冒険者のアダルトでセクシーな冒険者
夜空に星が瞬く中、一枚の魔法の絨毯が風を切って飛んでいた。その上に座るのは、一人の冒険者。南方新大陸産の葉巻を口に咥えた彼は、指先に灯した火魔法でそれに火を点ける。濃厚で甘い芳香が夜風に溶け込み、彼の周りに漂っている。片膝を立て、絨毯の縁に背を預け、リラックスした姿勢で景色を眺めているその姿は、気楽さと気品を併せ持つものだった。
「さて、魔法の絨毯ちゃんよ。命の洗濯場まで俺を連れて行ってくれ」
彼が気楽に語りかけると、無機物に擬似知性を与えられた魔法の絨毯は軽やかに揺れ、ふわりと速度を上げた。目的地は地上ではない。この世から切り離された空間、異次元カジノ街だ。
異次元カジノ街は、最先端の魔法技術によって作られた歓楽街である。異次元空間を生み出す魔法は非常に高度で、通常は軍事や工業、希少品の保管場所としてしか使用されない。その技術を娯楽目的に使うという発想は、贅沢の極みだった。
魔法の絨毯に座るこの男――冒険者ギルドの「ウルティメイトクラス」に名を連ねる英雄である。冒険者としての最高ランクに到達し、その名声は世界中に轟いている。数多の危険を潜り抜け、数え切れない死線を越えた歴戦の猛者だ。しかし、今夜の彼の目的は、戦いや冒険ではない。彼はひとりの男としての欲望を満たすため、異次元の地へ向かっていた。
彼の装いは、名のある冒険者にふさわしいものであった。稀少なドラゴン革で仕立てられたジャケットは、肩から胸にかけて絶妙にフィットし、動きを妨げることなく耐久性を備えている。ズボンは一見すると普通の植物繊維に見えるが、実は捕食性植物から加工された特殊素材で作られており、その硬度と柔軟性は並みの金属鎧を凌駕する。そして、これらの衣服の下には、数多の戦いで鍛え上げられた筋肉が隠れていた。
逆立つ茶髪のスパイクヘアは夜風になびき、黒い瞳は深い闇を思わせる。見る者を圧倒する猛獣のような目には、遊び心の光も宿っていた。
「さぁ、行こうか――」
遠くに見える漆黒の空に浮かぶ巨大な門。それが彼の目的地、異次元カジノへの入口だ。サイケデリックな色彩で満たされた門は、絶え間なく模様を変え、異世界への誘いを放っていた。
「魔法の絨毯ちゃん、突っ込むぞ!」
絨毯が空間を滑るようにして門をくぐると、視界が一変した。
門の先には、想像を絶する光景が広がっていた。虹色に輝く空には無数の星が流れ、街全体が宙に浮かんでいるかのようだった。街を彩るネオンライトの眩い輝きと、音楽が空間を満たしている。
浮遊するカジノやバー、レストランが軒を連ね、その間を様々な乗り物が飛び交っていた。空飛ぶ馬車、箒に乗った観光客、自力で浮遊する魔法生物――この場所にはありとあらゆる存在が混ざり合っていた。
その中心にそびえるのは、街の象徴である巨大カジノ。その圧倒的な存在感と明かりが、冒険者の男を歓迎するように輝いていた。
だが、男の目を引いたのはカジノの建物そのものではなく、街を歩く客引きたちの姿だった。異世界的な美を持つ彼女たちは、扇情的な衣装を纏い、柔らかな声で客を誘っている。
エルフの女性たちは気品ある佇まいを崩さずに露出の高いビキニアーマーを身にまとい、月光を浴びて輝く滑らかな肌を見せつけている。ドワーフの女性たちは、頑丈な体つきに装飾的な鎧を纏い、その華やかさで目を引く。オーガ族の女性は筋肉質な体に鉄製のアクセサリーを組み合わせた大胆な装いで、危険な色気を放っていた。
「これだよ、これ。冒険もいいが、たまにはこういうのも必要ってもんさ」
男は不敵な笑みを浮かべ、魔法の絨毯を合図で誘導し、巨大カジノへ向かった。
魔法の絨毯が滑らかに着地すると、猫そのものの顔をしたネコ族のベルボーイが笑顔で迎えた。彼は礼儀正しい態度で絨毯を受け取ると、丁寧にそれを巻き上げた。
「お客様,当カジノへようこそ。滞在中はお楽しみくださいませ」
葉巻を吹かしながら男は軽く頷き、輝くカジノ内へ足を踏み入れた。
カジノの中は、まるで別世界のようだった。スロットマシンが光を反射し、大勢の客で賑わうカードテーブルが並ぶ。その先には、舞台で踊る女性たちの姿――すべてが豪奢と娯楽のためだけに存在していた。
まず男が向かったのは、幻覚魔法を利用した冒険アトラクションだ。仮想空間に再現された迷宮で幻のドラゴンを討伐するスリルを楽しみ、続いて向かったカードゲームのテーブルでは、巧妙な心理戦で対戦相手を圧倒した。
彼はスロットマシンやテーブルゲームも存分に堪能し、その都度、勝利の喜びと興奮を味わった。
カジノで十分に楽しんだ男は、勝ち取った金を懐にしまい、静かな余韻を楽しむためにレストランへと足を運んだ。
世界樹の果実から造られた高級ワインが琥珀色のグラスに注がれ、芳醇な香りを漂わせる。その横には、生ハムや熟成されたチーズが並べられ、夜のひとときを彩っていた。
男は椅子に深く腰を下ろし、リラックスした様子でワインを傾ける。濃厚な風味を味わいながら、鼻で息を抜き、静かな時間を堪能していた。
だが、その優雅なひとときは、柔らかな足音によって中断された。
男はグラスを置き、視線を上げる。
そこに立っていたのは、狐の顔を持つ獣人の女性だった。
彼女の艶やかな毛並みは月光を受けて滑らかに輝き、鋭い金色の瞳は男をまっすぐに見据えている。東洋風の妖艶な衣装が身体のラインを引き立て、その佇まいにはどこか冷徹さと洗練が感じられた。
女性は無言で男の正面に腰を下ろし、その鋭い視線を崩さない。
「――オタク、俺をカジノから見てたな?」
男はグラスを指先で回しながら、静かに問いかけた。その声には警戒と興味が入り混じっている。
「おかげで、この街を朝まで楽しむつもりが台無しだ」
女性は冷たくも優雅な仕草で微笑むこともなく、静かに口を開いた。
「あなたに依頼をしたいのです」
男の眉がわずかに動く。
「依頼? それならギルドを通せばいいだろ。あんたは確か大陸東方に本拠を置く大商会のこの国における最高責任者だ。もし依頼が商売仇の暗殺や破壊工作ならお断りさせてもらうぜ。正義にはつゆほどの興味もないが、堅気に手を出す気はない。」
女性はその言葉を静かに受け流し、首を振った。
「そうではありません。商会が独自に発見し、秘匿しているダンジョンがあります。その中に眠る貴重な遺物を持ち帰っていただきたいのです」
男はグラスを持ち直し、ワインを一口含む。わざとらしくゆっくりと味わった後、口角を上げて言った。
「遺物ね……悪くない。だが、肝心の報酬は?」
女性は、まるで準備していたかのように間髪入れず答える。
「前金で1万プラチナム。そして、あなたの好みに合う――スリリングな冒険を保証します。さらに、依頼達成後には――私の体を好きにしていただいて構いません」
その一言で、男の瞳にわずかばかりの興味が灯る。
「スリルが好きなのは俺の性分だ。それなら依頼を受けることとしよう。だが――」
グラスを置き、彼は冷酷な笑みを浮かべた。
「裏切ったら、覚悟してもらうぜ。あんたの命だけじゃなく,商会全体を崩壊させてやる。
女性はその脅しにも動じることなく、冷ややかな笑みを浮かべながら立ち上がる。
「その言葉肝に銘じましょう。依頼についてはこちらの準備が整い次第、後日改めて連絡します」
その背中を見送りながら、男は葉巻を取り出し、火魔法で再び灯した。
「どんなスリルが待ってるのか……楽しみだ」
彼の呟きは、煙とともに夜の空間に溶けていった。
数日後、大陸西方の空を悠々と舞う一体の東洋龍がいた。その姿は、蛇のように長大で流麗な体躯。青緑の鱗は陽光を浴びて輝き、見る者の心を奪うほどの優美さと、圧倒的な威厳を兼ね備えていた。翼を持たず、空気そのものを滑るように進むその姿は、大自然の神秘そのものだ。
だが、この龍は陰陽術の秘術によって完全に制御された存在であり、飼い慣らされた猛獣のように主の命令に従順な存在だった。大陸東方で権力者が用いる移動手段だ。
その背には、豪奢な天井付きの荷台が取り付けられている。特注の魔法技術によって内部は快適に保たれ、気圧や寒暖差も完全に遮断されているうえ、落下の危険性からも魔法で防御策れていた。
その荷台に腰を下ろしているのは二人。一人は、無骨なドラゴン革のジャケットを羽織り、葉巻をくゆらせる冒険者の男。そしてもう一人は、狐の顔をした妖艶な獣人の女だった。
「あなたに依頼したい仕事の詳細を話すわ。」
狐顔の女が切り出した。その声には冷徹な知性と、冷ややかな野心が滲んでいた。
「これから向かうのは、『深緑の魔境』と呼ばれる森よ」
「ここは、大陸でも屈指の危険地帯。獰猛な魔物が多数生息しているけれど、龍の背にいる限り、着陸地点の安全は保証できるわ」
男は葉巻の煙を吐きながら、気怠げな態度を装っていた。しかし、その鋭い眼光は女の仕草や言葉の端々を見逃すことなく追っていた。
「この森には、東方独特の薬効植物が群生しているとの噂があったわ。商会が私兵を送り込んで調査を進めていたのだけれど、そこで偶然、超古代文明の遺跡――ダンジョンが発見されたの」
男は眉をわずかに動かす。
「超古代文明……かつて大陸全体を支配していたやつか。興味深い話だな」
女は彼の反応に気づきながら、言葉を続けた。
「調査の結果、動作可能な『製造プラント』を発見したわ。小型で携行可能、そして魔法と技術が融合した装置。その装置は、現在の技術では作れない特殊な工業製品を効率的に生産できる代物なの」
「ふぅん、なるほど。便利な品だ」
男は一口葉巻を吸い、吐き出した煙の輪を崩しながら冷ややかに笑う。
「それでそのプラントをどうする気だ?」
女はわずかに唇を歪めて微笑む。
「当然、商会で独占するわ。この装置が市場に出回れば、大量生産されることによって従来高価格だった製品の価値が暴落してしまう。そうでなくても厄介な商売仇が生まれてしまう。私たちだけでこの装置を扱い、需要と供給をコントロールすることで価格の暴落を防ぎながプラントで製造した製品を販売する、費用がかからない形でね」
「つまり、お前らの懐だけが潤うって話か」
男は軽く笑った。だがその目は冷静だ。
「だったら、お前ら自身で取りに行けばいいだろう。なぜ俺に頼む、商会にはさっき言ったような暴力専門の私兵もいるはずだが?」
その問いに、狐面の女はため息をつくように首を振った。
「本当はわかっているんでしょう? わざわざあなたに頼むのだから……遺跡は非常に危険よ。まず一番最初に探索を行った調査隊は一人を残して壊滅,その後送り込んだ部隊も同じ運命よ」
「それも俺好みだが、内部になにがいるのかわからないのか? 生き残りがいるんだろう。」
男の声が一段低くなり、緊張感が漂う。
「唯一生還した隊員の証言でも、遺跡の中には『何か』が潜んでいるとしかわからなかったわ。でも調査隊を一瞬で殲滅する力を持つ存在が潜んでいるのは間違いない。具体的にナニがいるかは教えられなくてもヒントは上げられる、これからよく目を凝らすことね」
狐面の女は懐から小さな水晶玉を取り出し、男に手渡した。
「これは、その生還者が記録した映像よ」
男が魔力を注ぐと、水晶玉に薄暗い遺跡の内部が映し出された。そこには、光を放ちながら稼働し続ける製造プラントの姿。そして、その周囲には散乱した調査隊の装備品や赤黒い血痕。どこかから低く唸るような音が聞こえ、まるで映像そのものが何かを警告しているかのようだった。
「中々酷いことをしやがるな。だがこれじゃ下手人はわからないな」
「今更怖気ついたというつもり?」
「それこそまさかだ。正体不明の敵と戦えると思うだけでたぎってきた。やってやるよ。ただー」
「俺は危険は好きべきだが、何の策も情報も持たずに地獄に突っ込む間抜けじゃない。壊滅したといっても何度も調査隊を送ったんだろう。内部の地図や見取り図があるなら見せて欲しい。」
女は頷き、男から取り返した水晶玉に再び魔力を込める。映し出されたのは、設計図というべきマッピングされたダンジョンの複雑に入り組んだ内部構造だった。
男はその地図を見つめ、頭に叩き込むように視線を動かす。
「よし……これなら準備は万端だ」
そのあと,東洋龍は鬱蒼と茂る深緑の森の中へと高度を下げていった。やがて巨大な木々の合間に開けた場所が現れると、龍は優雅に降下し、地上へ静かに着陸する。
荷台の扉が開き、男が軽やかに地上へと降り立つ。目の前には、苔むした石造りのアーチが鎮座していた。長い年月を経て崩れかけてはいるものの、その威容は未だ衰えていない。
「ふん……いい雰囲気だな」
男は不敵な笑みを浮かべ、遺跡の奥へと足を進める。
その背後で、狐面の女が冷たく声を投げかけた。
「48時間以内に戻らなければ、私は龍を連れて帰還するわ。置き去りにされたくなければ、早めに済ませることね」
男は肩をすくめて振り返りもせずに手を振る。
「心配するな。こんな寂れた場所に長居する趣味はない」
遺跡の入り口を抜けると、中はひんやりとした冷気と静寂に包まれていた。苔むした石壁から湿気が漂い、足元の瓦礫がわずかな音を立てるたびに反響する。
「未知のスリル……たまらねぇな」
男は目を細め、笑みを浮かべながら暗闇の奥へと足を進めていった。
遺跡の入り口を抜けた瞬間、男を待ち受けていたのは完全な暗闇だった。壁を覆う苔は湿った冷気を放ち、足元には崩れた石が不規則に散らばっている。超古代文明の名残である遺跡は、威厳というよりも不気味な静寂に満ちていた。
しかし、男の足取りに迷いはない。記憶に焼きつけた水晶玉の地図を頼りに、入り組んだ迷路のような通路を正確に選び取っていく。まるで庭先を散歩するかのような軽やかさだった。
その進路を妨げるように、巨大な影が突如として目の前に降り立った。
「……出やがったな」
それは異形の節足動物――鋭い牙をむき出しにし、低い唸り声を上げている警備用の生物兵器だ。その目は赤く光り、次の瞬間には地を蹴って飛びかかってきた。超古代文明のダンジョンではよく見られる存在で,眼前で対峙しているものより巨大な個体も存在する。
男はニヤリと口角を上げる。
「楽しませてくれるんだろうな?」
そういった瞬間、体内の生命エネルギーが循環した。筋肉が一気に膨張し、衣服が張り詰めるほどの圧力を帯びる。生命エネルギーを利用し,肉体を強化する男の最大の武器である格闘術の行使を本格的に始めた証だ。全身から立ち上る熱気が霧状になり、肌には汗が光る。その瞳には、まるで猛獣のような鋭さが宿っていた。
節足動物が鋭い牙を突き出しながら襲いかかる。だが、男はその場から一歩も動かない――。
「――遅いな」
生物兵器の牙が目前に迫った瞬間、男の拳が唸りを上げた。
「オラァッ!」
拳が空気を割り、周囲の湿気を吹き飛ばす。一瞬の閃光が遺跡内を走り、生物兵器の硬い甲殻を直撃した。甲殻は砕け散り、内部の臓器が圧力で弾け飛ぶ。
拳が生物兵器を一撃でねじ伏せた――いや、ねじ切った。
巨大な体が音を立てて崩れ落ちる。だが男は振り返りもせず、手についた肉片を振り払うようにしながら歩みを再開した。
「……次はもっとデカいのを頼むぜ」
遺跡は男を簡単には通さなかった。今度は天井や壁に仕掛けられた魔術攻撃のトラップが彼を狙う。侵入者を感知すると同時に魔法の矢が雨のように射出され、巨大な火球が次々と爆ぜながら迫る。
「ハッ! 派手な歓迎だな……」
火球が男を飲み込むかに見えた――だが、次の瞬間、男のシルエットが火球の隙間から飛び出す。筋肉の塊が宙を舞い、わずかな隙間を正確に抜けていく。
魔法の矢が雨のように降り注ぐ中、男の足は寸分の狂いもなく的確に動いていた。足場の崩れた石を跳び越え、垂直に近い壁を蹴って次の足場へと飛ぶ。その動きはもはや人間の域を超えている。
「さて、遊びはここまでだ」
地を蹴った男が宙で半回転しながら拳を振り抜くと、壁に隠れていた魔法陣の一つが砕け散った。その勢いのまま、彼は次々と魔法陣を破壊していく。火球が再び迫るが、男は体をひねり、宙を一回転して寸前で回避。
最後の魔法陣を破壊した時、遺跡は再び静寂に包まれた。男は軽く首を鳴らす。
「ここまでのトラップは経年劣化もあるんだろうが、簡単に攻略できる。何人もの人間を返り討ちにできるとは思えねえ。ってことはプラントのある場に商会の私兵を壊滅させた化け物が潜んでやがるのか?」
遺跡の最奥部にたどり着いた男を待っていたのは、静寂の中で光を放つプラントだった。水晶玉の映像そのままに、魔法陣が刻まれた台座の上で稼働を続けるその装置は、時を超えた超文明の遺産そのものだった。
「こいつが商会が欲しがってたモノか……見事なもんだ」
男がプラントに手を伸ばした瞬間、背後で空気を裂く音がした。
「ッ!」
直感的に跳び退くと、彼のいた場所が巨大な拳によって粉砕された。
「お出ましかよ」
そこに立ちはだかったのは、全身を乾いた血で覆われたゴーレム――その身体は超硬度のオリハルコンで構成されている。その巨体に似つかわしくない速度で、間髪入れず拳を振り上げてくる。
「速ぇな――だが!」
拳が寸前で迫った瞬間、男はそれを両手で受け止めた。だが、重量が違いすぎる。地面が砕け、男の足がわずかに沈む。
「チッ、こいつは骨が折れるな……!」
腕に走る痛みを無視し、ゴーレムの巨腕を跳ね返す。
隙を見て腹部に渾身の一撃を叩き込むが、拳は甲高い音を立てるだけで、オリハルコンの表面にかすり傷一つつけることはできなかった。
「硬ぇな……だが、壊れないもんなんてねぇ!」
男の全身が赤熱するように輝き始める。生命エネルギーを拳に一点集中させると、周囲の空気が歪んでいく。拳に集中するエネルギーが周囲の重力すら歪めているのだ。
ゴーレムが再び拳を振り上げたその瞬間――
「死ねやァッッ!」
男の拳が閃光を伴い、ゴーレムの腹部を打ち抜いた。その衝撃は局所的な大爆発を引き起こし、オリハルコンの硬い装甲を粉々に砕いた。
ゴーレムは膝から崩れ落ち、やがてその巨体が静かに動きを止めた。
「やっぱり全部賭けた一撃は気持ちいいな……」
汗を拭い、軽く息を整えると、男は台座からプラントを回収し、悠然と歩き出した。
「さぁ、約束の品をお姫様に渡しに行くとするか」
遺跡の出口を抜けると、男を待っていた狐面の女が足早に駆け寄ってきた。彼女の金色の瞳は興奮と期待に揺れ、プラントに向けられた手はわずかに震えているようだった。
「……これが、あのプラントね。これで商会は莫大な利益を手に入れられるわ」
彼女の声には抑えきれない歓喜が滲んでいた。だが、男はプラントを抱えたまま、その手を軽く押し留める。
「プラントは渡すさ。ただ――約束だろ? 君を手に入れるってやつだ」
男の言葉に、狐面の女は一瞬だけ驚きを見せたが、その表情はすぐに妖艶な笑みに変わった。
「素直な人ね。でも、外で甘い時間を過ごす趣味はないわ。龍の背中でゆっくりと楽しみましょう」
彼女の挑発的な声に、男は肩をすくめて苦笑する。
「そうかよ。だが、龍の上じゃ落ちないように気をつけろよな」
そう言ってプラントを渡すと、二人は東洋龍の荷台へと戻った。
東洋龍はゆっくりと上昇し、再び大空へと舞い上がる。周囲の風景が後方に流れ去る中、荷台に座る二人の間には妙な静けさが広がった。
やがて、男がゆったりとした動作で彼女に近づくと、狐面の女は面を外し、微笑を浮かべた。艶やかな毛並みの顔立ちには、冷徹だった先ほどの表情とは違う、どこか柔らかな気配が漂っていた。
「随分と余裕ね。遺跡の中ではもっと疲れていると思ったけれど」
「体力だけが取り柄でね。それに、楽しみにしてた時間がこれからあるんだ。疲れるわけにはいかないだろ?」
男の声には遊び心が滲んでいたが、その眼差しは真剣だった。彼女もそれを察したのか、少しだけ視線をそらしてから、いたずらっぽく笑う。
「……あなた、言葉よりも手のほうが早いでしょう?」
その瞬間、龍の荷台は彼ら二人だけの甘く秘密めいた空間に変わった。風の音すら、二人の間に広がる熱を遮ることはできなかった。
荷台の中で紡がれる囁きと密やかな熱気を感じ取った東洋龍は、空を舞いながら小さく震えた。魔術による制御のせいで言葉を発することはできないが、その心の中では明らかな不満を呟いている。
「俺の背中で……やりたい放題かよ。人間ってのは本当に図々しいな」
龍はひとしきり内心で愚痴をこぼした後、軽く頭を振って気を取り直す。そして、どこまでも広がる青空の中を、淡々と進路を保ちながら飛び続けた――乗せた二人のために。