第49話 ミュージックハウス
「〈ミュージックハウス〉……?」
「そうですにゃ。まずは【ディバインゴーレムの石】を取り出して……」
そう言いながら先ほど属性を付与する前に【ストレージ】にしまっていた【ディバインゴーレムの石】を取り出す。取り出した石は淡く金色の紋様を帯びていた。
その後、右手で蒼白の光線を描き、虚空に設計図を浮かべる。
「……あれは何をやってるんですの?」
「ボクも詳しくはないんですけど……。設計図を書いてるんですよ。どの部分にどの素材を使用するか、幅や大きさはいくつにするか、そういった情報を記入して確定すると、アイテムが即座に加工されるんです」
完全ランダムのガチャ鍛冶とは違い、創意工夫が如実に滲む画期的なシステムだ。
「これができるようになると便利ですにゃん。お二人も取得されてみては?」
自分で素材を加工できれば、テクニックに必要なアイテムを自前で用意できるよね。スキルポイントあったっけ……。ステータスを開いてみると、ちょうど汎用スキル枠が1つ増えている。
「そういえば自宅の中に【女神像】がありましたね。覚えてみましょう」
「わたくしは遠慮しておきますわ……。どうにも細かい作業というものが苦手で……」
自宅に入って【女神像】に祈りを捧げ、【ドローイング】のスキルを獲得して戻ってくると、どうやらアイテムの加工が完了していたらしい。
店員さんの手には、薄板のように加工された【ディバインゴーレムの石】があった。
「これは【〈闇増幅器〉】ですにゃん。これを通せば闇属性スキルの威力が上昇するはず。試してみるにゃん?」
「……え?元となった素材はELMがマイナスになった闇属性の鉱石なんですよね。なんでそれで闇属性が強化できるんでしょう」
「それはELMの仕組みによるものにゃん。卍さんは非常に高い炎属性のELM値を持ってるから炎属性の攻撃ダメージで逆にHPを回復できる。でも、この法則は炎属性の回復魔法には適用されないにゃん」
ELMによる属性スキルに対する影響は、受け手側にとって都合が良くなるように成り立っている。ダメージや妨害であればその効果を軽減する方向に働くけれど、回復や支援であれば効果が大きくなるように働く。
「つまりわたくしの闇属性スキル……【誘いのレクイエム】の威力を増加させることができるのですわね。でも、威力が上がってもすぐに壊れてしまうのでは?ELMが低いということはアイテムにかかる負荷も大きくなりますの」
「ノンノン。先ほど言っていた仕様をお忘れですかにゃ?」
先ほど言っていた仕様?【〈闇増幅器〉】はすぐに壊れる。作るのは〈ミュージックハウス〉。そして、家は…………!!
「【ホーム】として成立した家は〈不壊化〉される!」
「その通り!あとは家の条件を満たすだけ。条件は、中に家具が設置できることと、住所があること。この裏庭を住所にしてミニチュアハウスを作るにゃん!」
宣言と共に再び【ドローイング】を使って設計図を書き始める店員さん。蒼光のペンが空中を滑り、線が組み上がる。まさにクラフトに命を懸けるプレイヤーだ。
やがて豆腐型のミニチュアハウスと小型家具が完成する。白壁の豆腐型ハウスが無垢材の家具と並ぶ。
しかし、完成したミニチュアハウスには疑問点がある。先ほど言っていた【〈闇増幅器〉】が壁として採用されていない。石材で構成された家のようだけど……。
「あれ、【闇増幅器】はどこに使われているんですの?」
猫姫さんは小首を傾げ、眉をきゅっとひそめる。
「【闇増幅器】はこれから設置するんですにゃ」
そう言うと、ミニチュアハウスの上部をカパッと開き、家の中央に先ほど作成した【闇増幅器】の板を差し込む。
「さぁ、これに【誘いのレクイエム】を吹き込んでみてにゃん!」
「わ、わかりましたわ」
そう言うと、猫姫さんは【ストレージ】から細長い棒状の装備……タクトを取り出す。そして、それを振るうことで指揮を始めた。
同時に、周囲一帯から演奏が鳴り響く。【バード】以外には見えない不思議な妖精さん……演奏妖精が曲を奏でているのであろう。微細な光粒が空中を漂い、音色を淡く彩る。
そしてそれに反応して【闇増幅器】がその音を増幅させる。やがて演奏が終了する頃に、店員さんがゆっくりとミニチュアハウスに蓋をした。
「わたくしの華麗なる音楽、五つ星でしょう?」
猫姫さんがドヤ顔で自身のスキルを自慢し始める。しかし、そんなことを気にしていられないくらいの異常が起こっていた。
「まだ音が流れている……?」
耳奥をくすぐる不可思議な共鳴が続いていた。【誘いのレクイエム】に使われている音が残響のように周囲を駆け巡っている。
それはミニチュアハウスの中から発生していた。
「壁の反射によって音が跳ね返り、【闇増幅器】によって増幅される。そして反対側の壁でまた跳ね返り、再び音が増幅する——半永久的な音響ループが完成にゃん」
「猫姫さん!【誘いのレクイエム】の効果は——」
「演奏中効果はダメージ判定が遅れる、ですわ」
「は?」
意味不明すぎて、もう一瞬頭が真っ白になる。
「最強のスキルなんですのよ?それなのになんでみなさん【バード】を使わないんですの?」
ダメージ判定が遅れる……。説明からいまいちピンと来ないけど、攻撃を受けた直後にHPが減らない、ということなのかな。
「えっと、試してみましょうか」
ミニチュアハウスを手に抱え、2人を巻き添えにしないように距離を取り、ボクはあのスキルを発動させる。
「【フルバーニング】!」
途端にボクを中心に大爆発が発生し、それと同時に圧倒的な火力の代償で自分のHPが急激に減少していく。しかし、本来なら同時に発生する炎属性ダメージで相殺される……はずなのだけど。
「HPが……回復しない……!」
猫姫さんは演奏を行っていない。にもかかわらず、スキルの効果が適用され続けている。
これはやっぱりボクの手元で鳴り響くミニチュアハウスの効力で……。
使い道を考えていたその最中、数拍遅れでHPバーがぐんと一気に伸びる。結果的には吸収によって回復へと転化されるけれど、これもダメージとして扱われているんだね。
「ちなみに受動による追加効果で妨害耐性の増加と一部『演奏記号』の解禁。さらに隠し効果がいくつも重なって……」
「……効果多すぎないですか?」
テクニックその37 『闇増幅器』
攻撃側はELMが高いほど威力を増加させることができるが、受け手側はELMが低いほどダメージが増加する。この仕組みによってフイルターを通した闇属性スキルの出力を跳ね上げる事ができます。普通に使うと一瞬でアイテムが破損してしまうのですが、やりようによっては……。
テクニックその38 『ミュージックハウス』
減衰した闇属性のスキルを闇増幅器によって増加させる永久機関。明らかに音楽としては破綻した謎の音になってしまうのですが、その効果自体は失われず、【バード】の詠唱中効果を持ち運びすることが可能になります。ある意味では【バード】の長所を奪うようなテクニックなのですが、これを派生させれば【バード】自身も強力になれそうですね。……だって、やりようによってはハウリングさせたりできそうじゃないですか?




