第3話 戦場のフードファイター
しばらく様子を眺めていると、どうやら無事に戦闘が終了したようだ。声をかけようとしたところ、向こうから先に話しかけてきた。
「あー!卍さんじゃん!いつも見てるよー!あ、これ映ってるー?」
「はい、映ってますよー。いつもありがとうございます!でもボクの名前は卍荒罹崇卍ですからね?」
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>読めない定期
>なんか呪われそう
>卍さんは卍さんで良いだろ
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「……なんでそんなおどろおどろしい名前にしたの?」
「その件についてはボクの両親に尋ねていただければと思います」
「えっ、本名なの?」
「まあいいじゃないですか。ボクのことよりさっきの戦いですよ!ラーメンを食べながら戦ってましたよね?」
正直な話、ボクのことを『卍さん』などと呼び続ける視聴者さんには物申したい気持ちがあるのだが、それは置いておく。奇想天外なプレイヤーの前では些末な話だ。ボクが問いかけると、彼女はさも当然のようにこう答えた。
「あぁ、これ?簡単な話だよー。HPやMPを回復するために食べてるのー。これ1杯で50%も回復するんだもんー!」
「なるほど、純粋な回復アイテムとしての利用ということですか……!」
HPやMPが50%も回復する。確かにボクもその点には目を付けていた。ポーションより回復量ははるかに高い。
とはいえその回復量はあくまで非戦闘中にのみ使用できるアイテムとしての数値に過ぎない——そんな先入観にとらわれてしまっていた。食事はゆっくり休憩しながら行うものだ、と。
「モニター越しのゲームが主流だった時代は、回復アイテムのドカ食いなんて当たり前でしたね……」
ボタン連打で凄まじい勢いで消費される料理。現実的にあり得ない圧倒的な早食いがネタにされることも多々あった。
「いや、そんな時代のことは知らないけどね?」
VRが主流になってからは、その圧倒的なリアリティのせいで先入観が邪魔をしていた。ゲームの経験は豊富な方だと自負していたのだけど、こんな簡単なことにも気づかなかったとは……!
「あなたに気付かされましたっ……!戦闘中でも遠慮なくラーメンを啜ってもいい。これこそが自由度、オープンワールド——!さすがです、『戦場のフードファイター』!」
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>戦 場 の フ ー ド フ ァ イ タ ー
>言うほど動きながらラーメン食えるか?
>戦闘しながらラーメンを食べたり戻したりしろ
>参考になるわ。今度から俺も食べながら戦おう
>回復薬の代わりにラーメンを飲むだけ、簡単でしょ?
>カレーなら飲めるぞ!
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「やった!卍さんに二つ名貰っちゃった!ふふん、いいでしょー」
なお、コメント欄では『羨ましくない』だの『いらない』だの否定的なコメントが流れてきている。心外である。
さて。意気投合したボクたちは、さっそくモンスター狩りをすることになった。
「まずは自己紹介しておこっか!あたしの名前はめりぃ。職業は【ナイト】/【シャーマン】だよー」
「めりぃさん、よろしくお願いします!先程の戦いを見るに、【ナイト】を選んだのは耐久力を上げるため、ということでしょうか」
「結果的にはそうなるんだけど……。でも、あたしが【ナイト】を選んだのはペット職だからなの」
「なるほど、ペット職としての採用ですか!ちなみにペット職というのはモンスターなどを使役して戦闘を行うタイプの職業に名付けられた俗称のことですよ」
めりぃさんの言葉にボクは納得した。彼女の職業である【シャーマン】は精霊を使役して戦闘を行うことを主軸とした、いわゆるペット職だ。
「【ナイト】は本来なら『近接攻撃役』としての適性を持つ職業ですが——【サモン・ホース】という馬を召喚できるスキルがあるんですよね?」
【フォッダー】においては馬との連携を行うスキルを活用した『騎乗戦闘』型も存在するらしい。これは『騎士』という職業の名称を踏まえれば当然とも言える。
「そうそう!今は精霊さんとの連携を重視しているから、【サモン・ホース】にまでは手が回ってないんだけどねー」
ふよふよと漂う精霊たちを眺めながら楽しそうに笑うめりぃさん。確かにペット職にはロマンがありますよね。
ペット職はその独特な性能ゆえ、どんなゲームでも一定の人気を誇る職業だが、たいていの場合はぶっ壊れか産廃のどちらかに二極化する。
戦闘AIや召喚システムなど、ペット職に関わるバランスは単純な数値として調整できない要素が多い。他の職業とは違う独自の性質を持つが故にバランス調整が非常に難しいのだ。
そんな問題の多いペット職だが、【フォッダー】ではどうなのかというと——。
「ネット上における【シャーマン】の評判は『最強』『雑魚』『使いやすい』『使いにくい』『神』『ゴミ』『AIが無能』『AIが賢い』ですね!」
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>情報が錯綜してて草
>やっぱフォッダーってクソだわ
>これは極めて有用な情報ですね間違いない
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「【フォッダー】は1000億円もの賞金を懸けた大会を開くことを告知していますからね。だから自分の職業の強みを知られたくない人とか、あるいは自分が戦うときに有利になりそうな弱い職業に誘導したい人たちが、ネット上で工作活動に奮闘しているんですよ」
流石に1000億円もの賞金ともなれば多くのプレイヤーが参戦する。本気で頂点を取ろうとして、情報戦に臨むプレイヤーも少なくない。
もちろん【フォッダー】をプレイする動機は人それぞれだ。ただ単に普通のゲームとして楽しみたい人もいて、そういう人は正しい攻略情報を載せてくれることもある。
それ以上にノイズが多い。結局その情報が正しいのかどうか、それを知るためには実際に試してみるしかない。
「しかし——編集されていないリアルタイム配信の映像は、信頼できる貴重な情報源になり得ます。ボクの配信ではその利点を生かして【フォッダー】の有用性が高いテクニックや豆知識を紹介していく予定です。どうです?偉いでしょう!」
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>マジかよ攻略wiki見るわ
>↑この前内輪揉めで閉鎖したぞ
>攻略サイトが無いゲームはクソゲーの法則
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「それならあたしが【シャーマン】としての戦い方を見せてあげるねー!」
雑談しつつ周囲を散策していると、キラキラと光り輝く白い巨大なゴーレム——【ディバインゴーレム】がこちらに向かってくるのを発見した。
先程もめりぃさんが戦っていたモンスターだ。つまり基本的には1人でも倒せるモンスターなのだけれど、今回は【パーティ】での戦闘。連携して鮮やかに戦わなくては!
「では、前衛をお願いしますね」
「まかせてー。卍さんには傷一つ付けさせないよー!」
そう軽く打ち合わせすると、鈍重に近づいてくる【ディバインゴーレム】にめがけてボクはスキルを発動させた。今回は前衛もいるので【高速詠唱】は無しだ。
「〈終末の劫火に身を焼かれ、永遠の安寧に抱かれよ〉……【ブレイズスロアー】!」
いつもよりゆっくりと呪文の詠唱を完了させると、【ルビーロッド】から巨大な炎の弾が飛び出す。
炎弾が【ディバインゴーレム】に命中し、HPを大きく削った。しかし、大型モンスターである【ディバインゴーレム】のHPは通常のモンスターよりはるかに多い。長期戦になるだろう。
「【サモン・ウォーター】!」
めりぃさんもボクの隣でスキルを発動させる。そして、めりぃさんの頭上に青い光の球が出現した。
その光の球が【ディバインゴーレム】にめがけて飛んでいくと、青い光線のような攻撃を放つ。ボクの【ブレイズスロアー】と比べると微々たるダメージだ。
しかし【シャーマン】の使役する精霊は1体だけではない。
既に召喚されていた赤・黄・緑の精霊たちが【ディバインゴーレム】の周囲をくるくると回りながら、継続的に攻撃を放ち続けている。
「じゃ、行くよー!」
続けてめりぃさんが何もない虚空に手を伸ばすと、そこから取り出したのは熱々のラーメン。それを左手に抱えると、箸でずるずると美味しそうに食べながら【ディバインゴーレム】にめがけて走り出した。
「すごい……。負けていられませんね。〈火花を散らせ〉【フラムブレッド】!」
ボクが攻撃をしている間も【ディバインゴーレム】は周囲を取り囲む精霊を倒そうと腕を振り回し暴れていたが、精霊はひらり、ひらりとその攻撃を避けていく。やがて精霊の対処を諦めたゴーレムはこちらへと歩みを進める。
そこへ、ラーメンをすすり続けためりぃさんが立ちふさがる。
【ディバインゴーレム】は眼前のめりぃさんにめがけて思い切り腕を振り上げ、勢いよく振り下ろす。凄まじい質量による衝撃。普通ならば抵抗もままならず、一瞬でぺちゃんこに潰されてしまうことだろう。
——しかし、これはゲームだ。
めりぃさんはゴーレムの腕の一撃をものともせず、そのままの姿勢でラーメンを食べ続けていた。もちろんHPは大きく減少している。しかし、物理的な影響をまるで受け付けていないのだ。
そしてその間にめりぃさんの頭上から新たな精霊が出現し、ゴーレムを牽制し始める。
それだけではない。青色の精霊はゴーレムに攻撃を加えながらもめりぃさんに柔らかな光を送り込んでいた。そして、それを浴びる度に彼女のHPがじわじわと回復していく。
まさに攻防一体だ。精霊たちの攻撃はHPを削るスピードこそ早くはないが、安定して継続的なダメージを与えており、時間を掛ければモンスターを倒すことができるだろう。
そして今は——火力に特化した【メイジ】であるボクがいる。
ボクは杖を振りかざしながら新たな魔法を唱え始めた。
「〈夜空に輝く神の一欠片、大いなる炎の源よ〉」
炎属性の魔法は『命を燃やす』というコンセプトなのか、超近接魔法の【ソウルフレア】を筆頭として、MPではなくHPをリソースとする魔法がいくつも存在する。
その性質ゆえ、【高速詠唱】や【無音詠唱】のようなMP消費量を増加させるデメリットを持つスキルのコストを踏み倒せるが、耐久力の低い【メイジ】にとってその力は諸刃の剣だ。
しかし——今は頼もしい前衛がいる!
ボクが詠唱している間もゴーレムはめりぃさんに打撃を加えている。それを意に介さずその身に受け続ける彼女を見つめながら詠唱を続け——。
「〈灼熱の業火を身に纏い、天空より顕現せん〉——【メテオ】!」
スキル名を告げ、杖を振り下ろす。
白銀色の焔を纏った巨大な隕石がゴーレムを叩き潰した。
【高速詠唱】
[アクティブ]詠唱時間:5s 再詠唱時間:24h
どちらかの[効果]を[選択]する。
1.[魔法]の[消費][MP]を[増加]させ、[詠唱時間]を[低下]させる。
2.[魔法]の[威力]を[低下]させ、[詠唱時間]を[低下]させる。
[パッシブ][スイッチ]
[選択]した[効果]を[適用]する。
卍荒罹崇卍の一口メモ
デメリットを負うことで詠唱時間を25%カットする受動スキルです。デメリットは2種類から選択可能ですが、継戦と火力、どちらを取るかは悩みどころ。
テクニックその6 『フードファイト』
回復力の高い食事アイテムを戦闘中に食べるという斬新なテクニックです。かつてのゲーマーは皆がこのテクニックを利用していたのですが、いつのまにか淘汰されてしまいました。
ちなみに食事アイテムに記載された回復量は完食時の効果です。1割を食べれば表記の1割の効果。2割を食べれば2割の効果。早食いが非常に重要ですが、邪道食いはやめましょうね。
テクニックその7 『コスト焼却』
デメリットを負う事で詠唱時間を短くしたり無音で詠唱する事ができる【メイジ】の受動スキル。基本的にコストが重いので適用するタイミングは選ばなければならないのですが、炎属性にとっては関係ありません。
なぜならコストは発動対象となったスキルの消費MPに依存して決定されます。つまりMPを消費しない一部の炎属性魔法はノーコストで効果を適用できるのです!
ちょっとだけずるいようにも見えますが、実はこの仕様のせいでこれとは別の有用な【メイジ】スキルの恩恵を受けられません。ケースバイケースですね。