19. 恋というもの
恋……?
ユリウスは、友人の気鬱な様子から、最初はエンシオが何かトラブルを抱えてしまったのだと思った。
だからクヤラ子爵とサルミネン侯爵に関わりはあっただろうかと考えたけれど、トラブルの種になりそうな事は思い浮かばない。
首を捻りながらエンシオの話を聞いていれば、ヘンリクはエンシオが恋をしているのだと言うではないか。
エンシオが、恋が苦しいのだと言う。
婚姻を申し出る事が出来ない以上、仲を深める訳にはいかず、
他の男がクヤラ子爵令嬢に近付く事を見たくはないから、側に行く事も出来ない。けれども、それでも会いたく思ってしまうのだと。
クヤラ子爵令嬢が他の男とダンスをしているだけでも腹立たしかったのだというエンシオの言葉を聞いて、ユリウスははっとした。
先日のダンスの合同授業の日、ユリウスは久々に間近で見るエーリカの姿で胸がいっぱいで、
その後もどうやら無事に授業を終えられた様ではあるけれど、ずっとエーリカを視界の隅に入れ続けていた。
というか、エーリカは自然と視界に入るのだ。見たくて見るというよりも、見ない為にこそ努力が必要で、けれどもユリウスはそんな努力をする必要性を今のところは感じた事はない。
だからユリウスの視界にエーリカがいる事はいつも通りの当然の事なのだけれど、
あの日はいつもと違って胸が少し重苦しいと感じたのだ。
それが何故なのか分からずに、そしてその時は考え込む様な余裕もなくて、
後で思い返しても原因は分からないままであった。
けれどエンシオの言葉でユリウスは、エーリカが他の男とダンスをしている事があの様な重苦しさの原因なのだろうかと思い付いた。
考えてみればユリウスは、エーリカがユリウス以外の男とダンスをしているところをこれまで見た事はなかった。
練習はもとより、ダンスの披露をする場でも、二人で踊る事を紹介代わりの挨拶とし退出する事がほとんどで、だからこそエーリカが他の誰かと踊る機会はない。
ユリウスがエーリカ以外と練習を積んだ様に、エーリカもユリウスが見ていないところではユリウス以外と練習していたのだろうけれど、それを披露…となると、ユリウスがいない場所でエーリカに踊る機会はなかっただろう。
そう考えると少しだけ安堵する様に心が緩み、ユリウスはそんな気持ちを見定める様に見つめた。
エンシオとヘンリクの会話に耳を傾けながら身の内で自問し、二人と別れてからも自身の心に問い掛けを続ける。
それでもその答えに確信を持つ事が出来なくて、ユリウスは侍従に問いを投げた。
「私はエーリカに恋をしているのだろうか?」
「……………は?」
そんな問いを投げつけられた侍従が、内心の驚愕を少しだけ口から溢れ出してしまったところで責められるものではないだろう。
ユリウスももちろん咎めたりはしなかったけれど、見た事がなく狼狽した侍従の反応に目を瞬かせた。
「友人は恋した相手に会いたいのに、会うのは辛いのだそうだ。これは私がエーリカをずっと見ていたいのに、エーリカを前にするとどうしても目を向けられない事に似ている気がする。
しかし彼は婚姻を申し込める相手ではないから恋しているのが辛いのだと言うんだ。
私はエーリカと婚約していて結婚する予定なのだから、違う様にも思うのだが、どう思うヴァルト?」
「………………」
それに答えを返すまでに侍従が時間を要した事も仕方がないと思う者はきっと多い。
侍従の内心は、これまでユリウスが恋だとすら気が付いていなかったのだという事実の前に打ちのめされていたのだから。




