To be or not to be
僕らは『読み』を間違える2
To be or not to be
やらないで後悔するよりはやって後悔したほうがいいと人は言う。
やらなかったことに対する後悔というものはいつまでたっても浄化されることなく残り続けるものだということに対し、やったことで後悔すれはそれまで。次のステップに進むことができる――なんて言うのはとても優秀な人間の振りかざす詭弁に過ぎない。
一度犯してしまった失敗のせいでその後のありとあらゆる可能性が失われてしまうなんてことはざらにある話で、失敗は必ずしも成功の母になりうるとは限らない。
それに、やらないことで後悔した人にはそれ以上の後悔は生まれず、やってしまったことで後悔した人間のそこから派生するいくつもの後悔を知らないままなのだ。これではあまりに不公平すぎる。
だからと言って、あれもやらない。これもやらないと言っていれば結局やらないことに慣れていき、気がつくと何もしていないままに時間だけが過ぎていき、その過ぎた時間に後悔することもまた間違いないだろう。
ならば、なるべく失敗したとしてもそれほど後に響かない程度の失敗をしながら生きていくのがいいのか? あるいは一つの成功体験が自信を生み、次の成功につながることを信じて失敗を恐れず行動を起こすのもアリだし、そもそも絶対に失敗しないことだけを選んで成功を重ねていくべきか?
ハイリスクハイリターン。失敗の危険をはらむ大きな賭けをしない限り、人は小さくまとまってしまうだけで何も果たせないままに終わってしまう。
――まったく。
自分で何を言っているのかよくわからなくなってきたな。
まあ、要するにだ。
――やるべきか
やらざるべきか……
それが問題だ。




