしや、世界に20個も現存していないという古代魔法王朝の遺品、特別限定品の異次元収納鞄だったりしちゃったりするのですかーーー???」
エリックは鼻血を吹き出してぶっ倒れそうになる。
「そんなにすごいものなの?」と蓮音が聞くと、
「名前はよく知らないけど、この中には蔵一つ分ぐらいの荷物を収めることができるようなんだ。仕事柄、重宝しているよ」
と何でもないことのように剣護が答える。
「あの、あの、あの、一度でいいので触れてみてもいいでしょうか!?」
鼻息の荒いエリックを無視して、剣護は鞄についているいくつかの宝石をなぞるように触れると中に手を入れた。
「娘々、これをあなたに」
剣護は、花びらが幾重にも重なり可憐ながらも王者を彷彿とさせる紅い大輪の花を中心に据えて作られた大きな花束を差し出した。
優美な花の姿に見とれた明鈴と万梅は「まあ」「わお」と心から感嘆の声を漏らした。
「はな、きれい、おじょうさま、みたい」ガクも素直な感想を述べる。
「えっ、これをわたしに? これは何の花? 牡丹じゃないよね?」
蓮音は新たな花との出会いに嬉しそうに頬を紅潮させた。馬車の中から様子を見守っていた明鈴はあんぐりと口を開けたままでいる。エリックは収納袋から物を取り出すところをみて興奮し、さらに鼻血を吹き出す。蒼迅、海遠、香隠、万梅は色男の露骨な行動に対して白眼視した。
「ダリアという種類の花で、これは”紅き花姫”という名の品種なんだ。花言葉は、『優美・華麗・感謝』だよ。大陸中央の高原にある小国で手に入れたんだ」
剣護が淀みなく説明をする。
「へぇ、ダリアっていうんだ? すごく華やかできれい。ありがとう!」
「うん、花言葉の通り、優美で洗練された姿があなたによく似ているだろ? それと昨日助けてくれたお礼も含めて、これを渡したいと思ったんだ」
そう言って剣護はまぶしい笑顔を見せた。蓮音はなんとなく気恥ずかしくなって花の香りを確かめるフリをして大輪の花で顔を隠した。
八重咲の花弁の色は蓮音の髪色によく似ていた。さらに中央にあるガクは翡翠色をしていて、これもまた蓮音の瞳の色と似通っていた。それもそのはずだ。これは剣護が蓮音を想いながら品種改良して生み出し、名付けた花なのだから。
「お、お前! 陳腐な方法でお嬢を口説こうとしやがって、この色ボケ男が!」
「昨日もお話ししましたが、親しいわけでもない女に花を贈る男にはろくな奴がいません! 喜んでは相手の思うつぼです! お嬢様、騙されちゃダメです!」
蒼迅と万梅が全力で剣護を非難する。
「も、もう一度、物を取り出すところを見せてください! できればしまうところも見てみたいです!! お願いします!!!」
エリックは皆に無視され続けながらも自分の意志を貫き通すのだった。




