11. ユリウスと肖像画
ユリウスは私室に飾られたエーリカの肖像画に目を向けた。
絵の中のエーリカが真っ直ぐにユリウスを見つめている事に息を呑み、反射的に視線を横へと逃す。
しばらくそのまま視界の端に絵を置き、大きく揺れた心臓が落ち着いてきた事で息を吐き、それからそろりと視線を絵へと向ける。
絵の中のエーリカは変わらずにユリウスを見ていた。
また心臓が悲鳴を上げた。
何度かユリウスはそれを繰り返し、繰り返すうちに絵を眺めていられる時間は長くなった。
そのうちに日は暮れて、ユリウスは寝支度をして寝台に入った。
けれども目を瞑っても、ユリウスの瞼にはエーリカの絵が残ったままで、いつもの様に眠りはなかなか訪れない。
ユリウスは仕方なく寝台を抜け出すと、隣室のエーリカの絵の前へと向かった。
ぼんやりしたあかりの中でも、エーリカは変わらない笑顔でユリウスを見返してくれていた。
たとえ暗闇だったとしても、慣れた部屋を歩く事くらいは出来るだろう。
けれども多少の明かりはあったとしても、ユリウスの目にどれだけはっきりと絵が見えていたのかは分からない。
ただ、ユリウスは今度こそ目を逸らす事なくエーリカを見る事が出来た。
心臓は高鳴っていて、それは常よりは早いけれど、その中から湧き上がる幸福の邪魔はしない。
だからユリウスは心置きなく絵を見つめる事が出来た。
じんわりとした喜びを噛み締めて絵を見つめ、そして気がつけば朝だったのだ。
ユリウスを起こしに部屋へと入った侍女が、肖像画を見つめている小さな第一王子を見つけてどれほど驚いた事か。
事情を問いただす侍女にユリウスは、寝付けずに絵を見ていたのだと正直に答えた。
そしてユリウスは朝食の後に、少しだけ眠る様にと言われてしまう。
そう言われてみると確かに何だか眠い様にも思える。
ユリウスは言われた通りに寝台へと入り、そしてしっかりと一晩目に焼き付けたエーリカの笑顔を思い浮かべながら眠りについた。
そうして目が覚めた時、私室からはエーリカの絵がなくなっていた。
血の気の引いたユリウスは息を止めたけれど、手を引かれるように連れて行かれた部屋でエーリカの絵と再会し、ユリウスは安堵のあまり座り込んでしまった。
侍従がそんなユリウスを見て、額に手を当てて眉を落としているのにも気づかずに、
ユリウスは失われていなかった幸福に頬を緩めた。
その後、ユリウスが肖像画の設置された部屋に入るのは許可された時間のみになるのであるけれど、
ユリウスは時間が空けば、飽きる事なく肖像画の部屋へと向かったのであった。
**
とはいえ、これでユリウスも婚約者と少しは円滑に対する事が出来るであろう。
そんな侍従の希望は、再びの二人のお茶会で、ユリウスがエーリカから目を逸らせた事で儚く消えた。
幸いを探すとしたら、以前よりはエーリカへ顔を向けていられる様になっている事だけれど、視線は向けられないままである。
このまま時間が解決してくれるのか、それとも次の策が必要であるのか。
侍従は眉を寄せて宙を見つめたけれど、楽天的でいるわけにはいかない事は明らかだった。




