第三話 研修
『オキロ、オキロ。現在時刻6時30分』
「アラームどうも。意外と寝れるもんだよな」
いつも通りの時間に目が覚めた八郎は、一度伸びをして身支度を始める。ベッドを整えて布団を畳み、洗濯機から洗濯物を取り出す。
「これどうすりゃいいんだろ、浴室乾燥とか......いやでもシャツは干したいな、けど地下だし」
『洗濯カゴガアルダロウ、ソレヲ食堂近クノランドリールームに運ベ。専用ノ乾燥システムガアル』
「それなら洗濯機いらなくない?」
『女性ノ職員モ居ルンダカラ必要ダロウ。ソレニ、洗濯ヲシタガル職員モ居ルカラナ』
それもそうだな、と思い洗濯物を洗濯カゴに詰めて、制服に着替えて食堂へ向かった。道中でランドリールームに立ちより、洗濯カゴを置いて行く。自動で回収してくれるそうだ。
食堂に着く。内は閑散としていた。仕事場に住んでいる様な環境なのだし、多少は賑わってるとでも思っていたのだが。元から雇っている人数が少ないのだろうか。
昨日教えられた通りに食事を注文し、壁際のソファー席に座っていると、入り口に薬野の姿が見えた。
挨拶くらいはしておいた方がいいよなと思い、八郎は薬野の元へ向かう。
「おはよ、う、ございます......? 薬野さん、どうしたんすかその傷。ほっぺたの」
「おはよう八郎。この傷は......あー、いや、ちょっとヘマしただけだ。心配かけて悪いな」
あからさまに濁された以上、八郎は更に追求する事をやめた。知り合って一日経った仲だ、そこまでして良い道理は無いだろう。
「ここの食堂、美味いだろ? 俺のオススメは焼き魚定食」
折角なので、二人は食事を共にする事にしたのであった。
互いの注文がテーブルに到着する。
まるで平時の様な朝食の風景が広がる中、薬野が口を開いた。
「そういえば、八郎はどうしてここに来たんだ?」
「あーそれですか。酷い話なんですけど、俺最初はたまも餡園、上の植物園の清掃バイトに応募したんです。それの面接で来た時に嵐山さんに会って、んで誘拐されて、雇われて今です」
「......もしかしてだけど、一人暮らしか?」
「そうです! 何で分かるんですか?」
「俺も......うん、俺も同じだよ。上手い事騙されたもんだ」
「あはは、ですね」
食事を介して、二人は親睦を少しは深めただろう。
食べ終わった食器を返却して、二人は食堂を後にした。
「今日の研修は9時からだし、まだ時間はあるな。部屋でゆっくりするのも良いし、娯楽室に行くのもオススメだ。俺はちょっと書類が残ってるから、部屋に戻るよ」
薬野と別れて、八郎は薬野の言った娯楽室に行く事にした。
一度部屋に端末を取りに戻り、地図に従って娯楽室へ向かう。研究所の中にどうして娯楽室があるんだろうか。八郎は疑問に思ったが、誘拐を繰り返す所長が治めている場所なのだし、無理矢理納得させる事にした。
「おはよう八郎くん。太陽は無いけど良い朝だね」
「おはようございます、郁人さん」
娯楽室に入ると、不知火が八郎を出迎えた。艶のある黒い銃をくるくると回している。
「ばーん」
「ぐわー。本物みたいですね、それ」
「だったらどうする? 本物の銃だったなら」
「全力で命乞いしますよ」
いつまでも軽い調子で喋っている不知火にしては、先程の言葉はやけに重く聞こえた。
娯楽室の中はテーブルゲームや卓球台、市販のゲーム機などが置いてある。あまりにも雑多な部屋だが、遊ぶには十分だろう。叔父の家で遊んだ事があるゲーム機があったので、八郎はしばらくロールプレイングゲームで遊んだ。
「八郎くん、そろそろ行こうか。昨日と同じ会議室。遅刻したら塩見に怒られるからねえ」
集合時刻が近づいていく。
談笑しながら娯楽室から歩いてきた二人は、残り数分で遅刻する時間に会議室にたどり着いた。
「もう、遅刻ギリギリじゃない。早く座って、これから研修を始めるわ」
ホワイトボードの前で仁王立ちをする塩見に急かされ、八郎達は席に座った。八郎は薬野の隣に、不知火は塩見の左側の席に座る。八郎は席に座った時、塩見の手に包帯が巻いてあるのが見えた。白衣のポケットに手はすぐ隠れ、視線を上げると塩見がこちらを見つめている。
「さ、研修を始めるわよ。と言っても、基本的な話ばかりになるけどね。メモを取っておいて、これあげる」
塩見は八郎にメモ帳とペンを渡す。
促されるまま、八郎はメモを取り出した。
「ではまず、この施設について。私達はこの研究所の一員として、原因不明の病である後天性塩基配列変異症候群、通称『ジェーンスティリング』の研究を行っている。タブレットに資料が入っていた筈だけど、目は通した?」
「はい、読みました。けど難しいと言うか、何が書いてるか全く分からなくて」
「そうよね、あの資料、専門用語ばかりだもの。私が作った簡易版の資料、どうして使ってくれないのかしら......」
「班長の絵、下手っぴ」
テーブルの下から突如千草が顔を出して、一言だけ言ってまた顔を引っ込めた。塩見は少しムッとしている。
「まぁそれは良いわ。取り敢えず、知っておいて欲しいことは3つだけ。この病は彼女達を蝕む危険なものであること、彼女達は精神負荷や高揚をトリガーに暴走を起こしてしまうこと、そしてこの病は現状、不治の病であること」
「現状って、治せるかもしれないってことですか?」
塩見は口を閉ざす。
同じ様に、他の面々も口を閉ざしている。
ただ一人だけ、数秒の静寂の後。
「......それは答えられないな。俺達は科学者でも、医者でもないから。塩見、説明の続きして? 俺たちの仕事をさっさと教えて、八郎くんにもしゃかりき働いてもらわないと」
「そうね。先程、彼女達が精神負荷を受けたり高揚状態になると暴走を起こすと言ったでしょう。彼女達の暴走を鎮圧するのが、私達アルファ班の主な任務。さっき、私の手を見ていたでしょう? こんな怪我は日常茶飯事だから」
「へー鎮圧、なるほど......そんなに危ない仕事だったんすかこれ!? 俺何も知らされてないんですけど!!」
八郎の悲痛な叫びが部屋中に響き渡る。
そんな八郎の叫びを聞いて不知火は吹き出し、塩見は呆れ、薬野は頬の傷を摩りながら笑い、千草はテーブルの下でお菓子を食べていた。
塩見が二回手を叩き、皆の視線を集める。
「はい、じゃあ八郎くん。これから貴方の仕事の説明に移るわ」
「え、暴走した女の子の鎮圧じゃ......」
「それはアルファ班の仕事、貴方には専用の仕事があるの。
貴方にはこれから、彼女達が通う学校で学校生活を送って欲しい」
「学校生活?」
「そう。夢見ヶ丘学園の学生として、彼女達と積極的に交流をする。基本的に普段通り、今まで通りの学校生活をしてもらう。ただし、私達の事や研究所の事、ジェーンスティリングについては絶対に伝えないで」
しっかりとメモを取り、塩見の教えを頭の中で繰り返す。
ただ一つだけ八郎が安心していたのは、自分の仕事が主に学校生活を送ることだけだったことだ。
少女達の暴走も、そんなに高頻度に起こることはないだろう。自分は安全に悠々自適に、女の子達と楽しいスクールライフを満喫できる。
しかも給料が出る。れっきとした仕事だからだ。
これから始まる日常に胸を躍らせ、八郎は浮かれ気分で塩見の話を聞いていた。
「よし、それじゃあ貴方の装備を作りに行きましょうか。ムウ、案内を頼むわ。私はちょっと申請するこがあるから、後から追いつく」
「任された、班長。八郎、ついてきて」
会議室からエレベーターに向かい、千草は操作盤の下降ボタンを押した。一つ下の階層に到着する。
「たーん、れふと。ごー、すとれいと」
言われた通り、左を向いて真っ直ぐ進む。数分歩いた先から、オイルと鉄の匂いが漂ってきた。その匂いを追いかけて行く千草の後を、八郎も追いかけて行く。
更に数分歩き、千草はシャッターの前で足を止めた。
「八郎、端っこ触って。あそこ」
千草が指差した場所を触ると、徐にシャッターが開く。
そこでは無数の機械の中に、数人の人が交じって働いていた。イメージ通りの工房が広がっている。
「おいムウ、誰だソイツ。穴埋めか?」
「新人、親分に挨拶して」
「鋏切八郎です」
親分、と呼ばれた女性は、ボサボサの髪を雑に一つにくくり、オイルで汚れたタンクトップを身に付けていた。スタイルが良く、かなり目のやり場に困る女性である。彼女は鋭い目付きで八郎を睨んだ。
「よし、間に合った。突然ごめんなさい、硝間さん。ウチの新入り用の武器を依頼したくて」
背後から塩見の声が聞こえた。髪が少し乱れている気がする。走ってきたんだろうか。
「あァ?ヨウコの奴、暫くは雇わねェだのどうこう言ってたクセによォ......ッたく。アタシは硝間ツキ、ここのエンジニアだ」
硝間ツキ、彼女は基本誰に対してもこの態度で接している。
彼女は腕の良さだけでこの研究所に雇われたエンジニアであり、職員が使用する特殊武器『プルニング・ギア』の開発者でもあった。彼女は八郎の背を測り、袖口を捲り上げたり、腰やら足を掴んできた。何かを測っている様に思える。
「はさぎり......鋏に切る、で良いか? オマエヒョロ過ぎだ、もっと鍛えろ。限界まで軽量化してやるけどな」
「うっす」
「よし、じゃあ帰れ。作業の邪魔だ」
「またね親分」
千草は硝間に手を振って、三人は工房を去って行く。その背中を見送る硝間は、新入りの彼を見つめてある事を呟いていた。
「......ヨウコの奴、何を企んでる?」




