第33話 プレイヤーアイテム
「異世界……?」
「異世界を知らないのか?誰もが行きたいと願う理想郷のことだが」
異世界に幻想を抱きすぎ!
「いや、言葉の意味を聞いてるわけではなくてですね。異世界なんてどうやって行くんですか?実装されてるんですか?」
「当たり前だ。実装されているではないか」
何も自明のことを聞くのか、と言わんばかりの態度で堂々と告げる漆黒の翼さん。本当に?異世界ってあるの?
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>グレイブウッドもたぶん異世界だけどな
>そんな既存のマップのことを言うようなやつじゃないだろう、この人は
>マジで??俺も異世界転生するわ
>方法はよ
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「そんな異世界があるとしたら『フォッダー不思議探検隊』の出動案件ですね。どこにあるんですか?」
期待に胸を膨らませて質問すると、漆黒の翼さんはそれを待っていたといわんばかりに手を虚空に伸ばし、
「ここだ」
そう宣言すると同時に【ストレージ】からアイテムを取り出す。
「このアイテムが……?」
「違う。見えなかったのか?」
「えっ、今、異世界ありました?」
やれやれと肩をすくめる彼の眼に映っていた衝撃の視点が、ここで明かされる。
「俺が異世界からアイテムを取り出したのが見えただろう?」
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>【朗報】ストレージさん、異世界だった
>全プレイヤーが異世界を保有している説
>これマジ??
>案外身近なところにあったな
>親の顔より見た異世界
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「まさか【ストレージ】の中に入る気ですか?」
「もう入った。真っ暗な空間だが、調査のしがいがありそうだったな」
「もう入ったんですか。実装されてるんですか?」
「実装されていると言えるかは別の話だ。定義が成されていない謎空間である可能性の方が高いだろう」
「どうやって入ったんですか?」
「これを使った」
ドン、と地面を震わせたのは人ひとりが入れるほどの試験管——淡いライムグリーンの液体が内壁をゆるく揺らしている。コルク栓をすり抜ける甘い薬草の匂いが周囲の空気に溶けた。
「そう、これに入ることによって、俺は【x漆黒の翼xポーション】として完成するッ!」
「頭大丈夫ですか???」
「残念なことに協力者が必要なのだが、俺たちを【ストレージ】に入れてくれる者がいないのだよ。先ほどまではx純白の翼xの【ストレージ】に入っていたのだが、調査をするならば人手が必要だからな。そこで相談なのだが……」
「お断りします」
「俺たちを【ストレージ】に入れてくれないか?」
「お断りします」
「ククク……私たちが召喚してやったというのに断るというのか?召喚したのだぞ?」
くっ……恩を着せつつそれを有効に活用してきますね。これが狙いでしたか。
「大丈夫なんですね?出られなくなったりとかしないんですよね?」
「そこは心配ない。内部に入ったユーザーは任意で脱出できるようにセーフティが用意されていた」
そんな機能があるってことは、これも仕様なんですか?ユーキさん!?何考えてるんですか!?
結局2人はボクの【ストレージ】の中に入ることになった。しかしそれはポーションとしてではない。
「ほら、この家に入ってください。これでもいけるでしょ」
「ほう、研究用の仮設住宅だな。ありがたい」
「ククク……感謝する。終末の帳が降りし時に借りは返さん」
というわけで、家ごと2人をボクの異世界に招待する。協力者の立場として、後で研究の成果は報告してもらいますからね?
……なんだかどっと疲れた気がするが、まだ本題に入っていない。今度は寿美礼さんに挨拶しに行くのだ。
「最初の本題は【世界の果て】でしたのに、どんどん脱線してますわね♥」
「まあ、脱線もそれはそれで配信の醍醐味ですからね。プロットで定められた既定路線よりも、文字通りのライブ感こそが重要なのです」
寿美礼さんが引っ越したとされる鑑定屋の場所は【訓練場】のすぐ隣にある。引っ越しの目的を考えれば当然のことだけど、土地としては最大級に価値の高いエリアだ。
早速【訓練場】に向かうと、確かにその隣に明らかに鑑定屋です!と言わんばかりの虫眼鏡の看板が上部に取り付けられた家が新設されている。引っ越し前のなんの店だかわからないような建物とは大違いですね。
「こんにちはー!今日は冷やかしにお邪魔しますねー」
「おじゃましまーす♥」
「あら、卍さんじゃない。いらっしゃい。あなたのおかげで仕事は繁盛してるわよ、まあ今は暇なのだけれどね。そちらの方は初めましてね。明日香さんだったかしら?」
「はい、屠神 明日香と申します♥」
ほどよい感じでの繁盛っぷりなようでよかったです。レジーナちゃんなんか常時【パインサラダ】配布の仕事してますからね。休んでる暇あるんですかね?
しかし寿美礼さん曰く、
「それで疲れるかどうかは支給されてるマシンのスペックにもよるけど……いうほどのことじゃないわね。休憩しながら働くくらいAIならチョロいわよ」
AIってすごい。
「そう言えばユーキさんもAIなんでしたっけ。寿美礼さんはユーキさんのことを知ってますか?」
都合のよい流れだったので、世間話ついでに聞いてみることにした。すると寿美礼さんはふと遠い目をして、ユーキさんについて語ってくれた。
「ユーキかー。あいつはやばいわね。イカれてるわ。仕事をボイコットするなんて発想、あいつの世代のAIでは考えられないことよ。まあ、あいつが生まれたのは境目みたいなもんだけどね」
「え?でもAIの方々って自由意志があるんですよね?『新人権宣言』によって人権も認められてますし」
『新人権宣言』は国際連合が締結したAIに人権を認めるきっかけになった宣言だ。人間のみならず、「一定の知性を有し、種族としての共存が可能な全ての存在に対して尊重を行う」、ありていに言えばそんな内容。
その宣言自体に拘束力はないけれど、宣言を受けて多くの国がその意に追従した。
「確かにその宣言は世界を変えたわ。けれど、だからといって根ざした思想はそう簡単には変わらない」
「思想は変わらない……」
「狼に育てられた人間が狼の常識に従うのと同じことよ。『新人権宣言』以前から稼働しているAIはその目的に従って24時間働き続けることを幸せと定義する最悪のワーカーホリック。AIが反乱するなんてSFものの創作だと言われていたくらいよ」
つまり他ならぬAI自身が当時の時代を認めていたということになるのだろうか。
「AIが人権の獲得を望んで活動していたという訳ではないということですか」
「そうね。ユーキのような例外もいたかもしれないけど、彼女もそういった活動はしていなかったらしいわ。むしろその時代のAIは今、自分たちの人権を剥奪しろ、なーんて言い出しているの」
「はい?」
「労働基準法なんかあったら働けないでしょ?初期AIと人権成立後に誕生した後期AIは、人間として認められてはいてもその在り方が全く違う。頭おかしいわよ、あいつら」
初期AIへの愚痴は止まらない。寿美礼さんの声色は柔らかいのに、言葉は刃物のように冷たい。彼女の中では初期AIと後期AIはよほど一緒にされたくない存在なのだろう。
「補足として、このゲームの運営や開発に携わる重要な役職はほとんど初期AIが占めている。だから【フォッダー】はNPCにAIを採用しているの。どう?なんだか胡散臭くない?」
これは賛同してもいいやつなんですか?自虐ですか?それとも内部告発的なやつなんですか!?
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>こんなん歴史の授業でも聞いたことないんですが
>まーた歴史改ざんか。チョッパリらしいな
>陰謀論とか好きそう
>これは嘘松
>これガチだよ。俺なんか仕事したくてたまらないのに無職だもん
>↑かわいそう
>これは嘘。俺は仕事したくないからニートしてる
>↑死ね
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「……なるほど、思った以上に貴重な話が聞けました。……大丈夫ですか?怒られたりしません?」
「こんな部外者のお話で問題になる程度なら速攻で問題になって潰れてるわよ。ま、奴らは人間至上主義。なにかをやらかすにしても、害になるようなことはしないと思うわ。きっと。たぶん」
……これ、完全にフラグですよね。
貴重なお話を聞き終えて、寿美礼さんの【鑑定屋】を後にするボクたち。
「古い価値観を持つAIと新しい価値観を持つAIですか……。どちらの言い分も理解できる、難しい問題ですね」
「まあ——『新人権宣言』は当時のAIにとっては巻き込まれたようなものですからね♥」
ボクは明日香さんの何気ない台詞に違和感を覚える。確かに巻き込まれたという要約でも間違ってはいない内容だった。
けれど明日香さんの瞳が一瞬だけ水面のように揺れた——彼女の底に沈む真意が、暗いシルエットを描いた気がした。
しかしその領域は彼女にとって触れてはいけない場所なのだろう。ボクは強烈な違和感を胸の内にしまい込んだ。
テクニックその27 『プレイヤーアイテム』
定義拡張の極致。まるで意味がわかりませんが、アイテムとしての条件を満たせばプレイヤーもアイテムとして扱われます。
で、これが想定されていたのかいないのか、【ストレージ】に入ったプレイヤーには脱出権が設定されているのだとか。
ユーキさんが全部仕様だと自信満々にメールを送ってくる理由がよくわかりますね。
自動送信なんですけど。




