第五話 プルニング・ギア
初めて八郎が箱庭に降り立ってから三日が経過した。
その間、施設や設備についてのレクチャー、塩見による超スパルタ勉強会など、八郎は随分忙しくしていた。
今日も同じ様にくたびれた体をベットに放り込んだ時のことだ。
『アケロ、アケロ』
扉を強烈に叩く音が、眠りに落ちそうな八郎の意識を引っ張り上げる。最早この呼び方にも慣れてしまった。
自分で扉を開けられないのだし、仕方ないと割り切るが。
「はい、おかえり......何そのデカいやつ」
ロボットはキャリーカートを引き連れていた。
しかもロボット自身が操縦しているらしく、グルグルと回ったり廊下を駆けている。そして扉には真新しいへこみが出来ていた。どうやらキャリーカートで突進していた様だ。
そのキャリーカートには、ギターケースが乗っている。
『オマエノ装備ダ』
「......ありがとね、扉はへこんだけど」
ギターケースを受け取ると、ロボットはキャリーカートを運転してそのまま去っていった。自転車くらいの速さで、その姿は次第に見えなくなっていく。
「ギターケースに武器って、めっちゃロマンあるな」
八郎は己の装備に興味深々だった。
話だけは聞いていた、硝間ツキが開発した『プルニング・ギア』。塩見による勉強会の最中にも、この言葉は出て来ていたのだから。
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「____で、私達が使用する武器がプルニング・ギア。プルニング、これは剪定って意味ね。この武器を使って、暴走した少女達の鎮圧作業を行うわ」
「さすまたとか、スタンガン的なやつですか?」
「うーん、ちょっと違うかも? 見せた方が手っ取り早いから、今日はムウに持って来てもらったわ。入って」
呼びかけに応じて千草が部屋の中に入ってくる。
その背には、体躯に見合わない大きな武器を携えていた。
「凄え、ハルバード! かっこいい!」
「八郎、下がって。変形する」
千草が刃を持ち上げ、ハルバードは姿を変える。
持ち上げられた刃は三日月を描く。両手でしっかりと握り込み、千草は下を向いていたそれを空に掲げた。
それの姿は、まさしく大鎌。死神が持つ様な鎌とは違い、意匠は随分と近代的だ。
「変形までするんだ、マジ凄え......!」
少年心をくすぐる変形ギミックは、八郎の少年心を見事に射止める。比喩ではなく、その目は輝いていた。
「八郎、これは危ない。取り回しに注意。うっかりして、自分をズバッとやっちゃうかも」
「うっす、気を付けます」
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この様に、プルニング・ギアに対する八郎の印象は『かっこいい武器』でしかないのだが。
ギターケースを開くと、現れたのは鋏だった。
使い所が無い様な大鋏。八郎がそれを手に取ると、持ち手の片方だけが持ち上がる。
「壊れた!?」
これが正常な結果だと理解するのに八郎は数分を要した。八郎のプルニング・ギアは二対の剣、所謂双剣だ。
そのまま一対を持ち上げて握ると、ズシリと重さが腕全体にのしかかる。もう片方も握れば、両腕の重さに体が悲鳴をあげていた。
「これを、振る......? これ持って走る? マジで?」
何事もゲームの様にはいかない。八郎は剣をケースに戻して腕立て伏せを始めた。確かに、不知火はともかく薬野はかなりガタイが良く、鍛えている風体だった。それも頷ける、この重量の武器を持って戦うには筋肉が必要不可欠だ。
腕立て伏せの最中、携帯から通知音が鳴る。
動きを止めて携帯を開く。メールを確認すると、塩見から一通届いていた。
明日は訓練場に来て。
プルニング・ギアの扱い方を教えるから、動きやすい服と靴で来てね。集合時間は10:00だから、遅刻厳禁。
訓練室、なんて聞くと本当に武器を握らされている感覚になってしまう。何だか背筋が泡立った。
明日は訓練と言う事で、八郎はさっさとシャワーを浴びて、満足に眠る事に決めたのだ。
『オキロ、オキロ。現在時刻6時30分』
「おはようさん、今日もありがとね」
ロボットのアラームで今日も目覚めた八郎は、慣れた手つきで朝の支度を済ます。直らない寝癖を諦め、跳ねた後ろ髪を撫で付けながら食堂へ向かった。
八郎は今も、不思議な感覚に溺れている。
自分は今誘拐されていて、危険な仕事に従事させられている状況なのに、どうしてか心は凪いでいた。怯えはいつの間にか、どこか遠くに消えていた。
八郎の持つこの適応力は、長所であり短所でもある。
そんな事を自覚していても、八郎の心は楽しげだった。
食堂から香る食事の匂いが、そんな不安を攫っていく。
腹の虫が聞き馴染みのある声を遮る。聞き馴染みと言うよりも、昨日も聞いた声である。
「おはよう、八郎くん。類はもう居るみたいだから、朝ごはん、一緒にどうかしら」
「おはよう、八郎。ぐっどもーにん」
塩見と千草だ。
そして二人の後ろから、よたよたと歩く姿が近付いてくる。
瞼を擦り、ボサボサの頭を振りながら、明らかに寝起き姿の不知火が歩いて来ていた。
「ぉはよ......眠い、早すぎ、マジ眠ぃ......」
「うわあ声低」
「叩き起こされたんだよ......まぁ良いや、早く行こ。机で寝れば良い......」
良い訳ないが。
八郎達四人は、食堂で待つ薬野の元へ向かった。席取りが必要な程混雑している訳じゃないが、薬野が広いテーブル席を確保していた。文庫本を読みながらちびちびと水を飲んでいる。八郎の記憶にある、日本酒を飲む叔父の姿と何となく重なった。
「おはよ。郁人は......眠そうだな。何か食べれそうか?」
「ゆで卵」
「じゃあムウが取ってくる。郁人を座らせて、各々ぱーじだ」
もう夢の世界へ片足を突っ込んでいる不知火を机に置いて、それぞれが食事を注文しに行った。今日は配膳ロボットがメンテナンスの日らしく、注文した食事は配膳口に置かれたままになっている。数分待っていると、配膳口に頼んだ料理が届いていた。
「八郎くんは何にしたの? 私はトーストセット」
「班長パン派すか、俺は鮭定食です。トーストセットって結構量あるんですね」
アルファ班の面々は食事を持って席に戻る。
不知火は寝息を立てていたが、千草に小突かれてもぞもぞと動き出す。食事の匂いに釣られたのか、徐に体を起こした。
「はい、あーん。卵だけじゃ栄養素が足りないわ、食べなさい」
ぽかんと開いていた口に焼きたてのトーストが捩じ込まれる。不知火は文句も言わずに食んだ。力関係が垣間見える。
「さ、全員揃ったな。いただきます」
薬野の声の後ろに、各々のいただきますが続いた。
食事と言うのは、人によって様々な認識があるものだと思う。食べながら会話する事を苦手だと思う人も居るだろうし、食事こそ会話する絶好のチャンスだと思う人も居る。
かく言うアルファ班の面々は、どうやら前者が多いらしい。
時折塩見や薬野が話題を飛ばして、八郎と千草がそれを返す。そんな会話のラリーは数回で途切れるが、それは苦痛ではなかった。
「そういえば、八郎くんって部活とかしてたの?」
「いや、帰宅部っすね」
「きたくぶ......? どんな部活なの?」
「班長、帰宅部は部活してない」
塩見は時折、世間知らずな発言をするなと八郎は思っていた。もしかしたらお嬢様とか、度の過ぎた箱入り娘なのかもしれない。
「そうなのね。でも、運動経験が少ないとちょっとしんどいかも。今日は初日だし、ちょっと軽いメニューにしましょうか」
____嫌な予感がする。てかデジャブな気がする。
八郎の予測通りだ。
塩見が思案を巡らせている最中、まだぐったりとしている不知火が耳打ちをして来た。
「......塩見のトレーニングは地獄を見るからね」
八郎は全力で、その既視感から目を背けたかったのだった。




