第8話 鑑定遡行
というわけで、未鑑定装備の効果検証が始まった。寿美礼さんの指示に従って1つずつ試していくことにした。
Step.1
「まず、イヤリングをつけ外しながら歩いてみましょう」
「わかりました。てくてく」
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>てくてく言いながら歩くやべー奴
>卍さんの足音はとことこだろ、いい加減にしろ
>とてちてなんだよなぁ
>足音ガチ勢が湧いてて草
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言われたとおり、イヤリングをつけ外しつつ歩き回ってみたが、特に変化はない。
「じゃあ次は走るのよ!」
「はい!」
同じ要領でイヤリングをつけ替えつつ、訓練場の外周をぐるりと駆け回ったが、やはり変化はなかった。
「次は匍匐前進よ!」
「はい!……いやいや、これってなんの意味があるんですか!?」
「歩いてるときだけスピードが上がる、走っているときだけスピードが上がる……そんな条件付き装備もあるのよ。場合によっては歩いてるほうが走ってるときより速くなる、なーんて逆転現象も起こり得るの」
「つ、つまり匍匐前進してるときだけ速くなる効果も……」
「あるわよ」
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>外れ効果すぎて草ァ!
>サバゲーでは最強だぞ
>実際割と強そうだから何も言えない
>映像映えしますねぇ!
>↑動きめっちゃキモそう
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ここまでの検証によって、歩行・走行・匍匐前進いずれのスピードも向上しないことがわかった。要するに、移動系の効果は備わっていない、という結論だ——。
「じゃあ次は後ろ歩きね」
「そんなのまであるんですか!?」
「このあとは雪原や砂漠などなどさまざまな条件で同じことを試してもらうわよ!」
「ひえぇ……」
「卍さんがんばれー」
Step.2
「移動関連の効果は付随していないことがわかったわね。それじゃあ次はダメージの確認よ。かかしを目がけてさまざまなスキルを撃ち込んでダメージを比較するの」
「わかりました。〈終末の劫火に身を焼かれ、永遠の安寧に抱かれよ〉【ブレイズスロアー】!」
炎弾がかかしを目がけて勢いよく飛び、命中した。先ほどの物理攻撃スキルとは桁違いのダメージが発生した。
さらに、イヤリングをつけてもう一度【ブレイズスロアー】を発射。やはりとてつもなく大きなダメージが表示されたけれど、つけた状態と外した状態で威力に差があるとは言えないだろう。
「よし、じゃああと500回ずつ撃って比較してもらうわよ」
「え?ご、500回ですか……?」
「特定の攻撃を行うときだけクリティカル率が増加する、あるいはクリティカルダメージが増加する、なんて効果もあるのよ?ダメージはともかく確率は検証回数を増やさないと確証が出ないわ」
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>めっちゃ地道な作業だな……
>未鑑定装備使ってる人達はみんなこの作業やってるの?
>トップクラスの廃人でもなきゃやらねーだろこんな作業w
>調べた上で実用に耐える性能ならいいけどミスマッチな効果の場合もあるわけだからな
>俺を時給3000円で雇ってくれたらこの仕事代行してあげるよ^^
>↑おう、50円なら考えてやるよ
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「鑑定屋も実際に過疎ってるみたいですし、この検証はガチ勢の間では常識のようですね。みなさん、勝ち上がるにはこの作業が必須なので、やりましょうね。ボクもやってるんですから!」
「卍さんの配信を生で見ながら食べるラーメンはおいしーねー」
「めりぃさんが完全にだらだらモードに入ってしまった……」
「無駄話しない!習得しているスキルが終わったら端末経由で他のスキルも覚えて、全部検証しなくちゃいけないんだから!」
「ひええぇ……」
Step.3
「無事に主要な攻撃スキルの検証ができたわね。じゃあ次は被弾時の耐性をチェックしないとね!めりぃ、出番よ!」
「はいはーい、卍さんごめんねー?攻撃するよー」
「ひええぇ!!!」
Step.4
「せっかくダメージを受けたわけだし回復時間も計測しないとね。継続回復みたいな特殊効果がついてる可能性もあるから」
「あとは妨害の耐性も確認が必要だよねー」
「わかってるじゃない!卍さんに片っ端から妨害をかけるわよ!」
「だれか助けてください!」
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>いやー助けたいのは山々なんだけど、パーティ組んでないと同じエリアに入れないからねー
>今回の配信は神回だな
>いじめられる卍さんかわいい
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Step.5
「ありとあらゆる可能性を試したけれど、なかなか当たりが引けないわね……」
「かなり特殊な効果かもしれないねー。たとえばマグマ無効とか」
「なるほど!!さっそく卍さんをマグマにぶち込むわよ!!」
「さすがにそれは死にますよ!!やめたほうがいいですって!絶対やらないでくださいよ!?絶対ですからね??」
ボクは抵抗むなしく宙を舞い、次の瞬間、視界一面が、溶けた鉄のような赤で満たされた。
「いやー、本当に見つからないわね。第2効果」
最終的には逆立ちしながら歩いてみたり、HPを1にしてみたり、歌を歌ってみたり、めりぃさんとじゃんけんをしてみたり、さまざまな行動を試してみたけれど、第2効果の姿は影も形も見えなかった。
「場合によっては第3効果があることもあるんですよね?すべてを網羅しない限りはないとは証明できない。鑑定は奥が深いですね……」
「でもどうするー?いくら未鑑定装備のほうが価値があるとは言っても1つしか効果が暴けなかったら片手落ちだよね……」
それについては考えていたことがある。ここまで二人の時間を割いていただいたにもかかわらず、本当に申し訳ない話なのだけど……。
「やっぱり、ここは鑑定してもらおうかと思うんです。ここまでの苦労が水の泡になってしまいますが……」
「いいわよ!実際には鑑定が本業なわけだしね。配信経由での宣伝にもなったと思うし、気にしなくていいわよ」
「あたしも卍さんと遊べて楽しかったよー!」
「みなさん……!ありがとうございます!」
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>テクニックの再現はできなかったけど難易度の高さは証明されたからセーフ
>卍さんが阿鼻叫喚の神回だったからセーフ
>俺は許さないぞ!!詫び石はよ!!
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「視聴者のみなさんにも許していただけましたし、さっそく鑑定しましょう!」
「無視されてる詫び石の人かわいそう」
詫び石なんて渡せないし仕方ないね。
イヤリングを耳から外して寿美礼さんに手渡すと、イヤリングは柔らかな光が一閃し、刹那にその形を変えた。
疑問符マークだったイヤリングは、デフォルメ化されたかわいいうり坊の身体に1本の矢が突き刺さったキャラクターイヤリングへと姿を変えた。
「なんというか……かわいいんだけど、かわいそうですね……」
「うり坊が猪突侵の象徴、矢が第2効果の象徴といったところかしら?とりあえず効果を確認してみてよ」
寿美礼さんからイヤリングを返してもらい、性能確認を行った。やはりステータスの上昇値は調べたとおりだったし、それに加えて猪突侵が習得できるということも記載されていた。
そして、肝心の第2効果は……。
【アーチャータクト】
[パッシブ][スイッチ]
効果:[近接][攻撃][物理][発動時]に以下の[効果]を[発動]する。
[投射][攻撃][物理][矢]
効果:[対象]に[ダメージ]を与える。
「あー、これは盲点でしたね。矢なんて持ってないですもん。矢が必要な効果が発動するわけもありませんね」
「これは、武器を振ると矢が出るっていうスキルなのかなー?」
矢による攻撃ダメージは近接武器と同じく基本的にはSTRを参照する。ということは、やっぱり基本的にボクとは相性の悪い性能ですね。
シナジーは薄いけれど、せっかく手に入れた装備。見た目もキュートだし、使い方を考えてみようかな。そう考えたボクは改めて鑑定済みのイヤリング【ボアーピアス】を耳に装着した。
「さて、鑑定も終わったことだし、訓練場から出ましょうか。いつまでも店をほったらかしてるわけにもいかないしねっ」
「そろそろあたしも落ちなきゃだしねー。今日はもう解散かな?」
「そうですね。めりぃさん、寿美礼さん。本日はありがとうございました!」
そして、ボクたちは訓練場から出た。このまま配信も終了かと思いきや、最後の最後にとんでもない現象が発生したのです。
「あれ?卍さんのつけてたイヤリング、ハテナマークに戻ってない?」
「え?……本当ね、確かに未鑑定に戻っているわ」
二人に言われて驚いたボクは急いでステータスから装備の確認を行ったのだけれど、確かに未鑑定になっている。
どうして?バグ?不安を感じながらもボクは理由を考え込む。常識的に考えれば鑑定品が未鑑定に戻るなんてことはありえない。だとしたら、データ自体がロールバックされている……。そこまで考えたとき、——脳裏に浮かんだのは、つい先ほど自分で語ったばかりの【訓練場】の仕様だった。
「部屋の中に入ったときに装備やステータスなどの状態が保存されていた……?」
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>草
>鑑定して装備データを開示した上で未鑑定に戻せるのか……
>今日の鑑定作業全部無駄で笑う
>廃人さん達もこんな無駄な作業を未鑑定装備を手に入れる度に繰り返してたらしい
>世界の常識をひっくり返す神テクニック
>バグ定期
>↑今問い合わせたけど仕様だって返信来たぞ
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「今までの苦労って何だったんでしょう……」
テクニックその12 『鑑定遡行』
【訓練場】内で鑑定をして【訓練場】を出ると、鑑定しなかった事になります。それだけです。
〈総当り鑑定〉による時間的浪費を無にする神テクニックであると同時に、今まで〈総当り鑑定〉にかけていた時間は何だったんだ……と気分が落ち込むテクニックです。