第91話 ダメージ=回復の法則
「人気配信者のあかりちゃんさんが35層を【パーティ】で突破、ですか?」
「そうそう!今日の動画で卍さんに挑戦状を叩きつけてたよー!」
あかりちゃんさんと言えば、【ダブル杯】の時に対戦相手になったことがあるプレイヤーで、ドサクサに紛れてボクの配信中に宣伝をしていた人だ。
その影響で視聴者も増えて一躍人気者になったけど、その代償としてボクの動画のコメント欄みたいなファン(?)も多くなり、ネタ枠に転落してしまったのだとか。
というわけでひとまず件の配信を見てみることにした。
『あかりちゃんです!今日は【A-YS】のダンジョンに挑んでみることにしたよ!』
そんな感じの挨拶から始まり、6人の【パーティ】でダンジョンに潜っていくあかりちゃんたち。序盤のエリアも危なげなく進み、30層まで到達した。
『噂によるとここからが本番なんだよね〜。でも負けないよ。あかりちゃんの本気を見せてやる!』
そう言うとサイレンの鳴り響く30層を全速力で駆け抜けていくあかりちゃんとその仲間たち。しかし、その攻略法はボクたちとはまるで違うものだった。
分岐点にたどり着くたびに、巨大なブロックを【ストレージ】から取り出して道を封鎖しているのだ。
挟み撃ちを防ぐための戦略なのだろうけど、これだけで30層の難易度は大きく変わる。特にボス戦で乱入をされないのは非常に大きい。
巨大ブロックは例によって家の判定になるように構築されているらしく、ボス戦においてはさらに豪快な使い方をしていた。
あかりちゃんはブロックをボス部屋の四隅に置いて、【ホームリターン】でブロックを移動して雷撃をかわしながら遠距離攻撃を撃ち込んでいく。
やがて、【聖雷様】が雲を召喚して雷を乱れ撃ちし始めたら、ブロックの中に入って雨宿りでもするように攻撃をすべて受け止めてやり過ごす。
そこからは危なげなくパターンに突入してそのまま【聖雷様】を撃破してしまった。
その後もブロックによって戦うモンスターの数を制限しつつダンジョンを進んでいき、38層に到達したところで配信は終了した。
「なるほど……なかなかてくにかるな発想ですね。豆腐ハウスは不壊。だからこそモンスターも通れなくなるし雨宿りできるわけですけど……別に挑戦状、出されてなくないですか?」
「あたしたちが30層に到達した翌日に35層に到達したんだよ?間違いなく卍さんばーかばーかとか思ってるに違いないよー!あたし、メンタリストだから詳しいの!」
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>濡れ衣で草
>マジかよあかりちゃん最低だな。チャンネル登録してくる
>卍さんばーかばーか。やーい
>めりぃさんメンタリストってマジ??
>嘘だぞ
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「なるほど!つまり……挑戦状(被害妄想)を叩きつけられたボクたちとしては!」
「そう!今日は40層まで攻略しようー!全力でいくよー!!」
そういうわけでボクたちは今31層に来ているのだった。
今日はテトリスさんとおっさんはお休み。代わりと言ってはなんだけど久々にゆうたさんと漆黒の翼さんが【パーティ】に入っている。
「【A-YS】経験者がいないのは不安ではあるが……情報は調べてきた。足手まといにはならないように努力する」
「ゆうたさん、装備はもう厳選したんですか?このゲームは三ヶ月くらい同じモンスターを狩り続けて厳選する系のゲームみたいですけど」
「ああ。基本的な装備は揃えておいた。漆黒の翼やミューズと共同開発を行っていてな」
そう言いつつゆうたさんが【ストレージ】から取り出したのは機関銃。ゆうたさんはついに機関銃を使う算段をつけたらしい。
「ゴブ蔵さんは銃を諦めて【メイジ】に転向してしまいましたけど……使い方が見つかったんですか♥」
「というよりは本来の戦術を流用しているだけだがな。それに【フォッダー】側の機関銃はともかく、【A-YS】側の機関銃は性能的には悪くないらしい。2つのいいとこ取りをした再開発に成功した。普段使いなら【A-YS】のものを使えば問題ないだろうな」
つまり、ゴブ蔵の機関銃は残念なままってことですね。わかります。
さて、31層の話だけど30層のようにあらゆるモンスターが無限の探知能力を持っているわけではないようで、隠密で行動すれば最低限の戦闘で切り抜けることができるようだ。
その代わりに見つかってしまったらあらゆるリソースを投入して死闘を繰り広げなければならない凶悪なモンスターが売るほど潜んでいるという。
ボクたちは【遮音スプレー】をかけて足音を消し、モンスターの通るルートを避けてひっそりと移動し始める。
とはいえ当然ながらすべてのモンスターを回避できるような都合の良い世界ではない。
卍荒罹崇卍 >100m先の曲がり角からモンスターの気配があります
めりぃ >ドローンを先行させるよ
ボクが察知したモンスターの気配をめりぃさんが【ドローン】に搭載された小型カメラで曲がり角の陰からひっそりと視認する。
めりぃ >ハウルベアだねー
漆黒の翼 >ハウルベアか。ククク……叫ばれる前に仕留めるぞ
灑智 >不意打ちしますっ!
そうチャットを送るとベッドに寝転んだままの体勢から腕だけを360度回転させ、槍を3本続けて投擲する灑智。しかし、今回は灑智がその場から動くことはない。
なぜなら槍よりも呪いの出力が大きいとされる禍々しい球体がそばに控えているからだ。近くにより強い吸引力を持つアイテムがあれば、灑智が引き寄せられることはない!
その槍に続いて明日香さんと漆黒の翼さんが無音で走り抜ける。
と、そこで曲がり角から熊のようなモンスター……【ハウルベア】が顔を出し……3本の槍が突き刺さる。
攻撃を受けた【ハウルベア】は仲間を呼ぼうと声を張り上げ……。
「《SANチェック》」
その身に走る名状しがたい恐怖感に襲われ、喉がかすれたような微かな声をあげる。
——当然、仲間には届かない。
そして、漆黒の翼さんは恐怖に震える【ハウルベア】に対してスキルを撃ち込む!
「〈魔の法に則り、眼前の獲物よりすべてを収奪せん〉【アブソーブ】!」
【アブソーブ】の効果によって多大なHPを【ハウルベア】から吸収する漆黒の翼さん。そして、即座に【パーティストレージ】からアイテムを取り出す。
取り出したのは【ミュージックハウス】だ。即座に【ホームリターン】を利用して全員で【ハウルベア】を取り囲み、スキルを乱発して塵も残さず消滅させた。
「漆黒の翼さん、もしかして今の【アブソーブ】に何か研究の成果が入ってます?」
「ククク……『適応せし者』よ……貴様と同じだ。俺は【アブソーブ】が回復魔法であることに着目し、回復力を増加させるエンチャントによって威力を引き上げているのだよ。ダメージに応じた回復の効果が得られるのであれば、回復の値を引き上げてしまえばそれに応じてダメージも増加する、というわけだ」
「なるほど。現象と目の付け所は同じですけど、理屈がだいぶ違いますね。併用できるのでは?」
「わかっているではないか。それが【アブソーブ】第2の特異点。強化の重複適用だ——そして、まだ先がある」
「まだ先の世界がある……?」
「フハハハハハ!!!この探索で見せてやろう。果たしてついてこられるかな?」
「おい、今の笑い声でモンスターが向かってきたぞ」
「おちおちお話もできないねー」
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>草
>戦犯:笑い声
>アブソーブってそんなに奥が深い魔法だったのか
>適応せし者ってなに?
>二つ名だろ
>そういえば卍さん、最近は二つ名を進呈してないね
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あっ、確かに。
テクニックその62 『ダメージ=回復の法則』
【アブソーブ】の効果はダメージ分のHPを回復させるというもの。ならば回復量を引き上げればその分だけダメージが増加する!それじゃあ因果が逆だって?
回復変換と合わせると威力強化の手段が複数になるのが最大のメリットですね。両方を使えば2倍おいしいです。




