第36話 フック猪突侵
「よし、あと少しでたどり着ける。俺が一番乗りだ!」
「えっ!?」
そう宣言すると同時に急加速し始めるキリトさん。まさかそんな野望を隠し持っていたとは!
言われなければ別に気にしなかったはずなのに、明言されると非常に悔しい。
いや、まだまだ逆転の目はある。ボクが先にゴールしてみせる!
「えいやっ!」
掛け声と共に前人未到の大地に向けて1本の【アンプルアロー】を放つ。矢はキリトさんの速度を超え、一足先に大地に降り立った。
そして、アンプルが地面にぶつかって割れた瞬間、ぱきんと乾いた音とともに藁があふれ出し、瞬く間に人影へ編み上がっていく。
そう、これはかかしの種を仕込んだ特製【アンプルアロー】!【訓練場】で見たときから絶対に使いたいと思っていたんですよ。
「ククク、ボクの勝ちですね。これを使えば一瞬で——」
「読めたぜ、こういうことだな?【猪突侵】!」
「うわあああああああ!!!!人のかかしを!!!!!」
ドヤ顔で解説しかけたところを、先読みしたキリトさんに利用されてしまった!
「なんてことを!なんてことを!」
「獲物を前に舌なめずりをするのは三下のやることだぜ?」
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> 卍さん涙目である
> ざまあwwwwwwwwww
> さすが殺キリト戮さん
> やっぱり主人公には勝てなかったよ……
> 便利そうだな
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ボクも【猪突侵】でかかしを指定し、大地へと降り立つ。
【猪突侵】はキャラクターの1人を指定して超高速で接近するスキルだ。その性質上、キャラクターのいない場所へは近づけないという、ある種当たり前の弱点がある。
しかし、かかしは攻撃テストに用いられるアイテムである以上、キャラクターとして扱われる。よって、先行してその場所にかかしを設置しておけば、【猪突侵】の発動対象に選べるのだ!!
「まあ、そのかかしを相手に利用されては意味がありませんでしたね」
「目的の場所にはたどり着けたんだ。勝ち負けは気にしなくていいだろ?」
これが勝者の余裕である。妬ましい。本当に滅びればいいのに。
【コールグループ】で改めて明日香とアスナさん(仮)を呼び、新マップの探索を開始する。
低木の生い茂る丘の頂に、苔むした石造りの【祠】がぽつんと鎮座している。まずはそこから確認すべきだろう。
突然モンスターか何かでも出てくるかもしれない。恐る恐る【祠】に近づき、そっと中をのぞき込むと……
おじいさんが座布団の上に正座していた。
「おぉ……なんという奇跡じゃ。この土地に選ばれし英雄が訪れるときがやってきたとは……」
この人、ずっと【祠】の中で正座してたんですか?
「選ばれし英雄ですか♥」
「とぼけんでもよい。おぬし、【空神】に選ばれし使徒じゃろう?【空神】の【権能】の持ち主以外がこの地に足を踏み入れることはかなわないはずじゃ」
「【空神】の【権能】……どうしましょう。もしかしてなんかのイベントをスルーしてしまったのでは?」
「ねえおじいさん。【空神】の【権能】って何かな?」
アスナさん(仮)が質問すると、おじいさんは惜しみもせず答えてくれた。
「空を縦横無尽に世界を駆ける埒外の【権能】【『アイテール』】じゃ。……そういえばお主らが使っていたのはかの【権能】とは少し違うようであったが……。時代が変わればそのようなこともあるのかのう」
「どんなふうに違うんだ?」
「【『アイテール』】による飛行に制限は存在しないのじゃよ。現象の結果だけで見れば近似しておるが、遠目で見る限りではお主らの飛行には制限があるように見えたからのう。そもそも【『アイテール』】の恩寵を授かれるのは本来ならば世界に1人だけ。お主らの力は簡易的な【加護】といったところか」
解説をしつつも勝手に納得してしまうおじいさん。でも多分ボクたちの〈ロードウィング〉は【『アイテール』】とかなんの関係もないと思う……。
「どうやら他に正規の手段があったようだな。そのことは気になるが……この【祠】はなんのためにあるんだ?」
「おお!そうじゃ。忘れておったわい。この土地にやがて訪れるであろう【空神】の使徒に【加護】を授けるのがわしの役目じゃ。4人もいるというのは想定外じゃったが、なんの問題もなく授けられるぞ。そらっ!」
そう言うと、おじいさんはボクたち1人ずつに手をかざし、霧混じりの青い気流が胸に流れ込み、肺の奥がひんやりと震えた。
キリトさん、明日香さんの順に風が送られていき、その次にボクもその風を身に受けた。
その瞬間、新しいスキルを習得したことを告げるメッセージが表示された。
イベントで新スキルを獲得できるとは。そう思いながらスキル一覧を開くと、受動の項目に新たなスキルの存在を確認できた。
【空神の加護】
[パッシブ][ブレッシング]
効果:[対象]より[高度]に[位置]している[時][スキル]の[出力]を[増加]させる。
「なるほど。これは【『アイテール』】とやらの存在を前提としたスキルですね」
〈ロードウィング〉は行動に制限があるので狙って使うのは難しいが、自由に空を飛べるスキルとやらがあれば、これ以上ない性能だろう。
まあ、相手も【『アイテール』】を使えるのならば上の取り合いになって結局は生かせないのだけど。
しかし【『アイテール』】が解禁されていない現状でもこのスキルの重要性は変わらない。
飛行以外でも相手の上を取る手段はいくらでもある。わざわざ空を飛ばなくても【エアジャンプ】しながら攻撃を放つだけでこの条件は満たせるし、なんなら高い足場から低い足場への魔法攻撃でも同様だ。
戦場で相手より高い位置を取ることは一般的に有利とされるが、このスキルはまさにそれをシステムとして定義づけるようなものだろう。
このスキルを多くのプレイヤーが持つようになれば、これからの戦術は間違いなく変わる。【エアジャンプ】は必須スキルとなり、誰もが相手の上を取る。あるいは地形を操作するスキルも一線級に躍り出るだろう。
そして——その仮定は事実となる。
「じゃあ適当に【コールグループ】で人を呼んでしまいましょうか」
「いいわね!けれど【コールグループ】で呼んだ人に【空神】の【加護】をくれるのかしら?最低でも飛んでこないとダメとか言われない?」
「試してみましょうか」
【ストレージ】を開き、アイテム欄から漆黒の翼さんを呼び出す。ストレージの中に入ったときは家とセット扱いだったのだけど、どうやら家から出たことで別枠に収まっていたらしい。
「むむ!何をする。世紀の発見がなされるところでだな……」
「まあまあ、それでおじいさん。この人にも【加護】をくれますか?」
「いいじゃろう。【加護】を持った者の紹介する者に悪い奴はいない」
おじいさんは漆黒の翼さんに快く【加護】を与えてくれた。
「なるほど、そういうことか。感謝するぞ!今はまだ調査の途中ではあるが、最終的には結果で借りを返そう。」
そう宣言してくれた漆黒の翼さんを再び【ストレージ】に送り込んだ。何もない真っ暗な空間なら調査もへったくれもなさそうだけど、あの様子を見るに何やら収穫があったらしい。
「というわけで行けそうですね!」
「……何?今の」
「ボクの【ストレージ】に住まう妖精さんです」
テクニックその29 『フック猪突侵』
本来ならばキャラクターに向かって高速で接近するためのスキルである【猪突侵】。
かかしはキャラクターとして判定されるというシステムを利用し、遠くにかかしを召喚してターゲットとして選択すれば好きなところにぶっ飛ぶことが出来ます。
【猪突侵】のターゲット範囲の中でしか飛べないので限界はありますが、少なくとも【テレポート】よりは移動範囲が広いですよ。




