episode 4 『危険が親近を仲介する 前編』
俺達はロルの村の南西にあった宿を出てから、南東にあった装備屋に行き、それから東方へ行けば、この村から出られるはずだった。この村は山脈に全方位を囲まれているから、出られるのは整備されたトンネルのある、東と北の山の麓だけだ。
だが、そうは上手くいかないことは分かっていた。
装備屋を出て暫くユウリと話しをしながら歩いていた。どの内容も俺にとっては初めてではないので、なるべく俺から、俺の知らない話題を振るようにした。
俺も懐かしさのせいで話に夢中になっていたので、あの出来事を忘れていたのかもしれない。
俺はふと視線をユウリから外すと、何かがこちらへ走ってくるのが、見えた。距離が近くなるにつれて、その姿ははっきりとしてきた。俺の視線の移動に伴ってユウリの視線もそれに移ったようだ。
それは、涙を流しながら走る一人の少女、金色の長い髪を持ち、なびかせ、その緑の瞳は涙に伴って輝きながらも、色を失おうとしていた。
「だれか!助けて!だれか!」
ユウリはその言葉を聞いて、俺を置いて走り出した。俺は、知っていたから、驚きは最小限だった。
「どうしたの。何かあったの。お母さんはいないの?」
「お母さんがぁ!お母さんがぁ!あああぁぁ」
一度目のときはこの状況にさすがの俺も戸惑ったが、今は事情を知っている。知った上でこの状況を傍観すると、何か込み上げてくるものがあるものだ。
「落ち着いて。私にゆっくり話してごらん。私達がなんとかするから。」
俺もそろそろユウリのサポートをするべきだ。
「お嬢ちゃん。お母さんが何かに襲われているのか?」
勿論知った上での質問だ。なるべくこの子を刺激しないようにしよう。
「あのね、、黒い竜がね、、、、、お母さんをさらって南の方へ飛んでいったの。お母さん、私だけでもって、突き放して、誰かに助けを求めろって、、」
「黒い竜。タロウさん、もしかして昨日倒した邪竜の仲間でしょうか。」
「その可能性が高いな。仲間を倒されて怒っているのかもしれない。いずれにせよ、この子を放っておけないな。ユウリ、予定変更だ。この子の問題をまず解決しよう。」
「タロウさんが言わなくても、私はそうするつもりでしたよ。」
「ありがとう、、お姉ちゃん、あとお兄ちゃん。」
「タロウさんはついでみたいですね。」
ユウリは少し笑ったが、すぐに真剣な表情を取り戻した。
この少女と母親を襲った竜の正体は、実は一回目の戦闘では、はっきりと分からなかった。ユウリの言うとおり、邪竜が倒された腹いせと考えるのが合理的だが、竜は会話ができるわけではないので、真実は不明だった。
しかし、一つだけ覚えていることがある。この後の竜との戦闘で、ユウリは右足を痛めることになる。原因はたしか、竜の炎のブレスで足を少し火傷して、その痛みで走り出せなくて、竜のスタンプをもろに受けたことによる。このユウリの怪我は、後々大きく響くことになる。
しかし、俺がここで手を出していいのか、正直グレーゾーンだ。
もしこの二度目の人生が、過去に戻っているものだと仮定すると、俺の行動は過去改変にあたる。それは何か別の形で、辻褄を合わせのアクションが起こることを考慮しなければいけない。
やるとしても、最小限だ。大きな行動は起こせない。
「それでもいいよ。お嬢ちゃん、どの方向か、具体的に指で指してくれるか。」
そういって、少女は南、というよりも南東の方向を指した。その方向には、この村を囲んでいる山脈の一つである、バーレン山脈が見えた。その山脈の中腹には、地上に竜の巣窟があり、普段は誰も近寄らないほどの危険区域だ。昨日二人で邪竜を倒したとはいえ、ユウリの怪我を経験している以上、楽観視はできない。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんお願い!お母さんを助けて!いくらでもお礼はするから!」
「ああ、俺達にまかせろ!お嬢ちゃんは心の中で俺達を応援していてくれ。」
「大丈夫。私達がきっと助けるよ。だからちょっと待っててね。」
どちらかと言えば、この少女にはユウリの安全を願って欲しいが、それは俺だけが言えることだ。
この二度目の人生で、変えられることは変えてみせる。
かつて人にチャンスを与えた俺が、チャンスを貰ったんだ、これを無駄にしたら俺がユウリに言ったことが嘘になってしまう。それを無責任というんだ。
「よし。ユウリ、、なるべく急ぐぞ、」
「そうですね。この子をあまり心配させたくありませんから。」
「ユウリ、移動系の魔法は使えるか。」
答えは知っている。ユウリはこのとき、戦闘系の魔法しか使えなかったはずだ。移動系の魔法を習得したのはあの怪我が原因だ。
「すみません。期待に応えられそうなものはないです。」
実は俺もあのときは移動系は使えず、二人でかなりの時間をかけて走った覚えがある。その疲れも怪我の原因の一つだったのかもしれない。
「じゃあユウリ。悪く思うなよ。」
俺はそう言ってユウリの足に手を当てて、お姫様抱っこの状態にした。こうする選択肢が俺には今ある。
「ちょっと、タロウさん。何をするのですか!」
こういうユウリの反応は中々レアだが、今は気にしている場合ではない。
「エンチャント・プライムアビリティ・敏捷性。」
ユウリは明らかに驚いた表情をしていた。俺は、最後にこの魔法を使った悪魔との戦闘を思い出して気分が悪くなりかけたが。そうして、俺はユウリを抱えて音速の半分ほどのスピードで平野を突き抜けた。
あの少女はこれを見て、別の意味でユウリを同じ表情をしたに違いない。
「タロウさん。あなたは、」
「悪いユウリ、今こう見えて結構集中しているんだ。後にして欲しい。高度な技は高度な精神力を必要とするからな。」
「すみません。でも、あとで色々聴かせてくださいね。」
俺は行動で返事を示さずに、ただ、バーレン山脈の麓を目指した。
この魔法はあくまでも戦闘用に作ったものだから、移動のためだけに用いるのは滅多にない。だから、戦闘以外で魔法が役に立つのは少し嬉しかった。この嬉しさは後々ユウリや、ゼファーが教えてくれることになる。
山脈の麓に着いたのは約40秒後だ。これ以上を魔法で派手に移動すると、竜に気付かれ、村に更なる被害が出るかもしれない。だからここからは慎重に行動する必要がある。
俺もユウリもロングコートをまとっているので、山での移動には不向きだ。
「ユウリ、コートは脱いでおこう。確実にここでは足を引っ張るからな。」
「そうですね。にしてもこの山、竜が近くに居座っているからでしょうか。近くにモンスターがいる気配がまったくしませんね。」
「同感だ。移動するには十分な環境だ。実は、俺はかつてここに来たことがあってだな、近道をしっているんだ。ユウリ、着いてきてくれ。」
無論、そのかつては一度目のときのことだ。竜を討伐した後で、中腹から麓を見下ろしたときに、ある程度この山の構造は把握していた。
俺は、まるで妖精が導いてくれているような要領の良さで、ユウリを導いた。この山の勾配はそこまで大きくはなかったので、暫く走り続けた。
ユウリはとても心配そうな表情を保っていた。それは、あの少女に対するものであろうが、結末を知っている俺は、ユウリへの心配が頭を支配していた。
さらに今回は、俺の魔法で前よりも早く中腹につくだろう。それゆえ、母親が何処にいるのか、そしてどのような状況にあるのか、確定できない。
中腹に近づくにつれて、明らかに異様な空気を感じるようになった。竜の存在はそれほど周囲に影響を与えるのだと、改めて思い知らされた。
そして、竜の巣窟の目の前まで来て俺は足を止めて、竜に気づかれないようにしゃがんで、木と茂みに身を隠した。そこには確かに黒い竜が横たわっている。その翼は光を反射しているようで、強い光沢があった。大きさはあの邪竜とほぼ同じで、顔を見ると、目を閉じていたので眠っているようだった。竜を倒さずに母親を救出することが最善なのは間違いないが、その考えは竜を侮っている。
「ユウリ。母親は見つかったか。」
「そうですね、今のところ分からないですね。後ろに周れば分かるかもしれません。」
「だよな、竜に気づかれないか心配だが、そうするしかないよな。ユウリ、今まで以上に気をつけろよ。」
ユウリは無言で頷き、俺達は足音を立てないように、竜の後ろに周ろうとした。
しかし、これは約束されていた。竜はある一定の範囲、つまりテリトリーに侵入者が現れると、たとえほとんど無音だったとしても気配で気づくらしい。俺達は、その見えないテリトリーに足を踏み入れてしまった。竜は、寝返りにしては大きく身体を動かして、そして、俺達に顔を向けて、その紫の瞳に火を付けた。
「ユウリ。怪我するなよ。」
「わかっています。タロウさんも無茶は厳禁ですよ。」
『ギュアアァァァァ!』
竜が起きたときには、周囲の空気は変わり果てていた。周囲の気体の運動が一気に激しくなったかのように、空気自体が震えている。そう感じた。竜の爪は美しかった、だが、それと同時に、空間すら切り裂いてしまいそうな圧力も感じた。俺達はその恐ろしい爪や翼での攻撃を避け続けて、暫く様子を見た。
「タロウさん!竜の足元に母親がいます!」
「本当か!、ユウリ!俺は、先に竜に近づいて母親を救出する!どうにか竜を陽動してくれ!」
「わかりました!36・追尾炎」
ユウリの放った炎はその名の通り、相手を追尾する。しかも第1体系の中では上位の技であるので、その精度にも期待できる。ユウリはおそらく、竜を空中へ行かせる気だろう。それが最も安全に俺が母親を救出できるから。ユウリの狙い通り、竜は地上では移動が鈍いからだろうか、空中に飛び立って、追尾炎からいとも簡単に逃げ切った。
「よし。さすがだ。05・風速補助」
その魔法と共に、俺は全速力で母親のもとへ駆け寄った。母親はよく見ると気絶しているようだ。実際混乱しないという意味では、被害者は気絶している方が望ましい。俺は、ユウリの陽動のおかげで難なく母親を抱えて、少なくとも竜のテリトリーからは脱出できた。
近くの岩陰に母親を寝かせて、俺はユウリの方へ全速力で戻った。
だが、俺は絶句した。俺がユウリのもとへ戻ったとき、ユウリは竜に今にも爪でその身体に大きな傷をつけられそうな瞬間だった。
これはもしかして、前よりも酷い状況になっているのかもしれない。これがバタフライ効果というものか、と思った。
俺は、イメージを浮かべた。
それは、人が傷つくイメージか、それとも、人が救われるイメージなのか。もうどうでもいい。
あいつが無事でいられる結末なら、俺は文句を言うつもりはない。
そう、イメージが浮かんだ。そして俺の中に火を付けた。そうはさせない。
無詠唱混合魔法・4656・超伝導
そのイメージが浮かんだときには、竜の身体は左から何かに押されているように曲がり始め、凄まじい爆音と共に右へと飛ばされた。
ユウリには傷一つ付いてない。
でも、ユウリの目は俺を見たとき、少し怯えているようにも見えた。
俺ははたしてどんな顔をしていたのだろうか。
竜は俺のその一撃で、、沈んだ。




