第二話 研究所
制服に着替えてベッドに座り込んでいた八郎。
部屋の時計は夕方の時刻を示していて、思い出したかの様に腹の虫が鳴る。
「食堂のクーポン、そういやくれなかったな」
なんて戯言を呟いた時、ゴンゴン、と扉から鈍い音がした。
「えっちょ何!?」
鈍い音は勢いを増し、扉を壊さんとばかりに猛攻を繰り返す。急いで扉を開けると、そこにはロボットが居た。丸い機体で器用に床を滑走し、扉に何度も体当たりを繰り返していたのである。
『メールチェック、シロ。無能ガ』
八郎も流石にロボットが喋る程度では驚きもしないが、こんなにも口が悪いロボットには驚かされる。
だがメールチェックと言われても、八郎はそもそもメールを確認出来る機器は持っていない。自分の携帯電話は奪われたままである。
「メールチェックて言ったって、俺は見れるやつ持ってないし」
『支給品ヲ確認シロ、鍵ハドウシタ、早クシロ』
「はいはい開けます開けます」
確認していなかったのは自分の落ち度だが、ここまで高圧的に言われると少し腹が立つ。
嵐山から渡された鍵で引き出しを開けると、中にはタブレット端末、職員用通行証と書かれたカード、USBメモリ、携帯電話などが入っていた。
携帯電話を起動させてみると、顔認証でいきなりロックが解除される。手厚いサポートだが、相変わらず気味が悪かった。ほとんど初期設定のままであろうホーム画面からメッセージアプリを開く。
数件のメールが入っており、全て嵐山からのものだった。
就業規則やら業務連絡等の中、歓迎会のご案内と言うタイトルのメールがある。
歓迎会のご案内、と言っても君が配属される班の面々と顔合わせだ。時間は18時、遅刻はやめてくれよ。場所は第一会議室だ。服装は制服、必ず通行証とタブレット端末を持って来る事。
現在時刻は17時38分。こう言うのは10分前ぐらいに到着するのが良いんだろうなと思い、八郎は連絡通りの荷物を持って部屋を出た。何故かロボットと一緒に。
『持チ上ゲルナ、降ロセ、マヌケ』
「どーどーどー、俺道分かんないんだって。代わりに案内して欲しいんだよ」
『ダッタラ早ク言エ、ドンナ思考回路ヲシテイルンダ』
悪態をつきながらも案内をしてくれるロボットのおかげで、八郎は余裕を持って会議室に到着する事が出来そうだった。
しばらく廊下を歩いていると、扉が開いている部屋がある。
話し声も聞こえるそこが、どうやら目的地の様だった。
「失礼します」
第一会議室は黒で統一されたスタイリッシュな部屋で、初め見たモニターだらけの部屋より清潔感と緊張感がある。
会議室に居たのは嵐山と不知火、そして見知らぬ白衣を着た数人。取り敢えずロボットを床に降ろした。
「前に来たまえ、主役は君だよ」
嵐山に手招きされ前方に向かう。
「紹介しよう、皆。彼が新たな職員、鋏切八郎君だ。この中じゃ一番年下になるだろうから、皆でサポートして欲しい。では八郎君、何か一言」「えっ」
「えーっと、は、鋏切八郎です! まだ分かんない事が山程あるので、色々教えて下さい! これからよろしくお願いします!」
数秒の静寂が部屋を包む。その後に、歓迎の意を込めた拍手が数秒。
「ふふっ、硬いよ八郎くん、もっとリラックス。改めて自己紹介しとこうかな、俺は不知火郁人。次塩見お願い」
塩見、と呼ばれた女性が驚きながらこちらを向いた。
「えー......コホン。塩見夕凪よ。これから同じアルファ班の班長として、貴方を歓迎するわ。じゃあ次類、お願いね」
「はいはい。俺は薬野類、よろしくな。部屋が確か近かった筈だし、困った事があったら部屋まで来てくれよ。じゃ、最後に千草。隠れてないで出て来てくれ」
「わたしは怯えてない」
机の下から声がすると、小柄な女性が這い出て来た。
ずんずんとこちらに向かって来て、数十センチの距離感で立ち止まる。
「わたしは千草ムウ。八郎、よろしく」
「よ、ろしくお願いします...?」
「明日は研修だよ〜。簡単な話しかしないけどね」
「簡単、ではあるが重要な話だ。遅刻は厳禁だからね」
仕事が残っているから、と嵐山は部屋を去っていった。
これから共に働く班員達と歓談が続き、初対面特有の話題の多さで会話は弾んでいく。30分ほど経っただろうか、再び八郎の腹の虫が鳴ってしまった。
「そういや八郎くん、昼過ぎまでぐっすりだったね。食堂でも行く?塩見の奢りで」
「ちょっと郁人......あ、いや別に食事が嫌とかじゃないわ、安心して。郁人の分は奢らないってだけよ」
「分かってますって」
時間も丁度と言う事で、一行は食堂に向かう事にした。
いつのまにか電源が切れていたロボットを八郎は抱えて、彼らの後をついていく。
設備やらの説明を受けながら歩いているその最中、警報音が鳴り響いた。八郎だけが音の方向に振り向き、他の面々は端末を起動させて何かを確認している。
「スゲー音...なんかあったんですか?」
「ごめん、八郎。ご飯、また今度」「え?」
「本当にごめんなさい、絶対埋め合わせするから!」「ちょっと?」
「すまんが、部屋に戻っててくれ」「えぇ!?」
「バイバイ、また明日会おう八郎くん!」「何で!?」
八郎以外の面々は来た道を逆方向に駆け出して行った。
何か連絡が来てたのだろうかと、自分も同じ様に端末を確認する。すると画面には、コードイエロー、と通知が出ていた。黄色と言えば危険色である。
『......オマエハマダ役立タズダカラナ。歩ケ、食堂マデ案内シテヤル』
なんだか急に優しくなったロボットの案内に従って、八郎は予定通りに食堂へと向かった。四人の事は確かに心配だが、ロボットの言う通り、今の八郎では役に立たないだろう。
「なぁ、コードイエローって何?」
『オマエニ教エル義理ハ無イ』
食堂までの短い道中、何度かロボットに質問してもはぐらかされるばかりだった。大人しく、明日聞いてみる事にしよう。
食堂に到着した八郎は、ロボットに教えてもらいながら食事を注文し、適当な席に座った。
「ここ、全部ロボットがやってるんだ。ハイテクじゃん」
『人間共ヨリ優秀ダカラナ。ソロソロ飯ガ来ル、早ク食エ。食エナイ飯ヲ見タクナイ』
「人間みたいなこと言うくせに」
軽口を交えながら話している間に、頼んでいた食事が配膳された。味は十分美味しく、自分お手製の料理を軽く凌駕する。ロボット、と言うより他人が作った食事を食べる事が久々な八郎は、数十分で完食して食堂を後にしたのだった。
「毎日食えるとなると、ちょっと良いかもなあ」
またロボットの案内通りに進み、迷う事なく自室へ辿り着く。ロボットを見送って部屋に入ろうとしたら、開いた隙間からロボットが中へ勝手に入り込んでしまった。
『オマエノ担当ニナッテイルカラ、充電ポートガココニサレタ。最悪ダガ、オマエト同居ニナル。ヨロシクシロ』
「はいよろしく、寝込み襲うなよな。俺シャワー浴びてくる」
手早くシャワーを浴びた八郎は、何故かあったスウェットに着替え、濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながらタブレット端末の地図やら資料を眺めていた。
地図はしっかり読み込む事が出来たが、資料の方は八郎にはさっぱりだった。ただの高校生である八郎には到底理解出来ない内容ばかりで、数行読んで諦めたのである。
今度は携帯電話を使って外部への連絡を試みたが、何故か電話がかからないのでこちらも諦めた。脱ぎ捨てていた制服を丁寧にクローゼットに直して、ベッドに倒れ込む。
「疲れた......」
考えを巡らせていると、段々瞼が降りていく。
謎の研究施設、初めて出会った沢山の大人。激動と呼んでもいい今日以上に、明日は色々な事が起きるだろう。
学校が始まる頃には帰れるといいな、なんて思いながら、思考はどんどん渦を巻いていく。
明日はどうなるんだろうか。不安と期待が入り混じる疑問を最後に残して、いつのまにか、規則正しい寝息が部屋に響いていた。




