第5話 狂気のマッドサイエンティスト
上空から落下してきたボクは、ぷっくり膨らんで着地を支えてくれた精霊さんからすぐさま降りて体勢を整える。
残りの狼は【ネームド】を含めて3体。数は減らせたが、こちらの主要スキルはほとんどが再詠唱時間待ちだ。
狼たちがボクを目がけて一斉に駆けてくる。どうにかもう少し時間を稼がなくちゃ。そう考えた瞬間、さっきの大きな青い精霊が割り込み、狼たちの進路を塞いだ。
英雄狼は意に介さず精霊を突き破らんと突進する。だが精霊はぽよよん、と弾力ある音を立てて英雄狼を跳ね返し、青い残光が輪を描く。思わず笑みがこぼれた。
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>精霊さんかわいい
>なんか強くて草
>シャーマンも割とアリだな
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遅れて追走していた2体の狼たちが迂回を試みるが、精霊さんが巧みに身を翻して進路を妨害。おかげで詠唱時間を稼げた。
「——【メテオ】!」
星空から落ちた白熱の彗星が地表を穿ち、衝撃波と赤熱した砂塵で視界を真っ白に染め上げる。
しかし【ネームド】だけあって、炎属性魔法最大級の火力でも倒し切れなかった。
——そして、狼の眼が再び緑色に輝く。
また上空に吹っ飛ばされる!身構えたが、嵐のような風はボクではなく精霊をさらい、頼もしいもちもち精霊さんが視界から瞬時に消えた。
やられたっ……!そう思う間もなく、狼たちが距離を詰める。その時、視界右下のスキルアイコンが灰から金へ変わり、再詠唱時間完了の澄んだ電子音が鳴った。
「【ソウルフレア】!」
飛びかかる英雄狼に杖を叩き込み、白銀の炎を呼び起こす。炎は英雄狼のHPゲージを瞬く間に燃やし尽くし、爆裂の衝撃で大きく後退させた。
それでも配下の狼たちは戦意を失わず、再詠唱時間の隙を狙ってボクに飛びかかる——そのとき、ラーメンを携えた【ナイト】が立ちはだかった。
「お待たせ!」
「めりぃさん!」
狼の突撃を軽く受け止めるめりぃさん。周囲を飛び交う精霊たちが集中砲火で進路を封じる。そこには1体だけ、他より明らかに巨大な赤い精霊がいた。赤い巨体から放たれる陽炎まじりの赤線が空気を揺らし、焦げた狼毛の匂いが漂う。
狼たちは突破を諦め、めりぃさんの足に噛みつく。だが彼女が掲げるのは箸先で湯気を揺らした琥珀色の【醤油ラーメン】。『らあめん白鳳』ではHPを50%回復させる逸品だ。耐えることに特化した盾役を倒す手はない。
「待ったー?ごめんね、【タウント】が効かないとは思ってなくて」
「英雄の補正かもしれませんね。——なにはともあれ」
近接攻撃役がすべて【ナイト】に止められ、後衛に【メイジ】が控える。
「——【メテオ】!」
もはや負ける要素はなかった。
「最後の最後に手こずってしまいましたけど、これでゴレ石を集め終わりましたね」
「卍さんありがとー!次は安定して戦えるようにもっと盾役系のスキルも覚えておこうかなあ」
「でも、あの大きな精霊さんは頼もしかったですよ!上位精霊とかそういう系ですか?」
めりぃさんの精霊さんを1匹だけ捕まえ、ぷにぷにの感触を確かめる。丸くて柔らかくてとってもキュート。そのうえ頼もしいなんて反則だ。
「あー、あれはね。【ナイト】のスキル【人馬一体】で強化した精霊なの。召喚された味方1匹のHPと、ステータス1種類を共有するっていうスキルなんだよー」
「——それはもしかして、本来は馬に使うためのスキルなのでは?」
「使えるモノは使えるんだから仕方ないよね」
「でねでね、この素材を求めてる人が結構面白い人なんだよー」
それが最初に言っていたオイシイ話らしい。どう面白いのかは教えてくれないが、行ってみればわかるはず。
ゴレ石を面白いことに使うってことだよね。期待を膨らませつつ【ストレージ】を開くと、石や狼の牙に紛れて見慣れないアイテムがあった。
「あれ?モンスター素材のほかにドロップを入手したみたいですね」
取り出してみると、それはイヤリングだった。真っ白で簡素な本体に、疑問符の刻印が入ったプレートが揺れている。
「それってもしかして未鑑定装備じゃない?おめでとー!」
「そうなんですか?これが未鑑定装備……効果がわかると形状も変わるのかな?」
装備は形状でおおよその能力を推測できる——ゆうたさん直伝のテクニックだ。未鑑定装備はその予測すらさせない仕様らしい。
「装備なんてめったに落ちないし、落ちても大抵は最初から効果が見えてるからねー。未鑑定ってことはきっと良い能力もついてるはずだよー。あたしも拾ったことないけど」
思わぬレアアイテムに胸が高鳴る。鑑定回は配信映えしそうだ。
「じゃあ後で鑑定してもらうとして、まずはゴーレムの石を届けに行きましょう!」
「その時はあたしもついていくからね!」
何はともあれ、【アンネサリーの街】に戻ったボクたち。めりぃさんに連れられて進むと、油と金属の匂いが濃い小さな工房が現れた。
「待っていたぞ!」
工房の前には大きなゴーグルをかけた男性が腕を組み仁王立ちしている。動きやすさを重視したシンプルな軽装——AGI型の前衛だろうか。
「ゴレ石持ってきたよー。手伝ってくれた卍さんも連れてきちゃったけど、いいよね?」
「ああ、構わない。【フォッダー】で生まれる最新技術を配信者の前で披露しようではないか!」
【ストリーミング】スキル発動者の頭上にはカメラマークが浮かぶ。ボクの頭上のマークを一瞥した彼は、快くうなずいた。
「はじめまして、卍荒罹崇卍です!よろしくお願いします!」
「俺はx漆黒の翼xだ、よろしく頼む。ところで——君は【エアジャンプ】というスキルを知っているか?」
【エアジャンプ】
[アクティブ][補助]
消費MP:2 詠唱時間:0s 発動回数:1
効果:[滞空]時に[ジャンプ]を[強制][発動]させる。
[接地時]に[発動回数]を[回復]する。
もちろん知っている。さっきの戦闘でも大活躍した空中ジャンプスキルだ。近接戦闘型なら習得が当たり前で、ボクは被弾時の離脱にも使う。
「ボクも習得していますよ。便利ですよねー」
「それなら話は早い。俺はあのスキルについて研究していたのだ」
「研究?」
「【エアジャンプ】は空中で1度までジャンプでき、使用後は接地と同時に再使用が可能になる、とある。だが……接地とは何なのか?」
「はい?」
接地といえば地面に足が着くことだと思ったが——すぐに気づく。足が着くのは地面だけとは限らない。
「建物の壁に足をつけて【エアジャンプ】を復活させれば、無限に登れるのでは?」
「そう。そこに気がついたのだ。しかし結果としてはできなかった」
「あの時はすごくがっかりしたよねー」
めりぃさんも研究に参加していたらしい。
「何が問題だったのでしょう。角度? 体重をかける必要があるとか」
「俺もそう考えた。そこで次にその建物を倒してみた」
「……ん?」
「建物を横倒しにすれば、それまで壁だったオブジェクトは地面となる。その上に乗って【エアジャンプ】を試した」
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>これマジ?半分犯罪だろ……
>全部犯罪だぞ
>ヤバすぎて草
>行動力がすごい
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この人、『狂気のマッドサイエンティスト』かなにかですか……?
【人馬一体】
[アクティブ][キャラクター][支援]
消費MP:2 詠唱時間:5s 再詠唱時間:30s 効果時間:4m
効果:[召喚]された[味方][キャラクター]の[HP]と[任意]の[ステータス][1つ]を[自身]と[共有]する。
[ステータス]は[高い側]の[数値]を[参照]する。この[効果]は[1体]にのみ[適用]できる。
テクニックその8 『人霊一体』
召喚されたキャラクターであれば馬でなくても良い、当たり前ですよね?本来なら馬のAGIを自身と同期させる、と言った使い方を想定されていたのだと思います。
めりぃさんはこのスキルを使って精霊をサブ盾役にしたり、攻撃役にしたりしているようです。