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花園の剪定師  作者: 梟樂
第一章《蓮》
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第一話 鋏切八郎


「知らない天井だ」


使い古されたセリフを呟き、彼は目を覚ました。

体を起こして辺りを見回せば、規則正しく並べられたベット、天井にはベットを取り囲むカーテンレール。保健室、と言うより医務室だろう。いつの間にか服は患者服のようなものに着替えさせられていて、最初に着ていた服はサイドテーブルの上に畳まれて置かれていた。

取り敢えず着替えようと制服に手を取ろうとした時、ガラガラと部屋の扉が開く。


「体調はどうだい?」


「っ、アンタ、さっきの...!」


「その様子だと体調は良好かな、流石高校生。無礼の詫びに、食堂の無料クーポンでも差し上げよう」


つらつらと台本を読む様に彼女は続ける。


「私は嵐山ヨウコ、この研究所で所長をやっている。そして、君にとっては誘拐犯、と言ったところだね」


「だったら、話分かってんじゃないんすか。俺を解放して下さい」


「それは無理なご相談だね。何せ、私達は契約書で結ばれた雇用主と労働者の関係性。簡単には、君を手放すことは出来ない」


嵐山はタブレットの映像を八郎に見せる。

荒い画質と固定された視界。エレベーターホールに設置されている監視カメラの映像だった。エレベーターの扉が開き、嵐山の肩を借りながら室内へ入って行く八郎の姿をカメラは見ている。

映像が切り替わる。今度は室内の映像だ。

嵐山が苦労しながら八郎を運び、ソファへと座らせる。

高級そうなソファに座らされている八郎の目は開かない。

嵐山がポケットから小さな何かを取り出し、八郎の口に含ませた。テーブルに置かれていたペットボトルの水でそれは流し込まれ、ごくり、と嚥下する音が鳴る。

八郎は思う。この光景を知っている。

知っていると言うより、彼は思い出したのだ。


ーーー


「名前は?」


ぐらぐらと頭を揺さぶられている様な気がする。視界は濁っていて声の主を捉える事も出来ない。おぼつかない意識を真っ直ぐ立たせるために頭を回転させる。

だが脳が下した命令は、ただその声に従う事。

自分の脳が打ち出した結論に、何一つの疑問も無しに、八郎はそれを受け入れた。


「鋏切..........八郎、です...」


「年齢は?」


「じゅう、なな......」


「履歴書通り。家族構成は?」


視界の中、彼女は何かの書類を書いていた。様に思えた。


「両親、が居ました......今、は......一人暮らし、です。叔父さん達の、近所に......住んで、ます......」


彼女は書いていた書類を八郎の方に向けて、八郎の手にペンを握らせた。何を書いたかまでは覚えていないが、ガタガタで汚い字だった。


「成程、確かに。それじゃあ、採血から始めようか」


ーーー


映像はそこで終了した。


「腕は大丈夫かな?」


突如腕に違和感が走り、急いで袖口をたくし上げた。

腕を確認すると、確かに傷口を守るパッチらしきものがそこに貼られている。


「思い出しただろう、八郎君」


これは現実だ。夢なんかじゃない。

頬をつねって思い出すのは、エレベーターの床の冷たさ。

見ず知らずの誰かに攫われて、知らぬ間に雇用契約を結ばれて、今自分の命は彼女の掌の上にある。

手に入る情報全てが八郎に告げる。

これは全て現実なのだと。


「改めて挨拶だ。ようこそ、鋏切八郎君。少女達を救う為、君の命を預かろう」


どうかこれが夢であって欲しかったと、後に聞けば彼はそう語るだろうか。




「俺に一体、何させる気なんですか」


何故か拘束具付きの車椅子に座らせられて、両手足をしっかりと固定される。不愉快極まりないものの、大人しく従うしかなかった。


「それは後で話そう。君には知って欲しい事が山の様にあるからね」


嵐山が車椅子を押して、八郎は医務室らしき場所を後にする。車輪が転がる音と、かつ、かつ、と嵐山のヒールの音だけが響く。

八郎は不安と恐怖に満ちていた。

やけに清潔な窓一つ無い通路、人の気配も何無い場所。

不気味で恐ろしくて、八郎はそれを紛らわすために嵐山へ声をかけた。


「ここって、どう言う所なんですか」


「人命を救う為の研究所だよ」


それ説明じゃなくないですか、と口からこぼれそうになったが何とか堪えた。話に花を咲かせられないままに、車輪も止まり足音も止まる。どうやら目的地に到着した様だ。

SFチックな自動扉が開くと、電車の車両間移動をする通路、貫通路の様なスペースがあった。車椅子が余裕で通れるその中で、携帯をいじっていた一人の青年が二人を出迎える。


「お疲れ様です所長、それが例の子ですか? 危ない橋渡りますよねー」


「まぁ問題は無いよ」


軽い調子で嵐山と話す青年は、八郎の目には同い年くらいに見えた。そうやって視線を向けていると、彼は八郎の顔をいきなり覗き込んできた。


「おーい、元気? それとも緊張してる? まぁビビるよね、ガス吸わされたし。俺不知火郁人。年もそこまで離れてないし、タメでいいよ。ハチローくん」


「えあ、はい、どうも?」


「郁人、彼目覚めてそこまで時間が経ってないんだ。あんまり捲し立てないであげて」


そりゃ失敬、と言って不知火は部屋の奥へと入っていく。

後に続いて奥へ進むと、無数のモニター群が目に入る。

薄暗い部屋の中で光続けるそれらの中、一際大きいモニターが一台。八郎の目はそれに釘付けになっていた。


「外...?」


そのモニターには外の風景が映っている。

青色の空、流れる雲、そして太陽。まるで本物の様だと思う。けれどその景色は、決して本物ではない。


「見えるかい? あれが箱庭、これから君が行く場所だ」


他のモニターに目をやると、遊園地の風景が映っている。

もう一台には街中の風景、またもう一台には学校の教室の風景。嵐山の言う箱庭の中を、モニター達は映している。

地下に降りた記憶さえ無ければ、本当に地上の世界だとまやかされる程に。


「ここには罹患者である少女達、何名かの協力者、そして我々研究所の職員が生活を営んでいる。名目上、箱庭は一つの街として運営しているからね」


「罹患者って___」


「お探しの物はこれですか? 所長」


不知火が嵐山に少し厚めの資料を手渡し、八郎にも資料を渡した。表題には『後天性塩基配列変異症候群 Gene stirring』と記されている。


「ジェーン、スティ、スティリング?」


「あぁ。条件は不明、原因も不明、ある日突然発症する未知の病。この箱庭に居る少女達は皆、その病に侵されている」


ペラペラとページを捲っていると、不知火に資料を取り上げられてしまった。最後に見ていたページには何かの写真が載っていたのだが。


「子供は見ちゃダメだよ。また今度、俺が教えてあげるね」


彼は去り際、八郎にそう耳打ちした。


「それじゃ、私達は失礼するよ。君も仕事に励む様に」


はいはーいと適当な空返事を背に、嵐山は車椅子を押した。

通路に出て暫く進むと、またエレベーターが現れた。こんなに地下深くに施設を建てて問題ないのだろうか。地盤とか。

だが八郎はそこまで頭が良い訳でもないので、浮かんだ疑問は降下音と一緒にかき消えていった。

また更に地下へと辿り着く。


「さ、君の部屋に行こうか」


エレベーターからさぞ遠くない距離の扉を開けると、簡素なワンルームが広がっていた。生活に必要な物だけが揃えられた生活感の無い部屋だ。

すると嵐山が、八郎の腕の拘束具だけを外した。


「ちょっとしたお守りだよ。怯えないでいいからね」


嵐山が取り出したのは黒色のリング。大きさからすると首に着けるもので、チョーカーとでも呼べばいいのだろうか。

それにしては随分仰々しい様に思えるが。

カチカチ、とそれを動かし、嵐山は八郎に手渡した。


「さ、着けたまえ。君を守るために必要でね」


嫌に決まっている。だが、拒む事は出来ない。

八郎は理解していた。今のこの状況が既に詰みであると。

自分が今どこに居るのか分からず、外部に連絡する手段も無く、今もこうして足が車椅子に固定されている。

彼女の命令を拒めば、何をされるかなんて明白だろう。

ニュースにも記事にもならずに、何も無かった様に凪いだ日常が、八郎が消えた後に続くだけ。彼はそう考えていた。

人生最大を誇って良い分岐点。答えはもう決まっている。


「.........はい」


リングを手に取り身に着ける。首の後ろでカチリと音がした。この瞬間から、八郎の研究員としての日々が始まったのだった。


「着替えたまえ、クローゼットに制服が入ってる。夕食は配達ロボが持ってくるから、それを食べてくれ。それと、支給品はデスク横の引き出し。鍵はこれ、無くさないように」


そう言って右手に鍵を握らせ、両足のベルトが外される。


「あ、それと最後に。これからよろしく頼むよ、鋏切八郎君。労働に見合った給金は保証するから」


こうして命を預かられた彼は、嵐山を見送り車椅子を部屋の隅に置く。足が何だか、気分的にも軽くなった気がした。

言われた通り制服に着替える。クローゼットの中には白のワイシャツ、茜色のネクタイに紺のスラックス、それと白衣。黒のセーターもあったが、寒くは無かったので着ない事にした。

奇しくも服のサイズは全てぴったりで、どうにも気味が悪かった。


「いつ調べたんだよ」


苦虫を潰した様な顔を浮かべながら、八郎はネクタイを締めた。学校の制服でもネクタイを締めているのだから、自分のネクタイ姿には見慣れている筈だ。けれど今の自分の姿は、どうも八郎には不恰好に見えた。


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