第9話 きゅーとな引きこもり
その後のことだけど、装備はもう1度、鑑定し直してもらうことにした。装備のデザインが気に入ったのも確かだけど、おそらくこのゲームでは近いうちに誰もが全身を未鑑定装備で着飾るようになるはずだ。
これまでの総当たり鑑定はハードルが高く、理論上の最適解ではあっても、誰もがそのテクニックを実践するのは不可能に近かった。
鑑定屋は閑古鳥だったようだが、それは一時的な話だ。多くのプレイヤーは総当たり鑑定を行えずに脱落し、結果として実用的な未鑑定装備を扱えることが配信者としての実力の証になっていたのだろう。
しかし——これからはその逆の未来が待ち受けている。
「あ、私は【ガベジー荒野】に【鑑定屋】を引っ越すからよろしくね。こっちで鑑定するほうが都合が良さそうだし」
これからの【フォッダー】では、すべてのプレイヤーが疑問符の鎧を身に付け、疑問符のイヤリングを装着し、疑問符の剣で戦う時代がやってくる。
最大の障壁は跡形もなく吹き飛んだのだから、そうならないほうがおかしいだろう。
「だからこそ!ボクはあえてすべての装備を鑑定して、オシャレできゅーとに着飾っていきますよ!」
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>配信なのに脳内で勝手に自己完結するな定期
>なにが「だからこそ」なんだよ定期
>卍さんなら物理職向けのアクセとかいらんでしょ?売ってくれ
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「物理系クラス向けのアクセ?何言ってんですか。そんなの使い方次第ですよ!次回の配信ではこのかわいいうり坊ちゃんを使い倒してやりますからね!」
耳元に装着したうり坊を指先で撫で回しながら宣言する。確かに【メイジ】との直接的なシナジーは薄いスキルではあるが、クラスの習得枠とは別に装備で習得できるなら使い道はいくらでもある。
むしろ炎属性の【メイジ】としては——間接的には最高のシナジーかもしれない?
「というわけで、名残惜しいですが、そろそろお別れの時間となってまいりました。次回はついに!メインクエストに挑戦していきたいと思います!」
「ついにやるんだねー、卍さん。もうプレイヤーはみんなクリアしてるよ?」
「いやいや、だからこそ配信によるネタバレを避けるためにここまで遅らせてきたわけですよ。ネットの情報もガセばかりとはいえ、見ないようにしてきたので、みなさんも配慮をよろしくお願いしますね?」
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>ゲーム開始直後のレベルに合わせられているクエストを高レベルになってから遊ぶ配信者がいるらしい
>俺TUEEEかな?
>1周回って開幕の第1章で延々とはまってそう
>ネタバレ:王様は魔族の傀儡
>↑本当のことを言うのはやめろ!!!
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「はい、もうコメント画面見てないから何言っても無駄ですよー?王様は魔族の傀儡なんてネタバレ見てないですよー?何も見てないから皆さんのコメントにも反応できないので配信終了となります。ここまで配信を見てくださったみなさん、撮影させていただいたみなさん、ありがとうございました。ばいばーい!」
王様は魔族の傀儡ってマジなのですか……?本当だとしてもぱーふぇくとな演技で知らないフリをしながらプレイしよう。そう考えながら配信を終了させた。
「あたしも落ちるねー。またなにかあったらいつでも呼んでねー!」
「はい!めりぃさん、ありがとうございました!おつですー!」
めりぃさんは最後にボクに【フレンド】申請を送ってからログアウトしていった。もちろんボクは即座に承認ボタンを押す。向こうの都合にもよるけどまた一緒に遊べたらいいな。今回はわりと時間を使わせてもらっちゃったし。
「私も引っ越しの手続きをしなきゃいけないから抜けるわね。今回見つけた仕様……?のせいで鑑定業も忙しくなりそうね!この埋め合わせはいつかするわ!」
「はい!また未鑑定装備を見つけたら鑑定してもらいに行きますね!」
寿美礼さんとも【フレンド】登録をしてお別れをした。NPCと登録できるのかはわからなかったけど、どうやら何も問題がないらしい。
「——さて、ボクも落ちますか」
誰に言うでもなくそうつぶやくと、ボクもログアウトを選択。【フォッダー】の世界から元の世界へと浮上していく……。
気がつくとボクは自分の部屋にいた。
先ほどまでのファンタジーな世界は今はどこにもない。家賃も間取りも平均的な、ごく普通のワンルーム。ボクはその部屋に鎮座する巨大なカプセル型装置『VRステーション2』の中に入っている。
「お姉様、今日も配信は絶好調でしたねっ。アイスを買っておきましたよ」
戻ってきたボクを迎えてくれたのは、ボクのきゅーとな妹である灑智だ。気配りができて優しくて、すいーとみたいに素敵な妹だ。
「お姉様がゲームを遊んでいるのを見ているだけで幸せな気持ちです。本当なら私も一緒に遊びたいのですが……」
「アイスありがとね。今度は一緒にARゲームでもやろっか。ARなら大丈夫なんでしょ?」
「お姉様!嬉しいです!えへへっ」
優しくて気配り上手の完璧な妹。ボクの自慢の妹ではあるが、ほんのちょっとだけ困った点もある。
彼女のことを端的に説明するならば……引きこもりなのだ。
より正確に表現するならば、現実に引きこもっていると説明すべきだろうか。
今や現代における欠かせない存在となったVR。会社も学校もバーチャル世界に存在するのが当たり前。かつて冷蔵庫やテレビがあらゆる家庭の必須アイテムであったのと同様に、カプセル型の超巨大VR機器が一家に1台必ず存在しているのが今の時代だ。
そんな時代にもかかわらず彼女は電脳世界に入ることを拒む、不思議な妹なのです。
以前は一緒に遊びたくて何度も誘ったけど、最近はあきらめている。
理由はよくわからないのだけど、本人曰く『自分がダイブしてしまうと自身の保有するあまりにも膨大な情報エネルギーによって電脳世界が崩壊してしまう』のだとか。もし本当だとしたら我が妹はとてつもない存在のようですね。
とはいえ、今のところはVRが使えなくて困っている様子も特に見受けられない。時代がさらに電脳世界に偏重しない限りはこのまま生きていけるでしょう。
灑智が買ってきたアイスをもぐもぐと食べながら二人で雑談をする。話題はやっぱりゲームの話だ。
「お姉様は大会への出場を目指すのですよね?出場の条件ってあるんですか?」
「あーそれね。期限までに【願いの石】っていうゲーム内アイテムを6つ集めればいいみたい。その1つがメインクエストクリアでもらえるんだよ」
【願いの石】の入手先については例によってネットでは情報が錯綜しているのだけど、公式の発表によると入手手段は多岐にわたるとされている。
高難易度ダンジョンのランダム宝箱で出ることもあるし、メインクエスト以外のクエストで報酬として得られることもある。戦闘に限らず多彩な方法が用意されているようだ。
「メインクエストはチュートリアルみたいなものらしいから、実質的には5つね。まあちょろいでしょ」
「そうですねっ!お姉様は最強ですからっ!私の100倍くらいすごいです!」
「そんなにすごかったら灑智みたいにゲームを崩壊させちゃうよ?」
「もう、お姉様ったら!」
「ふふ、それじゃあ明日からはメインクエストの達成を目指さないとね」
「応援していますっ!そのためにも今日は私が晩ごはんをお作りしますね!きっと——明日からは大変でしょうから」