第四話 箱庭
三人は元居た会議室に戻った。
待たせていた二人、片方の不知火は退屈そうに回転イスを回し、もう一方の薬野はタブレットで何かに目を通している。
扉が開く音に気づくと、二人はこちらを向いた。
「お、帰って来た。許可は貰えたぞ」
「ありがとう。それじゃ、今日は中に入りましょうか」
「中って、女の子達が生活してるって言う......」
「そうそう。研修してすぐにはい明日からよろしくね、なんてダメでしょ? 今日は名目上、学園の創立記念日だからお休みの日なの。彼女達は第9庭園の遊園地とか、第8庭園のショッピングモールとかに居るそうだから、学園をゆっくり見て回れるのは実質今日だけ。鎌樹さんのお店でバイクを借りて、学園裏手に繋がる13ゲートに行きましょう」
一行はエレベーターから下の階層へ降り、更に階段を下っていく。工房があった階層よりも更に下が目的地の様だ。
階段を降り切る寸前から、丁寧に舗装された道路が目に入ってくる。道路はかなり遠くまで続いている様な気がした。
天井を見ればいくつものカメラが設置されていて、時折ドローン達が風を切りながら横切っていく。
五人は側面の歩道を進み、八郎は一番後ろをついていっている。飛び込んできた目新しさを楽しんでいる様だ。
側道を歩いていると、一行は『MANTISRENTAL』と書かれた看板に行き着く。
「あ、そうだ八郎くん。バイクの免許って持ってる?」
「無いっす。免許取ろうとは思ってますけど、お金無くて」
「そうなんだ。じゃ、俺の後ろか類の後ろ、どっちがいい?」
「薬野さんで」
ちょっとは悩んでくれたっていいじゃん、と言う文句が聞こえて来たが八郎は無視した。
研究所内は少女達が生活する『箱庭』を内包しているためとても広く、外周のゲート間を繋ぐこの通路は乗り物で移動がしやすい様に舗装されている。乗り物の貸し出しの為に箱庭の外縁通路に店を構えているのがこの店、MANTISRENTALなのだ。
「鎌樹さん、バイク三台お願いします」
「あいよー薬野くん。お、その子が噂の新入りくん?」
「はい、鋏切八郎です。初めまして」
「どうも〜。オレは鎌樹ショウ、ここでレンタル屋してます。バイク以外にも色々貸し出せるし、ちょっと小物も売ってるよ。これからどうぞご贔屓にね」
鎌樹は店の奥に戻り、奥から鍵を三つ投げ渡した。
店舗の横にある駐車スペースには何台もの車やバイクが停まっていて、奥の方にはオフロードカーに似た大型の車両もあった。興味津々な八郎に不知火がヘルメットを被せて、アルファ班の面々は店を出発する。
三台のバイクがエンジン音を鳴らして走り去る背姿を、鎌樹は手を振って見送る。けれど残念そうな顔をしながら、こうこぼした。
「あの子、辞めたのか〜。あーあ、面白い話をしてくれるって言うから貸したのに。回収は出来なさそうだなぁ」
彼の言葉は扉の中に共に消え、誰の耳にも届かなかった。
数十分バイクを走らせた後、アルファ班は13ゲートに到着した。冷たく巨大な鉄扉が彼等を出迎える。
「さーさー八郎君、ゲートの開け方を覚えようね。一発で覚えられるかなー?」
「メモ取るんで」
「準備は良い? 始めるわよ」
塩見が首から下げている職員証をカードリーダーに読ませて、次にカメラを見つめた。恐らく顔認証システムだ。
すると、先程までカードリーダーがあった所からテンキーが現れた。塩見は携帯を確認してテンキーで何かを入力していく。
「コード、何桁だと思う?」
「えー......12とか?」
「残念、あれ数字のコードじゃないから滅茶苦茶長いよ。換字式暗号ってやつでね、送られる言葉を数字に変換して打ち込んでるの。コードは毎回リセットされるから、実は八郎君が最初に覚えないといけないのはここの暗号表。これ覚えられないと一人の仕事は無いから、頑張ってね〜」
そんな会話の背景に居た重たい鉄扉が、ゆっくりと開いていく。扉の奥にはまだ暗闇が広がっていた。
「ここ、カモフラージュ。八郎、あそこの色違いの壁触って」
千草に言われるがまま、八郎はその色違いの壁に触れる。
だが壁は壁、触るだけでは何も起きなかった。
あちこち触るが、うんともすんとも言いやしない。
「八郎、押す。ぷっしゅ」
八郎は壁を押した。
その瞬間、壁は奥側へと移動する。まるで回転扉の様に。
「忍者屋敷!?」
「古典的だが、隠し扉だよ。形式上は学園裏の森の中にある廃屋の設定だけど、ここが13ゲートへの通路。校則で立ち入り厳禁になってる場所だから、目撃される心配は無い」
「他にも沢山の通路があるから、そこもしっかり覚える事。そして一番大事なのは、少女達に使用している姿を見られてはならないところ。彼女達には決して、この事を知らせちゃダメだからね」
「給料マイナス、酷かったら首ちょんぱ。気を付けて、八郎」
「うす」
隠し扉の向こうへ足を踏み出す。
八郎はこの時初めて、少女達が暮らす箱庭へと足を踏み入れた。廃屋を出て森の中を歩き、大きな木の根を飛び越えて、煉瓦造りの壁まで辿り着いた一向。
一部分崩れた箇所から、夢見ヶ丘学園の敷地内へ入る。
靴に少し土がついたまま、八郎は崩れた煉瓦を踏み越えようとした。
「八郎くんがっつり踏まない、土着いちゃうでしょ」
「すみません」
倉庫か何かの裏手を横切って敷地内を少し歩いていく。
学園は八郎が通っている様な校舎とはまた違った、どこか西洋建築の様な、そんな異国情緒を感じさせる建築物だった。けれど端的に言うなら八郎はこう思った。学園モノのアニメにありそうな建物だなと。嵐山の趣味だろうか。
膝丈まで伸びている雑草をかき分けながら歩いた先に、真新しい玄関扉があった。校舎の壁の中で、金属扉の冷たさが一際目立っている。
「中に入る前に白衣は脱いで。誰も居ない筈だけど、一応ね」
各々白衣を脱いで、学園の中へと向かう。
扉の先は数個のデスク、黒板、微かに残るコーヒーの匂い。イメージ通りの職員室が広がっている。先程の扉は職員玄関だった様だ。
来客用のスリッパに皆履き替えて、職員室を出る。
一本道の廊下を進み、下駄箱が並ぶ生徒玄関の前までやってきた。
「この校舎は三階建て、ここ一階は職員室とか保健室、それと売店があるわ。教室は二階だけど、現場人数の関係で使用してるのは二つだけね。あ、それと部活動もあるの。学園内での活動には制限が無いから、部活とかは好きにしてくれて構わないわ。むしろ、積極的に彼女達と交流できるチャンスだし」
「天文部だけは可哀想だと思うけどね〜」
「まぁ、それは否めないな。ここの空は全部ホログラムだし」
薬野の言葉を聞き、八郎は外を見る。
遠くに広がる空は、確かにいつもの空に思えた。雲の形も、空の色も、太陽の眩しさも。
この感覚全てが、偽物にまやかされている結果だ。
この箱庭に降り立って、改めてそう痛感した。
階段を登る塩見達を追いかけて、八郎もまた階段を登る。
「あそこ、目の前にあるのが図書室。で、こっち側が一年生、あっちが三年生の教室ね。それと、一年生の教室の向かい側にあるのが美術室よ」
「二年生の教室って無いんですか? それがさっき言ってた人数どうこうの」
「ええ、そうなんだけど......。今話すと、ちょっと時間がかかり過ぎちゃうから、それはまた今度ね。八郎くん、向こうの奥の階段から屋上に行きましょ。結構良い景色だから」
塩見の後に続き、一つ上の階へ向かう。
登り切った先は少し埃っぽくて、お菓子の袋や読みかけの本、ぐしゃぐしゃになった紙やら見る限りゴミが散乱していた。だが奥に鎮座する望遠鏡が、この部屋もまた部室である事を示す。
「天文部の部室ですか?」
「そうよ。掃除はちゃんとして欲しいんだけどね......」
塩見は鍵のかかった、屋上へと続く扉を開く。
特に何の変哲もない、ただの屋上が広がっていた。けれど、そこから見える箱庭の景色は、塩見の言う通り『良い景色』だった。山々に高層ビル、遊園地に住宅街。本当に小さな世界が広がっている。
「綺麗でしょ。全部」
「そうっすね、全部、本物みたいで。信じられないです」
「そうなのね。そんなに......ううん、凄いでしょう? あっちの山、秋になればちゃんと紅葉するの。冬になったら雪も積もる。この世界は、本物としてここに生きている」
「......ですね」
皆は景色を眺めていた。
それぞれ、その景色に異なる思いを秘めながら。
「___よし! しんみりするのは終わりよ、仕事に戻りましょ。八郎くんの仕事は、装備が完成したら始まるから。この後硝間さんに連絡取って、完成日を聞いておくから。それまでは研究所内でお勉強ね」
「頑張ります」
「八郎、ハチマキ巻け。班長の勉強は超スパルタ」
「まぁ受験勉強の予習とでも思っとけば良いよ、気楽に構えてたら痛い目見るからね」
楽しげな声が空に浮かんでいく。
人間と言うのはどうにも、危険な状況下だろうと適応してしまうらしい。これからどうなるのか、と言う不安はさて置いて、八郎は今この時間を、心から楽しんでいた。




