20. 侍女の驚愕
「…………は?」
ユリウスから驚愕の言葉を聞かされ途方に暮れた気持ちでいた侍従は、ユリウスの傍付きである侍女が自分と全く同じ反応を示した事でようやく安堵した。
けれども、そんな侍従の数刻前の心境を今まさに内心に抱え込まされた侍女は、目を見開いた後に首を傾げ、頬に手を当てて少し俯き、何度か瞬きをしてから、また首を傾げと思考が空回りしている様子が見て取れる。
見て取れる…というか正確に言えば数刻前の自分がそんな心境だっただけの事なのであるが、それを外側に出す事が出来るという事を侍従は少しだけ羨ましく思った。
ユリウスの前で内心を露わにする訳にもいかず侍従は困惑を抑え込むのに必死になったのだ。
とはいえ、これで一人で困惑を抱える事から解放されたのだと侍従はそっと息を吐いた。
「つまり………今まで、殿下は…エーリカ様への想いを恋だとは認識していらっしゃらなかった……ということ?」
言葉で確認しながらも釈然としない口調である侍女の気持ちが侍従には痛いほどよく分かる。
「で…ですが、殿下は自らエーリカ様を婚約者にお選びになって……」
「ああ……あの時は私も驚いたが、エーリカ様を前にしたご様子から恋情であったのかと得心した」
「ええ。あの時は微笑ましくも思ったものです……」
思い返す様に眇めた目が少しだけ遠くを見ているのは、おそらくそんな微笑ましさも長く続けば苦難にもなるのだと、深く思い知っているからだろう。
「………ですが…今までずっと恋だとは自覚していなかった…などという事があるのでしょうか……」
侍女の呟きに共感の息を吐き、けれども口からは反論の言葉を紡ぐ。
「…ああ…だが、殿下はご友人の恋の話を聞いた事で、自らのお気持ちが恋なのではないかと気付かれたのだ」
「………つまり…恋という言葉は知っていても、それとエーリカ様へのお気持ちが繋がっていなかったと…いう事…でしょうか」
「…おそらく……」
侍女はまた考え込む様に首を傾げ、侍従も気疲れを滲ませて視線を落とした。
「……もしかして……」
侍女が考えながら、ぽつりと言葉を落とす。
「……殿下がエーリカ様をお好きだと思っていた我々が勘違いしていたという事は……ありませんよね…」
侍従と侍女は、ユリウスのエーリカへの態度は、恋した相手を前にした気恥ずかしさからのものであると考えていた。
いつまでもユリウスの状態が改善していかない事には頭を抱えていたものの、恋する相手と婚約を結べたという事は喜ばしい事であり、あのような状況で致し方なく探した婚約者だというのに、そんな相手と出会えたのだから大切に関係を育んで欲しいと願っていた。
だからこそ二人は、ユリウスの態度が周囲に不仲だと映らないように、また王子の振る舞いとして不足に映らないようにと力を尽くしたのだ。
けれども、婚約をしてからの年月を身近で見ていた為に、既にユリウスのエーリカへの態度はあれが当たり前の様に思い込んでおり、それを少しでも改善していかねばと思っていたけれど、
そもそも恋心故の気恥ずかしさが原因なのだとしたら、これほどの時間が経って尚、気恥ずかしい気持ちを抱え続けているなどという事があるのだろうか。
ユリウスが恋だと今になって気が付いたのだと聞いて、考え込みすぎた侍女は逆の思考に迷い込んだようだ。
今まで気が付かずにいたのではなく、恋だと気付いた事こそが勘違いで、ユリウスがエーリカへ向けた気持ちが恋ではないという可能性はあるだろうか。
そんな逆説的な思考になってしまった侍女の気持ちも理解出来なくはない。と侍従は思った。
けれども既に一度その思考を通り過ぎた者にとっては、それはただの寄り道に過ぎないと分かっている。
「エーリカ様にお会いした後の殿下を思い出すといい」
言われた侍女がはっとして侍従を見返す。
「恋ですね。ええ。間違いありません」
侍従と侍女は、ほっと息を吐いて頷き合う。
「………つまり…やはり…」
今頃恋だと気が付いたのですね。
言葉にしなかった侍女の思いに、侍従は頷いて返した。
「…もしかしたら、自覚された事で態度の改善があるかも知れない」
侍従の言葉に侍女も頷く。
けれど…。
自覚した故に悪化する可能性も…。
二人ともが、しかし懸念を口にはしなかった。
いずれにしても、今後の状況を注視して、対応を考えていかねばならない。
二人は頷き合って、今後の対応に想いを巡らせる。
これが良いきっかけとなる事を願おう。
侍従と侍女のその願いは、心からのものではあるのだけれど、
果たしてそれは、無事に天に届くであろうかーーー。




