表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

『オセロー』シェイクスピア著 を読んで     竹久 優真

『オセロー』シェイクスピア著 を読んで     竹久 優真



 学園祭が終わり、一カ月ほどの月日が流れた。朝晩はすっかり冷え込むようになり冬服のブレザーの下にカーディガンを一枚着込む生徒が目立つようになった。それでも依然女子生徒のほとんどは短い丈のスカートに生足をさらけ出し、冷え性であるにもかかわらず必死で何かと戦っている。そこにはきっと一言では言い表せないようなプライドのようなものがあると言っていい。


 まあ哲学はともかくとして、それはすべての男子生徒にとって実に喜ぶべきことだ。

 僕と大我はあの、文芸部とは名ばかりの漫画研究部へと続く長い階段をゆっくりと登りながらそんなことを考える。階段の上部には、この寒さにもかかわらず短い丈のスカートで無防備に階段を駆け上がる生徒がいる。


実に風光明媚な景色だと眺めるのは隣に入るイケメンと手同じだ。一瞬ちらりと振り返るそのしぐさに慌てて僕たちはうつむき、ずっとそうして階段を上っていたかのように取繕う。


「それじゃあ、またあとで」


 部室へと向かう大我に一声かけて学食の一つ手前にある校舎のほうへと向かう。

 放課後、生徒会執務室に来るようにと生徒会長に呼び出しを受けていたからだ。

 生徒会執務室は現在使用している校舎の中で最も古い校舎の、しかも職員室のすぐ向かいにある。それだけでなるべく行きたくなどはないのだが、わざわざ生徒会長様に呼び出されたのだから仕方がない。


生徒会執務室前。ちょうどそこから出てくる一人の生徒に僕は見覚えがあった。なるべくなら関わりあいたくないのでそのままどこかへ行ってほしいのだが、どうやら僕に気づいた彼はその場で僕の到着を待っている様子だ。仕方がないので腹を括る。


「おお、ちょうどいいところに来た。お前からもアイツに言ってくれないか。オレがぜったいにスターにしてやるってさ」


相変わらず厭味のない美しい顔でそんなこと言うものだからこいつは嫌だ。

戸部っち先輩たちが学園祭を最後に引退すると入れ替わりに復帰して、新しい演劇部の新しい部長になった城井先輩だ。城井先輩が復帰するやいなや残りの部員も皆こぞって復帰して、演劇部は何事もなかったかのように活動を再開している。あまりに虫のいい話過ぎて僕はどうしてもこの城井将彦という人物を好きになれないでいる。たぶん、きっと向こうもそう思っているだろう。それでも、最近やたらと僕に絡んでくるのは、僕の周りにいるあの人のことが、随分とお気に入りになっているかららしい。


「いや、でも彼女は彼女で重要な仕事があるので、なかなか簡単にはOKしてくれないと思いますよ」


「だからお前に頼んでるんじゃないか、アイツ、お前の言うことだけは素直に聞くみたいだからさ。それに、生徒会っていうのは部活動とは別だから掛け持ちすることが認められてると言ったのはお前だろ? だからさ、手が空いているときくらいはこっちに顔を出すように説得してもらえないか?」


 ――正直。アイツアイツとなれなれしく呼んでいることも気に入らない。いつから城井先輩は笹葉さんとそんなに仲良くなったというのだろうか。


 学園祭の準備期間中、実行委員になっていた笹葉さんがあまり合同練習に出られなくて、それを陰ながら指導していたのが城井先輩だったという話は聞いた。その練習に付き合っていくうち、射ても楯もいられなくなった城井先輩が栞さんにいいように利用され、こっそりと書きかえた脚本で無理やり出演したという話を聞かされた時は正直複雑な気持ちだった。勝手に書き換えられた脚本を笹葉さんにも渡し、何も知らない彼女がまんまとその通りに舞台で演技をしたということも聞かされている。


 でも、だからといって、やはり僕の知らないところで笹葉さんと城井先輩が仲良くなっているというのはどうにも気に入らない。なぜかっていわれても、気に入らないのだから気に入らないので仕方ない。


「いや、そもそも城井先輩はなんでそんなに笹葉さんのことを引きこみたがるんです?」


「はあ? なんでって、彼女に素質があるからだよ。

なあ竹久。なんでオレが演劇部をやめるって言い出したかわかるか? お前、戸部さんが小火を起こして演劇が台無しになり、それにオレが腹を立てたと思ってるだろ?」


「違うんですか?」


「表向きにはそうだが真実は違う。原因は別さ、照明だよ。体育館の照明が変わってしまったことにみんな気づきもしなかったのに、笹葉だけはそれに気づいていた。だからオレは指導をすることにしたんだよ」


「照明? 照明って、ステージの照明がLEDに替わったってことですか? それを、ほかの人が気づかなかったと?」


「ああ、そうだ……。お前も、気づいていたのか?」


「――はあ。まったく……」僕は、先輩に対して厭味を思いっきりぶつけるように大きなため息をついた。「城井先輩は本気で照明がLEDに替わったことに誰も気づいていないと思っていたんですか? こんなことをあえて言うのも失礼かもしれませんが……城井先輩って結構馬鹿なんじゃないですか? そんなこと、笹葉さんやおれだけじゃなく、みんな気づいていましたよ。戸部っち先輩も、脇屋先輩も」

「はん? 気づいていただって? そんなわけないだろう? 戸部さんは自分のペットボトルの水が原因だと思い込んでいたんだし……」


「そんなわけないでしょう。あれは城井先輩をかばうため、口から出まかせで言ったんですよ。おそらく戸部っちさんはLEDじゃあ収斂は起きないことを知らなかったのか、相当に焦って思いつくままに出まかせを言っただけでしょう。むしろ、演劇の天才と謳われた城井先輩に嘘だとばれないような演技をした戸部っち先輩って、むしろ本物の天才なんじゃないですかね? それに、あの場所を定位置にしている脇屋先輩がタバコのにおいに気づいていなかったと本気で思っているんですか? いいですか? 喫煙後の残り香が臭いことを知らないのは喫煙習慣のある人だけです。みんなわかっていて、あなたをかばい続けたんですよ」


「そんなわけないだろ。だいたい、なんでそんなことを……」


「それも分かりませんか? 凡人っていうのはですね。天才に対して劣等感を感じながらも、それが身近にいることを誇りにしているんですよ。いつかあなたが成功して有名人になったとき、せめてその天才の仲間だったことを自慢したいんですよ」


「なんだよそりゃ。みんな知っていてオレをかばっただと?」


「そりゃあまあ、笹葉さんに才能があるというのは否定しませんけど、おれの周りにいる天才だと思える人たちは、どちらかと言えば努力の天才なんですよ。戸部っちさんも、脇屋先輩だって……。でも、あなたはどうでしょう? 才能なんて言葉に足を引っ張られていたんじゃあいつかきっと彼らに追い抜かれてしまいますよ」


「言ってくれるな。オレが努力をしていないとでも? いいか? 努力をしていない天才なんてどこにもいないんだよ。才能があるやつが努力して、初めて天才となりうるんだよ。笹葉にはその才能がある。おまけに努力家だ。だから努力次第で天才になりうるんだよ。だからオレは彼女に執着するんだ」


「本当にそれだけですか? ただ単に城井先輩が彼女に恋しちゃっているだけでは?」


 僕は茶化して見せる。


「そ、そういうお前はどうなんだ?」


「僕?」


 僕は――決して笹葉さんに恋しているわけじゃあない。だって僕は……


「お前だって自分に才能がないと勝手に決めつけているだけなんじゃないのか? その能力を努力によって開花させれば天才にだってなりうるかもしれないだろう? どいつもこいつも自分のことを過小評価しすぎなんじゃないのか? もしくは過小評価することで努力することから逃げようとしているだけなんじゃないのか?」


「……」


 城井先輩が言っている『お前はどうなんだ』という言葉は、僕が笹葉さんに恋しているだとかそういう意味の言葉ではなかった。何でそんな勘違いをしてしまったのだろうか。そんなことを深く考えたわけではないけれど、僕が最後に城井さんに投げかけた捨て台詞は――。


「ともかく、あなたに笹葉さんは渡しませんから」


「わかった。宣戦布告と受け取っておく」


 そう言って、城井先輩は生徒会執務室の前を立ち去った。

 一仕事を終え、大きくため息をつく。


 ――まったく。僕のような小物が城井先輩のような人を相手をするには、たとえ伊達と酔狂が取り柄の僕であっても随分とすり減らすものが必要だ。


生徒会執務室のドアを開け、中を覗き込む。生徒会長様が一人忙しそうに雑務を関しているようだ。


「今、ひとり?」


「ええ、城井先輩が話をしたいからって、ほかの役員を追っ払ってしまっていたの。もう、こっちだってやることが山済みで猫の手も借りたいくらいなのに……まあ、いいわ。こうして竹久が来てくれた時に二人っきりというのはかえって都合がいいもの」


「……それは、おれと二人きりになりたかった……という意味でとらえて良かったのかな?」


「な、何言ってんのよ! そういう意味じゃないわ!」


 生徒会長様は頬を赤らめて視線を逸らす。こういうところが僕の知る以前のままの彼女であることに安心を覚える。


 ――新生徒会長の笹葉更紗。

笹葉さんは先日行われた生徒会選挙に立候補して、新生徒会長となった。通年であれば生徒会長をやるのは二年生の生徒であり、入学間もない一年生である笹葉さんがその役職に就くというのはあまりにもレアなケースだ。それに関して説明すればきっと長くなるので今は割愛させていただくとして、ともかく彼女はサナギから見ごとに羽化して蝶となり、慣れない雑務に追われる毎日である。


「あ、あのね……部活動の部費に関する予算をまとめなきゃいけなくて、それで資料に目を通していて気が付いたんだけど……」


「あ、ああ……なるほど。そう言うことか。生徒会長ともなると随分と忙しそうだね」


「うん、それでね……少し信じがたいことなんだけれども……どう調べてみても、竹久たちの所属している部、漫画研究部なんてどこにもないのよ」


「え?」


「記録の上ではあの部室の名義はまだ文芸部のままになっていて、今は廃部した扱いになっているの。つまり葵先輩は初めから漫画研究部なんて立ち上げてもいないし、あの部室は使われていないものを無断で占拠しているだけ……と、いうことになるわ。他の先輩にも話を聞いてみたんだけど、やっぱり誰も去年漫画研究部なんてものが存在したなんて事実を知らないみたいなの。それに部活動をして認められているなら顧問の教師がいるはずなのだけれど、当然漫画研究部の顧問をしている教師というのはどこにもいないのよ。


つまり、葵先輩はずっとあの教室を届け出無しで不当に占拠し、通い続けていただけ……」


「そんな……」


 たしかに、そう言われてみれば納得するところもあるにはある。僕がはじめてあの部室を訪れた時も表札は『文芸部』と書かれていたために勘違いして入ったことが原因だ。今までは単に表札を書き換え忘れているだけだという話を栞さんに聞かされて納得していたけれど、確かにおかしいと言えばおかしい。しかし、今まで無断で占拠していただけで問題が無いのならばそれ自体たいした問題でもなかったのだが、やはり、ことはそれだけでは済まされないようだ。


「あのね、今まではそれでよかったのかもしれないけれど、ウチが生徒会長となって、それに気づいてしまったからにはどうしてもそのまま放っておくわけにもいかなくて……。ほら、今年もまた新しく部を創設したいって届出も出ているし、正直部室が割り当てられないような部だってあるかも知れなくなっているの」


「……つまり、おれたちはあそこにはいられなくなると?」


「うん、まあ、正直に言えばそういうことになる……。あの旧校舎一階の隣、競技かるた部も二階にあった油画部も部員が集まらなくて廃部となることが決まり、部室も明け渡さなきゃいけなくなったし、このまま見過ごすというわけにはいかないのよ。ウチの、立場としても……」


「まいったな、そりゃあ……」


 ――この学園には図書室というものが無い。読書好きの僕としては静かなあの場所が思うように使えなくなるというのは淋しいことだ。僕が、瀬奈と一緒にいられる場所であるとしてもそうだし、せっかく用意した黒崎大我と葵栞とを引き合わせるための場所としてもだ。


 演劇の舞台演出上とはいえ、全校生徒の目の前で大我の好意を拒否してみせた栞さんではあったが、引き続きこの部室に訪れる大我を黙認している様子だったにもかかわらず、あの部室が使えないということになれば……


「それでね、竹久。ウチ、差し出がましいようなのだけれども、少しだけ対策を練ってみたの」


「え?」


「つまりね、また改めて新しい部を申請する、というのはどうかしら」


「たしか、この学校のルールでは五人以上の部員で新しく部を申請することが出来て、三人未満になると廃部になる、ということだよね。おれは漫画研究部を存続させるために大我を部に引きこんだ。それで、部は存続できると考えていたんだけれど、そもそも存続させる部なんて初めからなかったんだ」


 ――僕はふと考えた。もし、この部室が初めから不当に占拠していただけのものだとしたら、初めて僕に会ったときに僕や瀬奈を引き込む必要なんてなかったわけだし、部の存続のために大我を勧誘する必要もないわけだ。なのに栞さんは僕を使って大我を入部させようとしたということは……

いや、今はそんなことより部の存続をさせることが必要だ。今現在、部員は僕と栞さん。そして大我の三人が確定していると言っていい。


「つまり新しい部を申請するにはあとふたり必要ってことか。普通に考えるなら瀬奈に声をかけるべきなんかもしれないけれど……」


「うん、それが瀬奈は……別の部に参加することになっているの……」


「え、そうなのか? き、聞いて、なかったな」


「ウチの学校のルールでは、ひとりの生徒が複数の部に所属することは禁止されているから……」


「人数が、足りないわけだ……」


「それでね、油画部の赤城さんに声をかけてみたの、油画部が廃部になって部室もなくなってしまった

から必然的に部室を失ってしまったのね。だから取引を提案してみたのよ」


「絵を描く場所を提供するかわりに、新しく申請する部に名前を貸してほしいって。赤城さん、快諾してくれたわ」


「そうか、それは仕事が早いな。ところで赤城先輩に絵を描く場所を提供するって、いったいどこを?」


「これよ」


 笹葉さんが取り出したのは見覚えのあるカギだ。立派な鼻ひげを生やした猫のキャラクター『吾輩は夏目せんせい』のキーホルダーからぶら下がっているその鍵はおそらくこの旧校舎の三階、時計塔の機械室の鍵だ。長い間行方不明になっていたものを少し前に発見して職員室に返した。


「で、でもそれ……普段職員室においてあるものだろ? 理由もなく貸し出してはくれないはずだ」


「そのことなら心配ないわ。だってこれ、ウチが職員室に預ける前にこっそり作っていたスペアキーですもの。それに、万が一誰かに見られた時にも言い訳ができるように同じキーホルダーもつけておいたわ。このキーホルダー、なかなかレアなグッズだから信憑性も高いはずよ」


 そして彼女は、目を細めて『ししっ』と笑う。まるで誰かの真似でもするように。


「じゃあ、残りはあと一人だね」


「そ、その……残りのひとり……なんだけど……ウチ……じゃあダメかな?」


「え? 笹葉さんが? でも、生徒会長の仕事があるんじゃ……」


「うん、まあそれはそうなんだけど……。別に生徒会の仕事は部活動ってわけじゃあないから兼任することはできるのね。活動自体には参加する時間が取れないかもしれないけれど一応名前を貸すだけみたいにはなるのだけれど……」


 生徒会と部活動とは兼任できる……。確かにその穴を見つけて一計図ったのは僕だ。


「いやまあ、笹葉さんがそれでいいっていうならおれとしても断る理由なんてないけれど……でもいいのかな? 演劇部の城井先輩がしつこく笹葉さんを勧誘しているみたいだけれど?」


「別に、演劇部に入りたいわけじゃあないから問題ないけれど……そ、それにね。さっき竹久言ってくれてたでしょ。ウチのことを城井さんには渡さないって……そこの扉、薄いから結構話碁が聞こえてくるのよね」


 つい、勢いで言ってしまったさっきの言葉、まさか聞かれてしまっていたとは……。まあ、聞かれてしまったのなら今更隠す必要などないだろう。


「ああ、笹葉さんは絶対誰にも渡さないから」


「ちょ、な、なに言ってんのよ! べ、べつにそういうことを言っているわけじゃないんだから……」


 笹葉さんの白い肌が、みるみるうちに真っ赤に紅潮してしまった。


「え? おれ、なんか変なこと言ったかな?」


「な、なんでもないわよ!」彼女は背を向け、後ろ手に手に持っていた、部活動申請用紙を差し出し、そのままで言葉をつなぐ。「ともかく、これで仮提出しておくのだけれど、竹久は今日中に部の名前を決めておいてよね」


「部の名前? 漫画研究部じゃ?」


「別に、それでいいのならそれでもいいのだけれど、せっかくだから名前を新しく決めてもいいんじゃないかしら? 一応、部長は竹久にしておいたから。あなたが責任を持って決めるのよ。いいわね!」


「部の名前か……。それにしてもおれが部長……とはね」


「あとそれともう一つ」


「ま、まだあるのか?」


 笹葉さんは机の中から冊子を取り出す。


「こんなものを見つけたのよ」


「これは――」


「学園祭の日、ウチらが演劇をしている時に体育館の入り口で販売されていたらしいのよ。ウチの学校の女子生徒が販売していたらしいのだけれど、それが誰なのかがわからないのよ」


 そこに置かれた冊子の表紙にはイケメン王子とその執事らしき男のイラストが描かれている。一見BL漫画の表紙のようにも見えるがそのタイトルが『To be or not to be』となっていることだけでなく、そのイラストの二人の男性に似た人物を僕はよく知っているし、その絵柄にだって見覚えがある。手に取って中を見るとそれはあの学園祭で演じた劇の脚本だ。実際の僕たちが使っていたのは僕がパソコンで書いて印刷したものをホッチキスで止めただけの簡素なものだったが、これはきれいに製本されてところどころに挿絵も入れてある。


「まあ、誰が作ったのかはまるわかりだけどね」


「問題はその冊子、生徒会には無許可で販売されていたのよ。まあ、許可も何もそれを申請するべき漫画研究部なんて初めからなかったのだから当然と言えば当然なのだけれど、まあ、それはいいわ」


「い、いいんだ」


「だって、それが販売された学園祭当日、ウチはまだ生徒会長ではなかったわけだし責任はないわ。それどころかウチが所属することになる部の前身がもたらしたであろう不祥事なら、その火の粉が降りかからないようにもみ消しておくことにするつもり」


「わるい会長殿だ」


「それよりも問題はその中身よ。竹久、演劇の脚本が書き換えられていたことは知らなかった。ラストシーンはアドリブで演じたって言っていたわよね?」


「あ、ああ……」


 ページをめくり、演劇のラストシーンのセリフを確認する。

物語の後半は細部こそ違うものの僕の予定していたリア王とコーデリアのハッピーエンドではなく、生きていたティボルトがゴネリルと結婚して国を乗っ取ろうとするストーリーになっていた。それはいい。どうせあのシナリオは栞さんと城井先輩で考えたものなのだろうし、はじめからそう演出するよう画策されていたのだから。


 問題はその後だ。脚本には、その後に現れたケント伯によってティボルトが打たれるというシナリオになっている。


 これは、僕が演劇のステージ上でアドリブとしてやったことだ。これが学園祭の当日印刷されて販売されていたというのなら、僕があの時どう行動するのか、栞さんは完全にお見通しだったというわけだ。

しかしたとえばこれが、学園祭当日販売されたものではないということだって考えられる。学園祭の後でその部分を書き直したうえで印刷され、笹葉さんのもとへ巡ってきたということも考えられるが、おそらくそうではないだろう。そうであるならば僕のセリフはきっと一字一句誤差のないように記載されていると考えていいが、これは意味合いこそはあっているもののセリフ自体は全く別のものになっている。


そして何よりも、物語のはじめ。ゴネリルのリア王に対する愛の告白のセリフは、僕が描いたセリフのままだった。


そのセリフが変更されたのは学園祭の前日、笹葉さんが考えて提案して演じたもので、前もって印刷された脚本が変更されていないのは道理にかなう。そして、演劇の後にそれに準じて書き換えたというのならば、あの素晴らしいセリフを書き換えないはずがない。


「やっぱりウチは、葵先輩のことがいまひとつ信用できないし、好きにはなれないわ。だから、部長は竹久がやってくれるほうが嬉しいかな」


「そうだね。確かにおれなんかじゃ栞さん相手にかなう訳もなく振り回されるだけになるだろうけれど、笹葉さんが力になってくれるというのなら少しはやりようもあるかもしれないな」


「うん……ありがと」


 生徒会執務室は他の教室よりも風通しが悪いらしく、内緒話のために窓を閉め切った教室の中で冷え性で厚着をしている笹葉さんは少しほてってしまったのだろう。赤ら顔でうつむいている。


 そろそろ僕も立ち去ったほうがいいだろう。舞台脚本の冊子を受け取った僕は少し気障な挨拶をしながら生徒会執務室を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ