16. ユリウスの学院生活
王立学院に入学したユリウスは、とても充実した日々を送っていた。
学院生となったユリウスには、もう王城の教育係からの日々の課題はない。
だからエーリカの肖像画の部屋に出入りする自由が今のユリウスにはあるのだ。
肖像画の部屋には一日の滞在制限時間が設けられているけれども、とはいえ、一日の大半を学院で過ごすユリウスが滞在制限時間を超過してしまう事などないだろう…とユリウス自身は認識している。
ユリウスは朝の身支度を整えた後、学院へ出掛けるまでの時間を肖像画を眺めながら過ごし、
そして学院に向かうと、直ぐに自身の控室に入り、そして一息吐くのだ。
王立学院では全ての生徒に控室が用意されており、そこには一人だけ従者を待機させる事が出来る。
身分によって割り当てられる控室の大きさや場所は異なるものの、授業の準備などはそこで行う事になるので、言わば学院内での小さな拠点である。
ユリウスは幼い頃から傍にいる侍従をそこに待機させている。
本来ならば、学院で用を頼むくらいの事なのだからと、年若い従者にさせるべき役ではあるけれど、侍従がどうしても自分が学院に共に行くのだと主張したのだ。
その熱意に絆された…というか単純に嬉しかった。いつも傍にいる侍従が学院にも一緒にいてくれるというのは心強い事であるし、本人が希望しているのであればと伴う事にした。
侍従としては、学院でのエーリカとの交流を心配しての事ではあったのだけれど、
少なくとも今のところはそういう意味で手を焼く事にはなっていない。
ユリウスが控室に入るのは、おそらく学院生の誰よりも早いだろう。
人気のない学院を侍従と二人歩き、そして控室に入るとユリウスは窓から中庭を見下ろすのだ。
眼下に見えるのは、美しい花壇と涼やかな噴水。そして整えられた石畳が校舎へと続いている。
そこにひとり、またひとりと学院生が通り過ぎるのを目に映している内に、ユリウスの視線が自然に一人の少女の姿を捉える。
それは意識しての事ではなく、視界の中に彼女が入ると、自然とそこしか目に映らなくなってしまうのだ。
肖像画の部屋での時間が穏やかな幸福であるとしたら、この窓辺からエーリカを見るこの時はユリウスにとって歓喜に包まれるひとときだ。
この例えようのない幸福で身の内側を満たし、そして授業の為に教室へと向かう。
この幸福を享受している以上、授業に真摯に向き合う事は義務である。
もっとも授業は然程難解ではなく、そしてそれはこれまでの教育係の指導の成果であろう。
だからこそ、それらを周囲に還元する事は当たり前の事で、学院生達からの勉強に関しての質問にもユリウスは応えるようにしている。
…だけでなく、雑談に興じてしまう事もあるけれど、それも楽しいひとときだ。
これまでは婚約者がいる身で女性と交流するのは憚られると、あまり女性とは交流していなかったけれど、女性相手のマナーの勉強の成果は日々発揮出来ている。
そんな日々の内で、一番長く時間を一緒に過ごしているのは、侍従を除けばサルミネン侯爵子息エンシオであろう。
幼い頃からの仲であるエンシオと過ごすのはやはり楽しく、頼りにもなる友人だ。
エンシオの友人であるルフタネン伯爵子息ヘンリクが一緒にいる事も最近では増えた。
学院生は皆、ユリウスに好意的に接してくれるものの、やはりどこか緊張した様子でもあるのだ。
けれど彼らふたりはとても気安く接してくれるので、ユリウスも少し肩の力を抜く事が出来る。
幸福で、やりがいもあり、楽しく、息を吐く事も出来る。
ユリウスにとっての学院生活は、この上なく充実していた。




