第61話 マルチキャスト
試合開始と同時に【ストレージ】から家を取り出す。テンプレ通りの初手——やっぱりこれが鉄板だ。
対戦相手も当然のように家を足元に設置している。けれど、お相手さん側の家はこちらの家とは少し趣が違った。
「教会……?」
屋根のてっぺんに女神像と十字架。ステンドグラスが光を跳ね返し、壁面はきらめいて荘厳だ。
そんな建物の最上部、女神像のすぐ隣で、握る風の精霊なにかください✝業者の翼✝さん(以下風なに翼さん)が羽音もなく佇む。
りの(♀)ボスロートル〜いつものように聞かせてください〜さん(以下りのボス聞かせさん)はそんな風なに翼さんよりも1段ほど低い位置で巨大な棍棒を2本、肩で背負い込むようにして構えている。
ボクはかかしを発射しながら教会に向かって【エアジャンプ】で跳躍する。
先の戦いでは後手に回ったのが、不利の原因になった。ならばこそ、今回は先にやりたいことを押し通していく!
そんなボクの浅はかな想定を敵はあっさり超えてくる。
「〈暴風よ、勝利への道筋を切り拓け〉【ゲールウィンド】」「〈自由な風よ、疾風の意志をその身に刻め〉【スピードアップ】」「〈命の輝きに祝福を捧げん〉【ライフバッファー】」
「はぁ!???」
まるで複数人が同時に口を切り出した時のようなごちゃごちゃしたスキルの詠唱。
それが風なに翼さんによって行われると、3つのスキルの効果が同時に世界に顕現する。
緑色の突風がボクをめがけて吹き荒び、AGI増加と最大HP増加の付与がりのボス聞かせさんを強化する。
突風がボクを突き抜けた瞬間、追撃が叩き込まれる。
「【シルフストーム】!」
風が一点に吸い寄せられ、瞬きの間に爆ぜた!
物質干渉力に負けて弾き飛ばされるボク。そんなボクへ、りのボス聞かせさんが棍棒を振りかぶり、【スピードアップ】で強化された俊敏さを活かして飛びかかる!
慌てて【ホームリターン】。かろうじて帰還——出鼻をくじかれた。
「なんですかあれ!?なんでスキル3つ発動してんですか!?聞いてないですよ!」
「俺に言われても困るが……。人格が3つあればできる、ということか」
人格が3つあるからスキル3つ発動できるってどういう理屈!?
「いや、わからなくはないよ?【モーションアシスト】がプレイヤーの思いを判定して動作を行うシステムである以上、3人が別々に念じればそういうこともあるかもしれない。でもバグですよね??ユーキさん??」
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>ユーキちゃん「仕様です」
>ユーキちゃん最低だな
>しょうがない。フォッダーだしな
>神ゲーすぎる……引退したい……
>↑でも楽しかっただろ?
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「風の力にあなた方はひれ伏すことになるのです!」
「なにかください」
「向かい風に逆らい無謀に挑むのは✝智者の翼✝ではない」
【シルフストーム】は風属性の中でも最短の詠唱時間0秒を誇る最強スキル。投射魔法を起点とした範囲攻撃であるため単独で使用することはできない。
けれど風属性の中では威力も高く、属性縛りを用いない型の【メイジ】であればまず間違いなく取得しているといわれるほど優遇されたスキルだ。
そして先ほど受けたダメージを見るに、間違いなく風属性に特化した型だ。威力という弱点を克服し、高速で連射される風属性ほど恐ろしい魔法はない。
ボクが【ファストリカバー】で回復している間にも無数の風属性魔法の嵐が放たれ、多大な圧力をかけてくる。りのボス聞かせさんも大幅に増加したAGIを活用してボクたちの家をめがけて跳躍した。
「まずは前衛の排除が先だな」
そう呟いたゆうたさんは、屋根へと登ろうと跳躍するりのボス聞かせさんを頭上から迎撃する!
「【ガードブレイク】」「【マインドブレイク】」「【ライフコラプス】」
迫り来るゆうたさんに対して、りのボス聞かせさんが同時に放つ3つのスキル。それぞれ、防御力ダウン、魔法防御力ダウン、最大HPへのダメージという妨害系スキル3点セットだ。
それに対して、ゆうたさんはたった1つのスキルで対抗する。
「【アームズスイッチ】!」
瞬間的にゆうたさんの装備は換装され、その装備で3つの攻撃を受け止める。その瞬間、ゆうたさんの篭手がどす黒い光を放ち、黒い閃光が敵を穿つ。
黒い閃光を浴びたりのボス聞かせさんはダメージを受けた様子はない。けれども、その顔は苦渋に滲んでいた。
攻撃の反動を利用してボクのもとに戻ったゆうたさんが、説明してくれる。
「妨害に対するカウンター装備だ。【呪詛返しの篭手】でこちらが受けた妨害効果をそのまま相手にも適用し、【深淵の指輪】で相手に付与する妨害の効果を高める。こちらが受けた妨害より相手の妨害の方がつらい状態だろうな」
相変わらずの徹底的なメタ戦術ですね、ゆうたさん。性格悪いですよ。
「【メテオ】!」
そんな多重の状態異常を受けた彼女に対して最強の隕石魔法を容赦なく落下させる!
「【マナウォール】」「【バリアコマンド】」「【オーラシールド】」
3つの防御系スキルを連続して発動させ、隕石を受け切るりのボス聞かせさん。やはりスキルを最大限に活用できるというのは恐ろしいですね。
その中でも特筆すべきスキルは【バリアコマンド】。これはかつて純白の翼さんが使っていた指揮官型が仲間を強化するときに使う指令スキルだ。スキルの説明には自身以外のキャラクターを強化する、と記されており、本来ならば自分に使用できるスキルではない。
しかし【自己指令】という受動を取得すればその発動対象を自身に変更することができる。いくつもの前提スキルが枠を圧迫するため型としては希少なのだけれど、サブ職業としての運用ならばありえなくはない選択肢だ。
と、なると——りのボス聞かせさんはサブが【ナイト】でメインは別の職業だ。
一方で風なに翼さんは既に職業割れしている。風属性の魔法は【メイジ】スキルで【ライフバッファー】は【ビショップ】のスキルだ。極めてオーソドックスな魔法型といったところだろう。
相手の型を冷静に分析していると、一瞬にしてその前提すべてを覆す事態が発生した。
後方にいた風なに翼さんが発動したスキルが、すべての始まりだった。
「【サモン・ウィンド】」「【アセンション】」「【ヒーリング】」
【サモン・ウィンド】……【シャーマン】の扱う精霊召喚のスキルだ。
【アセンション】……【シャーマン】の扱う精霊憑依のスキル。前の試合でめりぃさんが使っていた。
【ヒーリング】……【ビショップ】の扱う回復のスキルだ……。
【メイジ】/【ビショップ】じゃなかったんですか!??




