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23. 意地悪と嫉妬

 「アロネン伯爵令嬢が私に嫉妬して意地悪をするんです」


 同じクラスの女生徒からそんな言葉を告げられたユリウスは、何度か瞬き、そして固まった。


 ユリウスは常日頃、エーリカの言動を推測しているけれど、女生徒の言葉は予測した事がまったくない事であったからだ。


 しっと………?


 エーリカと嫉妬という言葉が結びつかずに、ユリウスの思考は止まった。


 そんなユリウスの前で、女生徒は弱々しく言葉を続ける。


 同じクラスであるだけでユリウスと親しい顔をするなと睨まれたのだと話しているのは耳に届いているけれど、彼女の話すエーリカは、ユリウスの知るエーリカではないとしか思えずに、何と言葉を返せば良いものか少しも思い浮かばない。


 けれども他の誰かの話ではない。というのもまた明らかで、ユリウスは言葉に詰まった。


 困惑して「勘違いではないか」と返しては見たものの、「………そう…ですね」と悲しそうに俯いた女生徒を放り出すわけにもいかずに慰め、そうしながらも内心ではただただ困惑を深めていた。



 その日の授業は、だからすっかり上の空だった。


 といって。考え込んでしまった。という訳ではなくて、考える糸口を見つけられずにいた。といった方が近い。


 例えば、それが女生徒の勘違いだったとして、何があったのか…と考えようとすると、嫉妬に似た何らかのもの。ということになり。となると嫉妬?とまた困惑してしまう。


 そんな風に一日を過ごし、帰ってからもエーリカの肖像画を見ながら、嫉妬?と考えてみる。


 そこでようやく、エーリカと嫉妬を紐づける事として、ユリウスが時折エーリカに近寄る男子生徒に抱く気持ちに思い当たり、

とはいえ、それはまた違う話だと首を振る。



 結局、困惑だけが胸に残り、そのままユリウスは眠りについた。


  **


 翌日には、流石に困惑する気持ちは落ち着いていた。


 ともかく、トラブルになりそうなのであれば対処が必要で、ひとまず昨日の女生徒の家ーーーホッロ子爵家とアロネン伯爵家の関わりを調べた方がいいのかも知れない。


 ユリウスの覚えている限りであれば、特別な関わりは思い浮かばないけれど、子爵令嬢が勘違いする下地として、何か最近あったという事もありえる。


 そんな事を考えながら、今日も肖像画の部屋でひと時を過ごし、ユリウスは学院に向かった。



 困惑が落ち着けばいつもと変わらない朝で、控室の窓はいまやすっかりユリウスに幸福をもたらす特等席だ。


 時折ユリウスの心に嫉妬が湧き起こるのもここからの眺めがもたらすものではあるけれど、恋に嫉妬はつきものなのだそうだから、それも甘んじて受け入れなくてはならないのだろう。


 それを理解しているからこそ、おそらくはホッロ子爵令嬢の言葉を虚偽ではないだろうかと考える事が出来なかったのかも知れない。


 これまで、エーリカと会話する為に、彼女の嗜好を侍女や教育係から聞き、その会話の傾向から思考を予測した。

 興味を持ちそうな事を調べて、話題を考え、菓子や花を用意してはその笑顔を堪能した。


 幼い頃は、侍従や侍女がそれを主導してくれていたけれど、今ではユリウスが采配してエーリカとの面会に備えている。


 入学前の様に、週に一度というわけにはいかないけれど、窓から毎朝その姿を見られるのだからユリウスは満足だ。


 だから………。


 恋につきものの嫉妬が、エーリカと結びつかない理由など…。



 ユリウスが考えたくなかったのか、それとも思い当たりもしなかったのかはともかくとして。


 エーリカがユリウスに向ける気持ちそのものに、この時、目を向けていたとしたら、違う未来を選び取れただろうか。


 けれども、ユリウスはそれを考え込みはしなかった。


 視線の先にエーリカが現れて、それ以外の何もかもが思考の埒外となったから。


 それはいつも通りのユリウスで、

けれども、エーリカの姿を認めた後で、誘惑する様に心にふわりと舞い降りたものがあった。


 エーリカの姿に嫉妬を重ねてみると、胸がざわりと高鳴ったのだ。



 エーリカが嫉妬を……。


 どうしても結びつかなかったそれを、結びつけた誘惑の熱さに、ユリウスは息を止めた。


 ユリウスは入学まで嫉妬などという感情を知らずにいた。


 しかし今やそれは、どうにも離れていかない感情でもある。


 これまでユリウスはエーリカが嫉妬するなどとは考えもしなかったけれど、だけど、でも、もしかしたらーーー


 それが予測というより願いである事に、ユリウスは目を向けなかった。


 無意識に目を逸らしたのか。それとも本当に少しも思い当たらなかったのか。


 ともかくユリウスは、エーリカの感情が自分に向けられたのだと夢想して、喜びに囚われてしまったのだ。


 ほぅ…と息を吐きエーリカを見つめるユリウスは、

歓喜に包まれて夢心地だった。

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