第94話 城塞計画
「我々は50層という高い壁を乗り越えなくてはならない!そのために、立ち上がろう!みんな!!!」
【科学塔】の前でダンボールを台座にして高らかに宣言するテトリスさん。しかし、そんなテトリスさんを完全に無視して人々は道路を往来する。
【A-YS】は以前と比べれば確かに人気のゲームになった。そして【フォッダー】のプレイヤーも、いまでは大勢がこの世界を訪れている。にもかかわらず、なぜテトリスさんがスルーされてしまっているのか?
答えは簡単だ。【フォッダー】のプレイヤーはダンジョンを攻略するためではなく、装備を強化し、さらに戦略を手に入れるためにこの世界に滞在しているからだ。
実は、アイテム入手という観点では、30層だろうが50層だろうが品質に大差はない。さすがに1層と50層では話が変わってくるらしいけれど、強力なアイテムの獲得に必要なのは厳選の試行回数と良エンチャント取得の運勢だけ。
つまり、メリットがないのだ。むしろ、強敵より格下を狩るほうが試行回数を稼げることさえある。
では、【A-YS】プレイヤーたちはなぜダンジョンに潜るのかというと——実は、そこにもほとんど意味がない。きっと多分、区切りがよい50層を攻略すればストーリーが進むんじゃない?とか、そんな曖昧な理由に全力を注いでいる。
かつて難攻不落の30層が攻略されたときには、さまざまな追加要素がゲーム内に出現したらしく、それを考慮すると現在行き詰まっている50層にも、なにかあるのでは——とは思うのだけど。
「あのー……少し話を聞いてくれない??50層だよ?難関だよ?きっと報酬あるよ?」
「まず50層まで行くのがめんどくさい」
「初回踏破ボーナスなんてないだろうし報酬が確定したら潜るわ」
「一緒に探索して友達に噂とかされると恥ずかしいし」
「50層……」
ダンボールの上でしょんぼりしているテトリスさん。なんだかかわいそうだ。
ボクも難攻不落のダンジョンに挑戦し、突破してみたいという気持ちは大いに理解できる。
別のゲームからの流入とはいえ、ゲームが盛況な今の状況はテトリスさんにとってまたとない機会だ。そんな絶好のタイミングであるにもかかわらず、突破はおろか挑戦することすら叶わないなんて——悲しすぎるでしょ?
「50層まで行くのが面倒くさいんですよね?では、50層まで一瞬で行けるショートカットがあったらどうですか?」
「そんなのがあるの?」
「先行して50層に家を配置してくるんですよ」
【ホームリターン】を使えば1層から50層までは一瞬で飛べる。同棲登録をする必要はあるけれど、その数に制限はないから問題なく【レギオン】をまるごと運搬することができるはずだ。
「それなら行ってもいいぞ」
「気になってはいたしな」
「一緒に同棲して友達に噂とかされると恥ずかしいし」
「ありがとう……みんな!50層は1層ボスの【ダイゴブリン】が雑魚モンスターとして出現するけど、みんなで力を合わせればきっと勝てるはずだ!」
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>鼻息で卍さんをぶち殺したダイゴブリンが山のように……?
>これは死んだな
>無茶にもほどがある
>これまでのボス総集結かな
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「【聖雷様】とかも出るんですかね?」
「出るよ。しかも最初から雲が出てるね」
「……大丈夫なんですか?」
「諦めなければ明日はある」
「ちなみに30層みたいな特殊な階層限定要素ってあるんですかね?」
「あるよ。50層は1つの巨大な大部屋で構成されているモンスターハウスなんだ。だから実質30層と同じで感知範囲に制限はないし、しかも最初からボスがいるよ」
「大丈夫なんですか?」
「いつか夢は叶うよ」
なんだかんだ言って、その後、120人の猛者たちが50層を踏破する企画に参加することを表明し、フルレイドとまではいかなくても多くのプレイヤーが集まった。
次に始まったのがダンジョン攻略前の作戦会議。【A-YS】専用の【コネクション】を形成し、【コネクション】のチャットで、攻略に際しての注意事項や危険モンスターなどの情報が【A-YS】ガチ勢から共有された。
やはり筆頭危険モンスターは【ダイゴブリン】だ。即死のような効果による戦闘力ではなく、純粋にステータスの暴力で殴りかかってくる最悪の巨人。さらに1層のときのような〈地形嵌め〉用の壁もないから、戦術なしでは到底太刀打ちできない。
これに関してはテトリスさんや一部の【A-YS】プレイヤーが優先的に排除し、それができない場合は〈ファニチャーホーム〉によって〈地形嵌め〉用の壁を用意することに決まった。
けれど、そこからさらに発展させられるのでは? ボクはそう考え、1つ提案する。
卍荒罹崇卍 >ならばいっそ、城塞を立ててみてはどうでしょう
凸テトリス凹 >城塞?
卍荒罹崇卍 >回復型のプレイヤーは城塞に囲まれた安全地帯で回復に専念してもらったり、ダイゴブリンがギリギリ通れない門を形成したりとか。50層に対応した大規模施設を作るんです!
ねこです >なるほどですにゃん!そういうことでしたらおまかせくださいにゃん!
納豆大好き >なるほど。これは勝ちましたね。
あかりちゃん >どゆこと?
卍荒罹崇卍 >まあ戦う時になってからのお楽しみってやつですよ。視聴者さんはすでにわかってるんじゃないですか?
新しいフォルダ >戦いに際して新しい装備が欲しかったら言ってくれ。ダイゴブリン対策の装備はおっさんに言われて作ってあるよ
✝聖天使猫姫✝ >支援はわたくしのスペシャルなバードスキルが火を噴きますの!
最強の弓使い >だぶるしよつとだよすぎだぜうんちまん
yu-ki Munou>nazeka nihongo ga utenakunaltrta
めりい >個性豊かなメンバーが揃ってるねー
作戦会議を終えて、次に始まるのは砦の建設作業だ。砦といっても、【ストレージ】に入らなければ持ち出せない。つまり、余分なものは何一つ持てない状況で、容量ギリギリの建物を作る必要がある。
「そして、【ストレージ】の容量とは総重量のこと。この点に関しては一瞬で解決できる仕様がありましたよね?」
「なんだっけー?」
「〈不壊化〉だな」
そう、建物として完成してしまえば、極論、紙でも砦として成立する!とはいえ紙で作ろうとすると家として成立する前の段階で風に吹き飛ばされそうなので、そううまくはいかない。それでも中身スカスカの素材を使えば、大きさの割に容量を食わない建物にできる、というわけだ。
「今は発泡スチロールの素材発注をしておりますの!〈メッキエンチャント〉でコーティングすれば効果が付きますから素の性能は不要なんですのよ?」
「ところで猫姫さん。ベッドが空を飛んだ件についてどう思いますか」
「ついに返金申請が通りましたのよ」
よかった。




